第194話 皆で釣りをしよう!
コンビニに立ち寄った後、帝の運転する車は海沿いの道を快調に走っていた。
道は空いていて、滑らかに風を切るように進む。
窓の外には青い水平線がちらちらと見え始め、車内にも潮の香りが漂ってくる。
「おお……潮の匂い、久しぶりだな」
「ワン!」
「ピキィ♪」
モコとラムも窓の外を覗き込み、風を浴びて気持ちよさそうにしている。
帝の言った通り、三十分ほどで目的地に着いた。
そこはこのあたりでは釣りやレジャーで有名な港で、整備された駐車場の奥に、
白く光る一隻のクルーザーが停泊していた。
「へぇ……これは立派なクルーザーだな」
船体は白を基調に、側面には濃紺のラインが走っている。
太陽光を反射してきらりと輝き、船首には金属製のプレートで“DAIKI号”の文字。
デッキの上には釣り竿を立てるホルダーや座席、魚を入れるための大型タンクまで備わっている。
キャビンの窓から覗くと、奥には冷蔵庫や小さなキッチンまで完備されていた。
「ワンワン!」
「ピキィ♪」
「ゴブゥ!」
モコやラム、ゴブたちも興味津々でクルーザーを見上げていた。
ただ、ゴブは顎を撫でながらじっと観察していて、まるで査定でもしているような真剣な表情だ。
「モグゥ~」
「マァ♪」
モグとマールは跳ねながら船の周囲をぐるぐる回っている。どうやら早く乗ってみたいらしい。
「それにしても……これだけのクルーザーだと高そうだなぁ」
「まぁそうでもないぞ。冒険者なら頑張れば一括でもいけるだろう」
帝が平然と言うものだから、冗談かと思った。
「ハハッ。そうでもないって……まるで自分が買ったみたいに言うんだな」
「あぁ。俺の持ち物だ」
「へぇ帝の――て、えぇえええぇええッ!?」
「ワンッ!」
「スピィ!」
「ゴブッ!」
「マァ!」
「モグ~?」
あまりに自然に言うもんだから、俺だけじゃなくモンスターたちまで一斉に驚いた。
モグだけは「何が~?」という顔で首を傾げていたが。
「本当に俺たちが乗せてもらっていいのか?」
「釣りに行くんだから乗ってもらわないと困るだろう」
あっさりと言い切る帝。どうやら本当にこの船の持ち主らしい。この若さで大したものだなと思う。
その時、港に停めていた黒塗りの車から、例の黒服社員たちが降りてきた。
「社長、行ってらっしゃいませ!」
きっちり頭を下げる三人。俺は当然のように同乗するものと思っていたのだが――
「え? 社員さんたちは一緒じゃないのか?」
「こいつらはここまでの予定だ」
「そうなのか。でも……皆、海が苦手とか釣りが嫌いってわけじゃないんだよな?」
「それはもう。俺なんて釣りが大好きで――」
「おいバカ!」
返答した若い社員を、隣の男が肘で小突く。
「それなら皆も一緒に行くのもいいんじゃないか? これだけの船なら余裕もあるし」
「……いいのか? 見ての通り全員ガラは悪いぞ」
「ハハッ。ちょっと厳ついだけだろ。気にしてないって。なぁ皆?」
「ワンワン♪」
「ピキィ♪」
「ゴブッ!」
「マァ♪」
「モグゥ~!」
モンスターたちも賛同して声を上げる。
あれだけ嬉しそうに鳴かれたら、断る理由なんてないだろう。
「……お前ら支度しろ。釣りができるようにな」
「しゃ、社長! はい! すぐにでも!」
「ありがとうなハルさん!」
嬉しそうに走り去る三人。その背中を見て、帝が小さくため息をつく。
「全く……お前のせいで、社員旅行みたいになったじゃないか」
「いいじゃないか。こういうのもたまには必要だろ?」
「……ふん、どうだかな」
とは言いつつも、帝の表情はどこか柔らかかった。
支度を終えた三人が戻ってくると、黒服から一転して見事に釣り人スタイルへ。
青いライフジャケットにハーフパンツ、サングラスは外し、顔つきまで爽やかに見える。
「改めて、私は加治木 真黒武です。宜しくお願いします」
最初に自己紹介してくれたのは三人の中で一番年上の男だった。
髪はオールバックに整えてあり、黒縁メガネをかけている。
話し方も穏やかで、まさに釣り歴長そうなベテランの雰囲気だ。
「自分は蛸田 伊杉ッス! 宜しくお願いしやす!」
二番目に名乗ったのは快活な若者。
小麦色の肌に赤い釣りベストがよく似合っていて、見るからに元気いっぱい。
「海老釣 鯛蔵です! ハルさんには本当に感謝してます!」
最後に名乗ったのは、コンビニで話しかけてきた男。
黒髪を短くまとめ、柔らかい笑顔で頭を下げた。
改めて近くで見ると、大きなどんぐり眼でやはり愛嬌のある顔立ちをしている。
それにしても――三人とも名前に魚が入っているのは偶然なのか必然なのか。
加治木さんに至っては「カジキ・マグロ」ってそのまんまだし。
「それじゃあ行くか」
「あぁ。今日はよろしく頼むよ」
帝の号令に合わせて、俺たちはクルーザーのデッキへ。
デッキは広く、俺たち五人とモンスターたちが並んでも余裕がある。
日除けのキャノピーが張られ、ロッドホルダーも十本近く並んでいる。
床下には冷却機能付きの生簀、キャビン内にはソファと小さなテーブル、
さらに冷蔵庫や調理用のIHコンロまで揃っていた。
「すげぇ……これ、ちょっとした旅でもいけるレベルじゃないか」
「寝泊まりもできるぞ。簡単なシャワー室もある」
「マジか……!」
モコとラムは船の柵から海を覗き込み、波の反射光をきらきらと見つめている。
ゴブはキャビンの操作盤に興味津々で、ボタンを指差して「ゴブ?」と首を傾げた。
「操作盤は触るな。落ちたら助けられんからな」
「ゴ、ゴブゥ~!」
帝の低い声に即座に背筋を伸ばすゴブ。その様子に笑いが起きる。
「それじゃ、いくぞ」
エンジンがかかると、甲板の下から低い唸りが響き、船体がゆっくりと動き出した。
白波を立てながら、俺たちを乗せたクルーザーは海へと進み出す――。




