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第13話 元婚約者

「あれ?今日は勢ぞろいだね?」

「…みゃ。」

「…なう。」


ポチの元を後にした私は、猫たちがいるであろう小屋の近くに来ていた。いつもは疎らで4匹くらいが最大なのに、今日は珍しく6匹全員揃っている。


黒毛の多い黒白猫のシフ、白毛の多い白黒猫のヒッペ、オレンジ毛のフィオ、オレンジと白毛のラヴィ、黒猫のホー、白猫のプーレ。以上が、ブランディ牧場にいる猫たちになる。たまに各々が友達を連れてきたりすることもあり、見かけない顔の子がいることもある。


今日は珍しく6匹みんなまとまって団子になっており、私は我慢できずに猫たちの体の間に手を突っ込んでもふもふを満喫していた。途中シフとヒッペに迷惑そうな顔をされたけど、2匹とも移動してまで私を回避したくないのか渋々ながらに受け入れている。


「こんなにみんなが集まっているのに、吸わないのは無作法というもの…。」


私は四つん這いになり、フィオ、ラヴィ、ホーの間に顔を埋めた。顔だけでは飽き足らず、両手も猫たちに這わせて撫でまわす。時々背中を摘まんでみたり、尻尾に沿って指の輪をくぐらせてみたり。んふふふふ、至福。


猫たちを堪能していると、背後に気配を感じた。牧場従業員の誰かだろうと踏んだ私は、ゆっくりと猫たちの体から顔を離す。振り返って相手の顔を捉えて、言葉を失った。

見覚えのある顔、ミルクチョコレートのような茶色の髪に緑の目。体の奥底の芯から、血が抜けていくような感覚がした。



「相変わらず元気そうで安心しました、アメリア。」



「………アンディ…王子…。」



目の前にいたのは、かつての婚約者であるアンディ・キルベキア王子その人だった。



以前までの私なら、動揺して汗を流しながら息も絶え絶えになっていたかもしれない。だけど、今は不思議と地に足が付いている。血の抜けるような感覚はあるけど、むしろ脳が冴えて目の前の事柄をはっきりと認識できている。


アンディ王子以外に、ボディガードらしき男性が2人、背後に構えているのが見えた。キルベキア王国にいた時代に何度か顔を合わせたことのあるアンディ王子の部下の男性も見えたから、現時点でここにいるのはこの3人だけらしい。


「牧場主のブランディさんでしたら、こちらにはいません。牛舎の方にいらっしゃると思うので、ご案内しますね。」


私は業務定型文のような言葉だけを発し、相手の動向を伺った。

次に口を開いたのは、アンディ王子だった。


「今日は君のために、お忍びでここに来たんだ。その牧場主という人には、後で挨拶させていただこうと思っている。」


私はアンディ王子の言葉をゆっくりと咀嚼する。

あれ?ということはつまり、この人たちは不法侵入状態というか、牧場関係者の誰にも許可を得ることなくここまで入ってきたのか?馬鹿なのかもしれない。


「つまり、不法侵入ということですね…。」

「人聞きの悪いことを言わないでほしいな。この後に挨拶をするつもりなんだ。」


もう一度言うけど馬鹿なのかもしれない。

一国の王子だから、他国の平民相手にはこの程度で充分だとでも思っているのだろうか。それはまた、随分とキルベキア王族は偉くなったものだ。尊敬の念に値する。


それと同時に、恥ずかしい気持ちが込み上げてきた。国王が決めた婚約だったとはいえ、私は彼を愛していた。そう、何故私はこんな人間を愛していたのかと。


顔が好みだった?別に。惚れていた時なら、世界中の誰よりも格好いいなどという世迷言を言っていたかもしれない。

中身に惚れていた?それはあったかもしれない。だけど、今思えばあれは彼の本心ではなく、”聖獣使いのアメリア・オルコット”だったから可愛がってやっただけという認識だったのだろう。


考えれば考えるほど、彼との色恋に現を抜かしてした自分が恥ずかしくなってくる。割と真面目に死なせてほしい。生きるけど。

絶対零度まで冷え切った私の心を他所に、アンディ王子は話を続ける。


「今日はこっそりお忍びで来ていてね、公務ではないんだ。この逢瀬は、僕と君だけの秘密だよ。…あ、後ろに部下が何人かいるけど、気にしないで。」

「…はあ。それで、用件はなんですか。」


しまった、思わず本心が漏れてしまった。面倒そうな声色で彼に返答してしまった。気持ちはもうないけど、機嫌を損なうと面倒なことになりかねないのでそれは避けたいところなのだ。


「単刀直入に話そう。キルベキア王国に帰ってきてほしい、アメリア。キルベキアには、僕には、君が必要なんだ!」

「………はて?」


…?


