第14話 聖獣保護案
元婚約者のナントカ(名前を出したくない)が帰ってから、いくつかの月日が経過した。緑一式だった景色と暑い季節は完全に過ぎ去り、木々は赤く色づいている。
その間にポチは成熟し、立派な翼と体を持つ天狼に成長した。成熟した天狼らしく、小さいころの従順さはなくなり孤高の存在になってしまった。噛みついてきたりはしないけど、懐いていた双子たちやジョシュアが近づいても興味を示さなくなっていた。
聖獣使いである私には幼いころと変わらず接してくれるけど、それでも昔ほど元気にじゃれついてくることはない。
私は不敬罪による処刑を覚悟し、各々に宛てた手紙も用意した。だけど、あれからキルベキア王族やキルベキア政府からの連絡が来ることはなく、手紙すらも届かなくなった。元婚約者のナントカへの感情はもうこれっぽちも残っていないけど、きちんと私の要望に答えたことは評価しようと思う。
おそらくだけど、ナントカは本当に公務とかではなく個人の意思で私を連れ戻そうとしていたのではないだろうか。聖獣であるポチと飼い犬のゾロンに襲われかけたものの、正式な手続きをしていない状態でラルヴァクナ王国に来たから相応の対応もできずに、放置するしかないのだろう。
王族の権利を最大限に利用して、私を追いつめるということもできなくはないだろうけど、もはや私にそれほどの価値はないのだろう。大変嬉しい限りです。
わだかまりから解放された私は、アレクシスさんとデイビットと一緒に羊舎の清掃をしていた。ゾロンは変わらず放牧担当で、アレクシスさんは黙々と作業をこなし、デイビットさんは魔法鉱石の質の低さに文句を言っている。
「この国、牧畜のこと軽んじている気がするんすよね。」
「どの業界でも言われるありがちな文句だね。」
「いやいやアメリアさん、この魔法鉱石の質の低さは異常っすよ。絶対俺らのこと馬鹿にしてるっす。」
魔法鉱石の流通ルートは、基本的に国の管理下にある。国が採掘量を調整し、各事業所に販売されていく。デイビット曰く、牧畜関係の業界は質の低い魔法鉱石を回されがちとのことらしい。
「イヴァン王子、どうにかなりませんかね?」
「なんでそこでイヴァンの名前が出てくるの?」
「アメリアさんの後ろにいるからっす。」
「え。」
言われて私は後ろを振り向いた。そこには、笑顔で仁王立ちしているイヴァンがいた。私はびっくりして、空気が抜けていく風船みたいな声が出た。
「ふむ、俺の意見が通るかは分からないが、検討しておこう。魔法鉱石の品質改善についてだな?」
「うす!よろしくっす!」
(この牧場の人たち、イヴァン王子を王族として敬う気持ちはあるけど、来訪頻度が多すぎて距離感がバグっているかも。)
「イヴァン、今日も遊びに来たんですか?」
私は背中に力を入れ、背筋を伸ばした。イヴァンはゆっくり視線をこちらに移動させ、白い歯を見せるように笑顔を向けた。
「お前に会いたくて来た。」
私は小さくふふっと笑い、イヴァン王子の前に出る。眉間に皺を寄せたまま、目に力を入れ彼の顔を凝視するように。
「本題は?」
「少しは真に受けてくてれもいいんじゃないか?」
「どうせ聖獣関連のことで会いたいとかでしょう?」
「それは…半分、いや、6割、7割くらい正解だ。」
イヴァンはいつもの自信ありげな表情と態度から一変し、頭を掻いたり腕を組んだり落ち着かない様子を見せている。
「残りの2~3割くらいは、本心からお前に会いたいと思って来ているぞ。」
「えっ。」
「ヒュ~!お似合いっすよ、お2人さん!」
イヴァンが変なことを言うから、思わず言葉に詰まってしまった。後ろからデイビットに茶化され、思わず照れてしまう。真に受けてどうする私。
「…まあ、それはさておき。聖獣のことについてですよね?場所を変えますか?」
「ああ、天狼の様子が見たい。仕事中すまないが、案内を頼めるか?」
「いってらっしゃいっす!こっちは俺とアレクシスさんでやっておきますんで!」
