第192話 釣りの誘い
昨日は冒険者どおりで必要なものを一通り買い揃えてから帰ってきた。
収納用の魔法の袋もようやく手に入れたけど、五十キロまで入るお手軽サイズでも結構な値段がしたんだよな。
これは畑作業も頑張って収入を増やさないといけないかもな。
「今日は秋月も道場で鍛えてもらうって言ってたな」
俺も一緒に行こうかと思ったけど、明日は睦郎さんの案内でダンジョンに行く予定だ。
無理して筋肉痛になっても困るし、秋月にも「今日は大人しくしてなさい」と言われたんだよな。
確かに俺はどうも張り切りすぎる傾向がある。前も調子に乗って翌日まともに動けなかったし。
だから今日は大人しく畑の様子でも見ながら過ごすことにした。
「よし、水やりから始めるか」
「ワンワン!」
「ピキィ♪」
「マァ~♪」
「モグゥ~♪」
「ゴブッ!」
みんなもやる気満々だ。
俺たちは並んで畑に出た。朝のダンジョン内は明るく、太陽の光が柔らかく照っている。
湿った土の匂いが鼻をくすぐり、野菜の葉が露に濡れてきらめいていた。
モコは如雨露を手にし、器用に左右へ振って水を撒く。
ラムは体を波打たせて水流を細かく調整し、霧のような水滴を均一に散らしてくれる。
マールは葉の裏を丁寧に点検し、虫や病気の跡がないか確認中。
ゴブは手に持ったメモ帳に何かを書き込みながら、成長具合を観察している。何かと持ったら作物の様子をイラストにしていた。結構上手いな――
モグはというと、地面に潜って根の張り具合を確かめ、時々「モグゥ♪」と鳴いて土を整えていた。
「うんうん、いいチームワークだな」
俺はそんなみんなの様子をスマフォで撮影していた。
もちろんサボってるわけじゃない。秋月から「次の動画に使いたいから撮っておいて欲しい」と頼まれてたんだ。
画面越しに見ると、改めて思う――みんな可愛い。
土まみれになって頑張る姿を見てるだけで、自然と顔が緩んでくる。
そうして一通りの水やりと間引きが終わった頃には、ダンジョン内にも心地よい風が流れていて、汗ばんだ額に涼しさを感じた。
「よし、今日もいい出来だ」
「ワン!」
「ピキィ!」
「モグ~!」
「マァ♪」
「ゴブ~!」
皆の声が揃う。
そのあと手を洗いモンスターの土汚れを流して上げた。
一息ついた俺はソファに座り、タブレット端末を手に取った。
「さて、恒例の動画視聴タイムだな」
実はこの時間、みんなも楽しみにしている。
最近のオススメ欄には料理や冒険者の戦闘記録、それから農業チャンネルなんかも並んでいる。
その中に――「初心者でも釣れる! 真夏の海釣り講座」というタイトルが目に留まった。
「釣りか……」
懐かしい。前はたまに川釣りに行ってたっけ。
仕事が忙しくなってからは道具を友人に譲ってしまったけど、映像を見てるとその頃の感覚が蘇る。
動画の中では、穏やかな波打ち際で釣り人が竿を構えていた。
仕掛けやエサの説明をしている声は落ち着いていて、時々カメラが青空と水平線を映す。
釣り上げた魚がきらりと光を反射して揺れるたびに、モコたちが目を輝かせた。
「ワンワン!」
「ピキィ~!」
「モグ!」
「マァ~♪」
「ゴブッ!」
まるで「自分たちもやってみたい」と言っているようだ。
「ははっ、やっぱり気になるよな」
俺も同じ気分だった。
気がつけば画面の再生が終わり、関連動画の一覧に「釣果を倍にする秘訣」なんてタイトルが出てきて、ついタップしてしまう。
「……誰かいるか?」
背後から声がして振り向くと、そこには帝の姿があった。
「帝じゃないか。どうした、遊びに来たのか?」
「モグ?」
「スピィ?」
「ワン?」
「ピキィ?」
「ゴブゥ?」
モンスターたちも興味津々で帝を見る。
帝は肩に竿ケースをかけ、釣り具の入ったらしいバッグを提げていた。
シャツの袖をまくり上げ、サングラスを頭に掛けた姿はまさに“釣り人”そのものだ。
「……いや、遊びってほどでもない。釣りの約束してた奴が急に行けなくなってな。一人だと退屈だから、もし暇ならどうかと思って」
なんというタイミングだ。まるで動画を見ていたことを知っていたかのような偶然だ。
「それで無理にとは言わないが、どうだ?」
「ワンワン!」
「ピキィ!」
「マァ!」
「モグゥ!」
「ゴブッ!」
釣りという単語を聞いた瞬間、モンスターたちが一斉に反応した。
目を輝かせて俺を見上げるその表情は、もう行く気満々だ。
「釣りか……確かに久しぶりにやってみるのもいいかもな。ただ、道具がないんだ」
「それなら心配ない。こっちから誘ったんだし、全部貸すよ。モンスター用の小竿も積んである」
帝があっさりと言ってのける。
「マジか……!」
ありがたい。
しかもモンスターたちも一緒に行けるとなれば、断る理由はもうない。
「それじゃあ、お言葉に甘えて同行させてもらうよ。でも本当にいいのか?」
「姉貴も世話になってるしな。礼のつもりだ。車で来てるから、準備できたら声をかけてくれ」
そう言って帝は軽く手を上げた。
まさかこんな形で久しぶりの釣りができるとは思ってもみなかった。
釣りなら明日のダンジョン探索にも響かないだろうし、ちょうどいい息抜きだ。
「よし、決まりだな。モコ、ラム、みんな――準備するぞ!」
「ワン!」
「ピキィ!」
「マァ~!」
「モグゥ!」
「ゴブゥ!」
モンスターたちの元気な声が響き渡る。
こうして、俺たちは久しぶりの“釣り日和”に出かけることになった――。




