第204話 察していたマスター
「ギルドマスター。実は恥ずかしい話なのですが」
『ほう。何だ? まさかダンジョン探索の申請をしてなかったとかか?』
「え!? マスターどうしてそれを!?」
小澤マスターの返事に思わず声が裏返った。
「ワン?」
「ピキィ?」
「マァ?」
「ゴブゥ?」
「モグ~?」
モンスターたちも何事だろうという顔でこちらを見上げている。
『睦郎とは顔なじみなんだよ。それでこないだ一緒に呑んだ時にな、小さなモンスターを連れた奴が来たって聞いてピンときたんだ』
なるほど。そういうことだったのか。
それにしても睦郎さんとマスターが一緒に酒を飲む仲だったとは驚きだ。
『それで今日が睦郎の試練の日だったなと思って申請書を確認したんだが、お前からは出てなかったからな』
「うっ……」
図星である。
『だからひょっとしてと思って電話したんだよ』
「まさに最高のタイミングですよマスター!」
『はっはっは! そうだろうそうだろう!』
豪快な笑い声が聞こえてくる。
『でだ、今ちょうど俺も睦郎の店に向かってる。申請書はそこで書いてくれればいい』
「え? でも仕事は大丈夫なんですか?」
『気にするな。うちの職員は優秀だからな。俺が少し抜けても問題ない。それよりモンスターを困らせない方が大事だ!』
そ、それで本当にいいのだろうか。
いや、今はありがたく厚意に甘えよう。
「わかりました! 俺たちも今、店に向かってますので!」
『おう。じゃあ待ってるぞ』
そう言って通話が切れた。
ギルドマスターとの通話を終えると、秋月が心配そうな顔を向けてくる。
「手続き、大丈夫そう?」
「あぁ。今ギルドマスターも店に向かってくれてるって。そこで申請書を書けばいいらしい」
「よかったぁ」
秋月が胸を撫で下ろした。
「本当にギルドマスターに感謝だね」
「ワン♪」
「ピキィ♪」
「マァ♪」
「ゴブゥ♪」
「モグ~♪」
モンスターたちもほっとしたように声を上げる。
とにかく、これでダンジョン探索そのものは問題なく挑めそうだ。
「じゃあちょっと急ぐね」
「悪いな。あ、でも安全第一で」
「もちろん。法定速度は守るからね」
そうして秋月のスムーズな運転で冒険者通りへ到着した。
駐車場に車を停め、俺たちは睦郎さんの店へ向かう。
その途中――
「あれ?」
「どうしたの?」
「いや、あそこに停まってる車」
駐車場の一角に見覚えのある車が停まっていた。
側面にはギルドのロゴ。
「あ、本当だ」
「もう来てるみたいだな」
どうやらマスターは先に到着しているらしい。
俺はその時、店の中であんな光景を見ることになるとは思ってもいなかった――。
そして睦郎さんの店へ辿り着いた俺たちは、扉を開けて中へ入る。
「失礼しま――」
そこで言葉が止まった。
「一体どういう状況!?」
「ワンッ!?」
「ピキィ!?」
「マァ!?」
「ゴブッ!?」
「モグ~!?」
モンスターたちも揃って驚きの声を上げる。
店の中央――そこには床に正座して項垂れる小澤マスターと、その正面で仁王立ちしている香川さんの姿があった。
すると香川さんの鋭い視線がこちらへ向けられた。
「貴方、ダンジョン探索の申請を忘れていたそうですね」
「そ、そうです。ついうっかり……」
視線だけで圧を感じる。
「ワン……」
「ピキィ……」
「マァ……」
「ゴブ……」
「モグゥ……」
何故かモンスターたちまで俺の後ろで身を寄せ合いながら縮こまっていた。
いや、君たちは悪くないからな!?
「探索申請はギルドで行う。それがルールです」
「はい……」
「もし探索先で事故が起きた場合、申請が無ければ捜索も遅れます」
香川さんが淡々と続ける。
「貴方一人ならまだしも、モンスターたちまで危険に晒す気だったのですか?」
「うっ……」
それを言われると反論できない。
確かに完全に俺のミスだ。
「だからこそギルドで申請してもらい、ダンジョン探索を行うだけの実力があるか判断しなければならないのです」
香川さんの言っていることは正論だ。
とても耳が痛い。
「それなのにマスター、貴方という人は」
「そ、そんな怖い顔するなって。ちょっとぐらい目を瞑っても――」
「ギルドマスターの貴方がそんなことでどうするのですか!」
「う、面目ない……」
今度は雷がマスターに落ちた。
先程まで豪快に笑っていた人物とは思えないほど小さくなっている。
「貴方は探索者がルールを守るよう指導する側でしょう!」
「はい……」
「率先して抜け道を作ってどうするのです!」
「返す言葉もございません……」
タジタジである。
ギルドマスターがここまで圧倒されるとは。
俺は思わずその様子を見つめてしまった。
伊達は強かった。
鬼姫だって強い。
だが――
ギルド最強は、もしかしたら香川さんなのかもしれない――。