デイビットは大きく手をぶんぶん振りながら、私とイヴァンを送り出す。奥にいるアレクシスさんもちらっとこっちを見たかと思うと、静かに頭を下げている。
私はお言葉に甘えて、イヴァンと共にポチのいる小屋に向かうことにした。2人に頭を下げて返し、イヴァンと共に羊舎を出た。
◇◇◇
私たちはしばらく歩き、ポチのいる小屋に到着した。扉を開けてイヴァンとポチを合わせるけど、ポチはちらりとこちらを見てそのまま視線を外してしまった。
「こちらです。」
「ポチ!久しぶりだな!俺のこと覚えているか?」
「………。」
ポチはイヴァンのことを無視するかのようにそっぽを向いている。おそらく覚えてはいるんだろうけど、小さいころのようにじゃれてくることはない。
「なるほど、天狼の成熟とはこういうものか。天竜とほぼ変わらないな。」
「エングブロムも小さいころは犬みたいに人懐っこいんですか?」
「犬ほどではないし個体差はあるが、幼体は比較的人に慣れている。成長すると、言うことを聞かなくなるが。」
そう言いながら、イヴァンはまっすぐポチのことを見つめている。
「聖獣の身体能力は素晴らしく、どの魔獣にも劣らない。やはり、我が国にも欲しいな。天馬も、天狼も、天竜ベルクトリガンも。」
「…と、言うと?」
「1か月ほど前にお前が寄こしたレポートの中に、隣国であるキルベキア王国管理の聖獣舎での倒壊事故の件が入っているのを見かけた。」
「!」
私は、イヴァンがあのレポートの中身をしっかり見てくれていた事実を知り、胸が熱くなった。1人静かに感動している私を置き去りにし、イヴァンは話を続けた。
「キルベキアがこの短期間で聖獣を手放し、テクノロジーによる軍の強化を試みているのは本当だ。お前の以前の職場から逃げ出したであろう聖獣は、現在キルベキアとラルヴァクナの国境沿いで停滞しているとの情報がある。」
イヴァンは後ろに待機させていた部下らしき人たちに指示を出しながら、私にも資料を手渡してくる。渡された紙には、現在のキルベキア王国の聖獣管理の状況と、ラルヴァクナ王国の聖獣導入の案がまとめて書き記されていた。
「”キルベキア王国とラルヴァクナ王国の国境付近に停滞する聖獣の保護案”…。」
おそらく、聖獣たちが停滞しているのは、両国の国境近くにあるマーロメンの森だろう。あそこは動物も多く生息していて、自然も豊かで聖獣が潜むにはもってこいの場所だ。
「この聖獣保護作戦には、お前の力が必ず必要になる。どうか、頼めないだろうか。」
「!イヴァン、頭を上げてください!」
イヴァンは一歩下がると、深く私に頭を下げた。頼まれごととはいえ、一国の王子に頭を下げてもらうのはものすごく気が引ける。
「聖獣の保護作戦については私も賛成です。そのために、あの新聞記事をレポートの中に入れたのですから。」
「本当か!?」
イヴァンは顔を上げると、大きな花が咲いたような笑顔をこちらに向けてきた。彼の爽やかな笑顔がとても眩しく感じ、私は思わず怯みかける。
「ですが、条件があります。この件、私に一任していただけませんか?」
イヴァンは何の躊躇いもなく、『そのように手筈をしよう』と言ってくれた。
「その代わりと言ってはなんですが、聖獣の保護は必ず成功させます。私を信じてくれる貴方のために。」
「…!…ただし、今ここで口約束だけでどうにかなることではない。国として動こうとしている事案だからな。一度議会で話を通すだけでなく、お前に王城に来てもらう必要があるかもしれない。」
「分かりました。良い結果になることを願っています。」
この件について、ブランディ夫妻に相談しておく必要がありそうだ。おそらく夫婦は背中を押してくれるだろうけど、お世話になっている人たちだからきちんと話しはしておく必要がある。
「長引けば長引くほど、聖獣の保護は難しくなるだろう。早めに案が通せるように尽力する。」
「分かりました。」
イヴァンはポチの方を振り返り『じゃあな、ポチ!また今度!』と言い残して去っていった。私は彼を見送るために、後を追った。




