第198話 午後も釣り
昼食を終えた俺たちは、再びクルーザーに乗り込み午後の釣りへと向かった。
今度は鬼輝夜の四人も加わり、甲板はさらに賑やかになっている。
「釣りなんて久しぶりだねぇ」
そう言いながら鬼姫がロッドホルダーを覗き込み、一本一本確かめるように手に取っていく。
無骨な雰囲気の彼女だが、道具を選ぶ指先はどこか慎重で、懐かしむような柔らかさがあった。
「姉弟で一緒に行ったりしてたのか?」
「昔はね。男と混じって遊ぶことも多かったし、あいつも――いや、とにかく暫くぶりだよ」
一瞬、言葉が止まる。
その横顔はほんの少しだけ遠くを見ているようだった。
……聞きたい気持ちはあったが、ここは踏み込まないほうがいい気がした。
「ハルさ~ん。釣り餌刺すの無理~お願い助けて~」
次の瞬間、柔らかい感触が腕に絡みつく。
タマが上目遣いでしがみついていた。
「む、虫が苦手なのか?」
「そうなんです~だから~」
瞳をうるうるさせるタマ……わかっていても破壊力が高い。
「ん」
そこへ、竹取が無言でロッドを差し出した。
すでに餌がきれいに付いている。
「えっと、付けてくれたってこと?」
「ついでだから」
竹取はすでに自分の準備も終えている。
長身の彼女はロッドを構える姿も様になっていて、どこか海の似合う女性だった。
「あ、ありがとう」
「おいタマ。普段蟲系モンスター見ても平気なんだから、それぐらい大丈夫だろう」
「ちょ! 頭! シィ~!」
鬼姫の暴露に、タマが慌てて口元に指を当てる。
一方。
「十五夜、もしかして釣り餌苦手なのか?」
「な! ば、馬鹿いってんじゃないよ! これぐらい平気に、き、決まってるだろ!」
帝の問いかけに強がる十五夜。
だが、餌を掴もうとする指先が小刻みに震えている。
……これはガチだな。
「ちょっと貸してみろ」
「あ、ちょ!」
帝が手際よく餌を付ける。
「よ、余計なことしやがって」
「悪かったな」
軽く頭をぽんと叩かれ、十五夜の顔が一気に赤くなる。
「こ、子供扱いするな!」
「わかったわかった」
帝が肩をすくめて戻ってくる。
その様子に鬼姫がニヤリと笑っていた。
……なんだろう、見ていて妙に和む。
「さて、午後も頑張るか」
「ワンワン!」
「ピキィ♪」
「マァ~♪」
「ゴブゥ!」
「モグゥ~」
再び仕掛けが海へと投げ込まれる。
鬼姫は鋭い動きでキャストし、早速ヒット。
モコが素早く網を構えて補助する。
「いい連携だな」
「伊達に姉貴やってないよ」
鬼姫が豪快に笑う。
ラムは麦わら帽子をかぶり、ちょこんと座ってプルプルと楽しげにロッドを握っている。
夏の日差しを浴びたその姿は、完全に“海のマスコット”だ。
ゴブは竹取と並び、いつの間にかサングラス姿。
二人で黙々とルアーを投げ合い、釣果を競っている。
「勝負だ」
「ゴブッ!」
静かな火花が散っていた。
タマはモグと並び、時折モグを抱きしめながら釣り糸を垂らしている。
「可愛い~。モグちゃん、絶対釣ってね~」
「モグゥ!」
完全にぬいぐるみ扱いだ。
帝は十五夜の様子をちょくちょく確認し、糸の絡まりを直してやったりしている。
そのたびに十五夜は「別に頼んでない!」と騒ぐが、満更でもなさそうだ。
「お、マール引いてるぞ」
「マァ♪」
俺の隣で小さく座っていたマールが嬉しそうにリールを回す。
だが次の瞬間、強烈な引き。
「マール!」
「マァ~~!」
ロッドが大きくしなる。
俺は慌ててマールを抱き寄せ、ロッドを掴む。
「こりゃ大物だ!」
「焦るな。テンションを保て」
帝が冷静に指示を飛ばす。
慎重に、慎重に――
「うわっ!」
次の瞬間、急に抵抗が消えた。
糸が切れた。
「失敗かぁ~」
「マァ~」
俺とマールは同時に空を仰ぐ。
かなりの重量だった。
間違いなく大物だ。
……その直後だった。
ドンッ。
船体に何かがぶつかる。
ドンッ、ドンッ。
クルーザーが左右に揺れ始める。
「……来たか」
「まさか――このあたりの主か!」
加治木さんが低く呟く。
「知っているのかい真黒武!」
鬼姫が食いつく。
加治木さんは海面を睨みながら口を開いた。
「この港の沖にはな、昔から“主”がいるって噂がある。でかい影が海底を横切るのを見た奴がいるとか、船底を叩いて去っていったとか……」
「姿は?」
「誰も見てねぇ。釣り上げた奴もいない。ただ、糸を全部持っていかれたとか、ルアーごと消えたとか……そういう話ばかりだ」
船体が再び揺れる。
海面の下に、巨大な影が通った気がした。
「……面白いじゃないか」
鬼姫が笑う。
俺はロッドを握り直した。
午後の釣りは、どうやら穏やかなままでは終わらなさそうだ。




