第18話 デートのお誘い
聖獣使いとして復職して、私は初めてブランディ牧場に訪問した。
実は復職してから1度だけ、ブランディ牧場に仕事として来た事があった。それは、ポチをラルヴァクナ政府管轄の聖獣舎で引き取るためだった。元々イヴァンがポチを国として引き取る手続きを進めていたらしく、件の聖獣保護作戦を成功させた暁に引き取る契約だったと聞かされた。
ということで現在、ポチはラルヴァクナ政府管轄の聖獣舎で新たな生活を送っている。
「シフー!イヴァンは私に内緒で何もかも進めちゃうんだよ?酷いよねえ~。」
「うにゃ。」
「いいや、って言ってるぞ。」
「違います~!これは私への賛同です~!」
牧場の仕事を終わらせた私たちは、木陰で猫たちと戯れながら会話を繰り広げている。ゾロンも横にいるけど、撫でられて満足したのか私たちのほうを見ないで爆睡している。
「フィオは俺のこと分かってくれているもんな。」
「…にゃ。」
「馬鹿って言ってますね。」
「言ってない!これは俺に対する賛同だ!」
私の軽口にムキになって返してくるイヴァンが面白くて、私はついからかうような口調になる。お互い眉間に皺を寄せながら見つめ合い、その様子がまた滑稽で思わず吹き出して笑う。
「っふ、あはは!何ですかその顔!」
「お前こそ!酷い顔していたぞ!」
「酷い顔とは酷い言い草ですね!」
「………。」
「………。」
「…なあ、アメリア。」
「何ですか?」
「俺と、結婚を前提にデートしないか?」
「何を言っているんですかあなたは?」
?
??
???
本当に、何を言っているんだこの王子は?
結婚を前提にお付き合いするのも何言っているんだ案件なのに、結婚を前提としたデートって何?
「えっと、茶化すつもりは毛頭ないのですが、聞いてもいいですか?」
「何をだ。」
「その言葉が本心であるなら、イヴァンは私のことを異性として好きなんですか?」
「そうだが。」
イヴァンは真面目な表情のまま、淡々と私の質問に答えていく。私だけが焦って世界のねじれに巻き込まれたのかと思って辺りを見回してみるけど、特に変わりなくいつものブランディ牧場が広がっているだけだった。
「えっと…いつから、ですか?」
「ふむ、難しいな。気が付いたら好きになっていた、という感覚だったから。」
「おふ…。」
直球なイヴァンの言葉に、私は言葉を詰まらせ照れる。イヴァンは全く照れている様子がなく、普通に話している。精神力が鋼すぎる。
「最初は、お前の持つ聖獣使いの力について着眼し、国としてスカウトしようと追っていたんだ。」
「はい。その点は私も把握しています。」
「だが、お前と動物たちとの触れ合いを通して、俺はお前という人間に惹かれていった。お前の人柄に惹かれていった。自覚をしたのは、お前がグレグビーを従えた時だったかな。グレグビーを見つめるお前の横顔から、目が離せなくなった。」
イヴァンが自分の手を私の手に重ねるように置いてきた。大きな彼の手に、私の手はすっぽりと埋まってしまい、握られて動けなくなってしまった。私の手の下にいる猫のシフは2人分の手の重みが丁度良いのか喉を鳴らして寛いでいる。
「お前の仕事に対するひたむきな姿勢、動物たちを愛する心、そしてその笑顔に、俺は惚れた。」
「わ…。」
直球な誉め言葉を投げられ続けて、私は曖昧な言葉だけを発する謎の物体と化してしまった。おそらく今の私は、顔を真っ赤にして汗をダバダバ流している醜い何かになっていると思う。イヴァンはそんな私から目を逸らすことなく、小さく微笑んでいる。彼の青空のような綺麗な瞳が、私の顔を捉える。手汗が滲んできたから、イヴァンの手を離そうとしてみたものの、ぎゅっと掴まれて動かせなくなった。
「で…」
「…で?」
「デデデデデ…。」
おかしいな。私には元々婚約者と呼べる存在がいて、それくらいの男女のやりとりはしてきたはずなのに、なぜこんなにも緊張してしまっているのだろうか。
「デート…なら…。結婚を前提に、という部分はさておきまして…。デートくらいなら、まずはそこから…始めましょう…か…。」
「!ああ、行こう!誘っておいてあれだが、公務の予定の関係ですぐには行けない。が、必ず予定を調整しよう!」
イヴァンは目尻を下げながら、頬を染めている。犬歯が見えるほど口を大きく開けて笑顔で話し、喜びを露わにしている。その姿はまるでゾロンのように見えて、私は緊張の糸がほどけていくのを感じた。
「…イヴァン。」
「どうした?」
「頭を撫でてもいいですか?」
「…べ、別に。構わない。」
イヴァンは頭を下げて、私の手の位置に合わせる。私はズボンで右手の土と埃を払い、イヴァンの頭にそっと手を乗せる。太くもう柔らかい彼の髪質はとても撫で心地が良く、私は髪の流れに沿って夢中になって撫でた。
握られていた左手はいつの間にか解放されて、代わりに撫でていた手を静止させられた。
「…もう良いだろう。突然どうした、俺の頭は別に珍しくもないだろう。」
「ゾロンみたいで可愛いなって思ってしまって。」
「お…お前…!」
「わー!すうううう…」
イヴァンは自分の膝の上で丸くなっていたフィオを抱き上げると、私の顔面に押し付けてきた。私は遠慮なくフィオを吸うが、膝の上で寛いでいたフィオは大変迷惑そうな表情をしていて、身をよじってイヴァンから解放されるとどこかに行ってしまった。
「あーあイヴァン、フィオに嫌われましたね。」
「く…抵抗する術が思いつかず、フィオに任せてしまった…。」
フィオに嫌われたかもしれないと項垂れるイヴァンに、ゾロンが駆け寄り体を擦りつける。慰めているのか、体が痒いのか、あるいは両方か。
「と…とにかくだ!」
よろよろとイヴァンは立ち上がると、見下ろすように私を見る。
「デートプラン、考えておくからな!」
そう言い残すと、ゾロンを連れてどこかに行ってしまった。私はその場に残ったシフの体を撫でて、足を延ばして空を見上げる。
「デート…かあ。イヴァンとデート…。楽しみ…かも?」
照れ隠しをするように、私はシフの体に顔を埋めた。
「…イヴァン王子とアメリアちゃん、結婚するかもね。ウィルマ。」
「…まだ分からないけど、あれはもうお互い好きだと思うよ。コレッタ。」
私は建物の影から覗いているウィルマとコレッタに気が付いていなかった。