……??


………???


寝言は寝て言え?


「最後にお会いした時にされた仕打ちとセリフ、私は忘れていませんよ。」

「あれは誤解だったんだ。それに、ただの戯れだ。」


お前は戯れで人を殴るのか。大層立派なお人柄ですね。


「父上もトレバー兄さんも、反省しているんだ。だから戻っておいで?大丈夫、みんな君を許しているから。」


本当にさっきから何を言っているんだこの男は。

みんな君を許している?何を?私が許される側なのか?お前たちが私の言うことを信じなかった結果なのに、あくまで自分は”許してあげる立場”であると?


「お引き取りください。」


私は毅然とした態度で返した。

アンディ王子は溜息交じりに『何を我儘を言っているんだい。』とか『君はこんなに聞き分けの悪い人だったとは。』とかふざけたことを抜かしている。


「君もニュースを見て知っているだろう?今キルベキアの軍事用聖獣たちが、制御不能になっている上に、聖獣舎で起きた倒壊事故で脱走する個体まで出てきている。」

「ええ、そうですね。存じています。」

「まさか、そんな聖獣たちを見捨てるのかい?君は聖獣のことを愛していなかったんだね。ああ、何ていうことだ。嘆かわしい、嘆かわしい…君の行いは、全て口先だけのことだったんだ…。」


アンディ王子は私の気を惹きたいのか、煽りたいのかどっちなのだろうか。どのみち、何を言われても私の心は動かないんだけど。


「ぐるるる…」

「がるるる…」

「…ん?何故こんな所に天狼が?」

「…!ゾロン、ポチ!」


いつの間にか小屋から抜け出してきていたポチが、牙をむきだしながらアンディ王子ににじみ寄る。ゾロンも何かを感じ取っているのか、凄まじい剣幕でアンディ王子を威嚇している。


「な、なんだこの犬たちは。アメリア、早くどこかにやってくれないか。」


アンディ王子は怖気づいたのか、及び腰になりながらボディガードの後ろに下がった。私は負けじと声を上げる。


「お引き取りください!私はもうあなたたちの元には戻りません!私はもうラルヴァクナ国民ですから!」

「ぐっ…!貴様、お前に決定権があると思っているのか!」


アンディ王子が本性を現し、顔を歪めて私を罵倒する。それを合図にしたかのように、ポチが翼を大きく広げてボディガードたちに飛び掛かった。


「ぐあ!!」

「うわあ!!」


ボディガード2人は後ろ向きに転び、地面にできていた泥の水溜まりの中に音を立てて落ちて行った。水飛沫と泥が飛び散り、辺りを汚す。


「ひっ…。」


牙と爪を剥き出し、ポチはアンディ王子を捉えた。腰に力を入れて飛び掛かろうとしたその時、私はポチを静止した。


「”ポチ、やめなさい!”」


私の”声”を聞いたポチは、翼を畳んでその場に座り込んだ。いくら何でも、王族相手に怪我をさせたらどうなることか。私は改めて、アンディ王子たちに向き直る。


「早くここから立ち去ってください。何度来ても同じです、私は戻りません。それに、二度と手紙も寄こさないでください。」


アンディ王子は憎悪の眼差しを私に向けると、舌打ちをしながら部下を引き連れて帰っていった。


私はそれを見届けると、服が汚れることも気にせずその場に座り込む。猫たちはいつの間にかみんないなくなっており、代わりにゾロンとポチがこの場にいた。私はゾロンを両腕で抱き締めながら、撫でまわす。



「あ~あ。私不敬罪で処刑されるかも。」


物騒なことを口に出してみるが、心の中では謎の満足感に満ち溢れている。過去を完全に断ち切れた気がして、私はポチを枕にするようにその場に寝転がる。


見上げた空は、私の心のように青く澄み渡っていた。

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