第12話 元母国の現在
その日私は少し遅めに起きた。季節は移ろい、暑かった日々が以前より落ち着き涼しい日が増えている。
今日は従業員が全員出勤しているからと、私は午前中に休みを貰ったのだった。私は1人、遅めの朝食をゆっくり食べていた。パンを牛乳で一気に流し込み、一息つく。午後からはいつも通り、動物たちのお世話をしに獣舎に行く予定なのだ。
(その前に、ポチの様子を見に行こう。)
保護してからそれなりの日数が経過し、ポチは前より随分と大きくなった。体付きがしっかりし、翼も筋肉質になった。見た目はゾロンと似ているけど、ゾロンがポチに追い抜かされるのは時間の問題だろう。
ポチは天狼の中でも比較的小さい個体のようだった。天狼はおおよそ2mから2m50cmくらいに成長する。ポチはおそらく、2mあるかないかくらいに成長するのではないかと私は予測している。
2頭は相変わらず仲が良く、今でもよく一緒にいるところを目撃する。天狼という珍しい番犬が増えたブランディ牧場は、地元でも話題になっていたとディーナさんは語る。
(…ん?新聞の見出し、キルベキアのニュースだ。珍しいな。)
ポチに思いを馳せていたら、不意に机の上に置いてある新聞に目を奪われた。ラルヴァクナの情勢ではなく大きくキルベキアという文字が見えたため、私は好奇心に負けて新聞を手に取った。
”聖獣舎で建物の一部が倒壊する事故が発生。”
”ただでさえ運営が乱れて機能していないキルベキア王国聖獣管轄は大打撃。”
”聖獣の多くが暴走し、混乱に乗じて逃げてしまったと関係者は語る。”
”これを機会に軍事力を聖獣から機械などのテクノロジーに移行しようと立案する大臣もいるとの噂。”
「大惨事じゃん…。」
誰もいないリビングで、私は思わず本音が口に出てしまった。とりあえず私は、キルベキアの聖獣管轄が前途多難なようで心の底から安心した。
しかしそれはそれ、これはこれ。
聖獣が暴走することによって、聖獣自身が苦しむのは私の本望ではない。何か私にもできることはないかと考えたけど、一ラルヴァクナ国民となった私にできることは限られている。
とりあえず私は、今度提出するラルヴァクナ政府の聖獣管轄宛てレポートの中に、今日のニュースを切り取って同封し、ラルヴァクナから何かできることはないかと打診をしておくことにした。今の私にできることはこれくらいだろう。
「着替えてポチのところ行こー。」
◇◇◇
「ポチもすっかり大人になったね。今ではこんなに力強い翼になって…。」
「わふ!」
ポチは『でしょ!?』と言いたげな誇らしげな表情で、一度だけ大きく吠えた。いつもゾロンとセットでいるからか、狼というより犬という印象を感じてしまうのは気のせいではないと思う。
太陽に照らされて銀色に輝くポチの毛を、ブラシで丁寧に梳いていく。換毛期になると面白いくらい綺麗に大量に毛が抜けるから、ジョシュアたちにも体験させてあげたい。
ブラッシングをされて、ポチは完全にリラックスモードになっている。途中でゾロンがポチのいる小屋に来て、ゾロンとポチの両者をブラッシングする大会が始まった。
「ポチのお兄さん気分を楽しんでいたかと思ったら、いつの間にか弟はこんなにでかくなりましたよゾロンさん。いかがですか?」
「わうーん!」
「兄として誇らしい気持ちでいっぱいです。これからも精進していければと思います?さすがゾロンさん!」
私は手を動かしながら、勝手にゾロンの気持ちを代弁する。ゾロンは満更でもなさそうに、笑顔で尻尾を振っている。意外と本当に思っているかもしれない?
「…そういえばいつだったか、天狼の毛みたいに綺麗だとか言われた気がするな。」
いつ誰に言われたのか曖昧な記憶だったけど、ポチの毛を撫でていたら思い出してしまった。いや、ポチのせいで思い出したみたいになっているけど、決してそうではない。ポチは悪くない。
「まあ、もう関係ない人だけどね!」
「へっへっへっ…!あう!」
私の声に反応するように、ゾロンが1つ声を上げる。私はゾロンの顔を両手で挟み、撫で回しの刑に処した。
◇◇◇
「筋を切り取って、ここをこうして…」
2頭のブラッシングを終えた私は、ポチのお昼ごはんの用意をしていた。管理表を見てみたらまだ与えられていなかったみたいで、今ここにいる機会にあげてしまおうと思ったのだった。
かつてはヤギミルクだけを飲んでいたポチも、今では鹿肉と魚メインの食事になっていた。鹿肉に至っては、骨まで噛み砕きそうな勢いで食べているのを多々見かける。
「…すごく見てる。待っててね、今用意しているから。」
ここはポチの小屋の中にある管理部屋で、ポチの食事や資料はここにまとめておいてある。本来は用心棒として、ゾロンのように牧場内で放し飼いにしたいところではあるけど、イヴァンからレポートの提出を求められているからそうはいかないのだ。
ブラッシングをして構ってもらえて満足したのか、ゾロンは先ほど走りながらどこかに行ってしまった。今は羊の放牧時間だから、そちらに向かっていったのかもしれない。
「待て、待てだよ?」
私は鹿肉をポチの目の前に置き、手と声で彼を制している。
聖獣使いの声には、聖獣を操る力が宿る。が、どの声に力を宿してどの言葉に力を宿さないかはコントロールすることができる。大体のオルコットの民は成長していく中でコントロール力を身に付けるけど、極稀にコントロールの身に付けに苦戦したというオルコットの民もいるという資料を見たことがある。
今の私は、声に力を付与していない。つまり、食べ物を前に我慢が出来ているのは、ポチ自身のポテンシャルなのだ。
「よし!食べていいよ!」
「がう!」
待ってましたと言わんばかりに、ポチは鹿肉に齧りついた。肉が噛み切られる音とポチの唸り声だけが小屋に響く。鹿肉についていた血が、ポチの銀色の毛を赤く染める。
「骨は食べちゃダメだからね?噛むだけに留めておかないと。」
「わう!」
私はしばらく鹿肉に食らいつくポチを眺めていた。
聖獣の幼体は他の動物と同様に懐いてくれ、育てることができる。しかし、成熟すると人の言うことを聞かなくなり、思うように制御ができなくなる。オルコットの民は、そんな聖獣を御するための力を持っている。
コントロールに労力を必要とするにも関わらず、聖獣を軍事用に使用している国が存在するのは、聖獣自身の持つ身体能力の高さが挙げられる。聖獣は陸海空どの場においても力を最大限に発揮することができる。天馬と天狼は水中戦には持ち込めないけど、天竜は水中でも活躍が見込める。
ならば、天竜だけを飼えばいいのではないかと思われがちだけど、陸上戦は天馬、天空戦は天狼が得意としている。それぞれ、適材適所があるのだ。
そんなことを考えているうちに、ポチは食事を終えてお座りをしていた。私はポチの食べかすを処理し、小屋を後にした。牛舎に行く前に、猫たちの様子も見て行こう。




