第195話 皆で海釣り
「このあたりが良さそうだ」
帝がスロットルを絞り、クルーザー《DAIKI号》がゆっくりと速度を落とす。潮風が顔に心地よく当たった。七月の海は強い日差しこそあるが、沖に出ると風が涼しい。
「好きな竿を選べ。モンスター用もある」
ロッドホルダーには色とりどりの竿がずらりと並んでいた。カーボン製、グラスロッド、バンブーまで――。
さらにモンスター用の小ぶりな竿まで揃っているあたり、帝の本気度を感じる。
「ワンワン!」
モコは短めのスピニングロッドを器用に前足で掴んで軽く振った。
しなりが良く反応も軽い。小型魚向きだが、モコにはちょうどいい。
「マァ~♪」
マールが選んだのは、温かみのある竹製ロッド。表面は丁寧に磨かれており、美しい飴色をしている。
「木で大丈夫なのか?」
「問題ない。それはバンブーロッド。名匠の手作りだ。それを選ぶとは……なかなか通だぞ」
マールは嬉しそうに喉を鳴らした。
「ピキィ♪」
ラムは水色のショートロッドを選んでいた。グリップには稲妻を模した装飾が入り、偶然とはいえ雷属性を得たばかりのラムには妙に似合っている。
「ゴブッ……」
ゴブは真剣そのもの。一本一本手に取り、素材、グリップ、ガイドの位置まで確認している。完全に玄人の目つきだ。
「モグモグ~♪」
「モグ、二本持っても使えないぞ」
「モグッ!?」
両手にロッドを持ち二刀流気分のモグは、俺の言葉に「一本かぁ……」と肩を落とした。
さて、俺も一本選ぶか。
「これがしっくり来るかな」
俺が手に取ったのは、緑のカーボンロッド。軽くて弾力があり、リールとの重心もバランスが良い。久しぶりの海釣りだが、手に馴染む感覚が懐かしい。
「糸と仕掛けはわかるな。モンスターたちは俺が教える」
帝がそう言って皆に丁寧に指導を始めた。
モコは真剣に耳を立て、マールは竹竿を嬉しそうに撫で、ラムは糸を巻く動作に挑戦し、モグは穴あけ用のオモリに釘付け。ゴブは手先の器用さを全開にして、あっという間に仕掛けを組み上げていた。
準備の終わった社員三人組――加治木、蛸田、鯛蔵――は海面を眺めながら談笑していた。
待たせてしまったが、嫌な顔一つせず穏やかな表情をしている。見た目は怖いのに、本当にいい人たちだ。
「いい天気だな」
夏の海は眩しく、空はどこまでも青い。潮の香りが胸を満たす。
「よっし! 釣るぞ!」
「ワンワン!」
「マァ♪」
「ゴブゥ!」
「モグ~!」
「ピキィ!」
こうして、俺にとっては久しぶりで、モンスターたちにとっては初めての海釣りが始まった。
竿を握り、ラインを指にかけ、軽く振りかぶる。
「せーのっ!」
水面にルアーが落ちた瞬間、青い海がきらりと光った。
モコの竿がしなる。
「ワンッ!?」
「お、モコ早いな!」
釣り上げたのは小ぶりのアジ。
モコは尻尾を振って誇らしげだ。
「マァ……!」
マールの竹竿が深く曲がる。
慎重に巻いていくと、赤みがかった魚が姿を見せた。
「ベラだな。よく引いたろ?」
「マァ~♪」
マールが嬉しそうに竿を抱えている。
「モグッ!」
モグの竿も激しく揺れた。海底付近で掛かったらしい。
上がってきたのはなんと――タコ。
「モグー!!」
「いや、喜ぶのはわかるけど気をつけろ。絡まるぞ」
タコに抱きつかれて半泣きになっているモグを見て、皆が笑った。
「ピキィ!」
ラムはというと、波に合わせて竿を上下に揺らし、まるでリズム釣りみたいな不思議な動きをしている。
すると、いきなり竿先がピンッと跳ねた。
「おっ、ラムも来たか!」
「ピキィィ!」
釣れたのは銀色に輝くサバ。
雷の魔石の影響か、ラムの体が興奮して少しチリチリしているのが可愛い。
ゴブはというと――
「……ゴブ(真剣)」
職人気質に黙々と釣りを続け、気づけば三匹釣り上げていた。
さすが安定感のある男(?)だ。
「いい調子だな、ハル」
「帝も釣れてるのか?」
「俺も上々だ。さっき真黒武も釣った魚をクーラーに入れてたぞ」
見ると加治木がクーラーを開け、にっこり笑ってサバやアジを見せてくれた。
皆で釣りを楽しんでいる時ふと、船体に刻まれた“DAIKI号”の文字が目に入った。
「そういえば帝、この船の名前って……何か意味あるのか?」
俺の問いに、帝は少しだけ目を細めた。
「……昔な。世話になった“兄貴分”がいたんだ」
「兄貴分?」
「あぁ。海を教えてくれた人でな。
だからその人の名前をそのまま船につけたんだ。
**大喜**って言う」
帝はいつもの無表情にわずかな笑みを浮かべた。
「深い意味があるんだな」
「まぁ……そんなところだ」
それ以上語らないあたりが、帝らしい。
潮風に吹かれながら、俺たちは釣り糸をたらし続けた。
笑い声は風に流れ、モンスターたちのはしゃぐ声が響く。
こうして――にぎやかで楽しい、夏の海釣りは始まったばかりだった。




