351話、限界を超えた者達
『あたしも、そう願いたいぜ!』
最終局面の狼煙を上げるは、フェンリルの姿を模した『古怪狼の凍咆』、それなりに硬度の高そうな大氷塊や大氷槍群。たぶん、フラウが使用可能な魔法の中でも、特に威力が高いだろうと予想出来るのだが。
何か、どれも様子がおかしい。どの魔法にも、湯気みたいな薄いモヤが掛かっている。それに大氷塊と大氷槍の大きさが、見るからに縮んでいっているような?
「ベルラザさん。鬼役の答えはアレですが、どうします?」
「決まってるだろ? 私達に触れる隙を与えず、直接ぶっ叩きまくるぞ」
「分かりました。ではっ」
「アカシック師匠第一師弟、ベルラザ参りまーす!」
そう決めた私達は、落下を始めたと同時。反対方向に最大出力の『不死鳥の息吹』を放ち、爆発的に得た推進力に身を乗せつつ、全身から不死鳥の姿に寄せた『劫火』を噴出させていく、
飛んで来る魔法の対抗手段は、『劫火』纏う肉弾戦。潰えし魔法級が来ても、大体は力技で捻じ伏せられる。それは、好奇心旺盛な私が立証した。
なら次は、鬼ごっこを嫌がるフラウへ、是が非でも距離を詰めて食らいつき。あいつが最も得意とする戦法、近接格闘を仕掛ける。
当然、相手の出方によっては、魔法は織り交ぜるけれども。必要最小限に留め、あいつの全てを超えて勝ちにいく。
「……む?」
フラウが放った、各魔法との接触数秒前。全魔法の威力や大きさが急激に衰え、不死鳥『劫火』と触れる前に溶けていっている。
『劫火』は、絶対防御魔法を貫通出来る火力があるとはいえ。フラウが放った魔法の氷が、ここまで呆気なく溶けてしまうのは、この戦いで初めじゃないか───。
「ガッ……!?」
「え?」
状況の異変に面を食らっていた中。気が付いた頃には、一切触れることが無かった魔法群を突破していて、私の足先がフラウの柔らかいみぞおちに、深くめり込んでいた。
……なんだ? なんで、お前がそこに居る? こんな直線的で単調な攻撃、お前だったら簡単に避けられるだろう? ああいや、そうじゃない!
「ふんっ!」
一瞬だけ狼狽えた私は、蹴りが直撃して吹っ飛ばされているフラウを視認するや否や。勢いを殺さぬまま、左右へ伸ばした両手に火の鞭を生成し、棒立ちしていた二人のフラウの首元に、火の鞭を巻き付け。
「そいっ!」
火の鞭が伸び切った所を見計らい、両手に力を目一杯込め。フラウ達の首が完全に締まったタイミングで、両手を一気に前へ振り抜いてみれば。
片や、全身が脱力し切っていて、首があらぬ方向へ振り回されては、抵抗しないまま『エクスプロージョン』が暴れる地面へ落下していくフラウ。
片や、両手で首を守っており。赤々しく血走る瑠璃色の同心円眼で私を睨みつけてから、その場から消え去り、姿をくらますフラウ。
一体は、司る物を媒介して瞬間移動したな。しかし、近場にある氷は、私達を通り過ぎた残骸しか残っていないぞ。
『魂をも焼き尽くすは、不老不死の爆ぜる颶風! 生死の概念から解き放たれし者に、思考をも許されない永遠の眠りを! 『不死鳥の息吹』!』
詠唱を唱えつつ、拳に乗せて背後へ振り向きざまに放った矢先。目前まで迫っていた、先端が鋭利に尖っている巨大な氷柱と共に、『不死鳥の息吹』と同化していく人影を確認。
落下中のフラウは、ベルラザさんが一人仕留めてくれたのか、三人に増えている。僅か数十秒の間いに、四体のフラウを倒せてしまった。いずれも、完全乖離させた分身体なのだろうけれども。
「お前、急にどうしたんだ?」
「……ああ?」
何か仕掛けてくる訳でもなく、ただそこに居ただけの最後の一人へ、私は釈然としていない顔を移していく。
戦闘意欲よりも、一抹の動揺が勝っている視界の先。氷属性の魔法を放出しておらず、全身大粒の水滴だらけで、肩で大きく呼吸をしているフラウが見えた。
「見りゃあ分かんだろ? 読み違えた結果さ」
「読み違え?」
「そっ。体に負荷を掛け過ぎて、全身悲鳴上げてっし。時間稼ぎも出来なかったから、魔力がスッカラカンだぜ」
「……あ」
フラウの状態を知ったせいで、思わず納得した声を漏らす私。そうだ。フラウはさっき、とんでもない数の召喚獣を召喚したばかりじゃないか。
アレに比べ、小規模に留まる召喚をし続けていた私だって、頭には鈍痛が鳴り響き。負荷が掛かっていたせいで、鼻血が止まらないでいたんだ。ならば当然、フラウも然り。
全ての召喚獣を『グラスティックノヴァ』で消し飛ばした時、フラウは悔しそうに『時間稼ぎすらさせてくれなくなった』とか言っていた。
あの言葉には、自己強化に努めるだけではなく、魔力や体力回復する時間も欲しかったという、色々な意味が込められていたのか。
「……すまない、フラウ。少々やり過ぎてしまった」
「まだ戦いは終わってねェんだぞ? 敵に塩を送るんじゃねェ」
「うっ……。そ、そうだな」
しまった。気を緩め過ぎて、まだ敵であるフラウに同情してしまった。違うだろう、私。フラウの言う通り、まだ戦いは終わっていない。
私がすべきことは、ただ一つ。弱り切った相手だろうが、慈悲を捨てて完膚無きまでに叩きのめし、この戦いに勝つことだ。
「なら」『二体の“覇者の右腕”に告ぐ。フラウを叩き潰してくれ』
「グッ……!?」
相手を徹底的に潰すと決めた私は、不意を突く形で『覇者の右腕』を二体召喚した瞬間。フラウの左右より、尊厳深い山の模様が描かれた、土色の魔法陣が浮かび上がり。
万物を殴り殺しかねない、直径、二、三十mはあろう荒々しい岩の右手が飛び出してくるも束の間。フラウは慌てて両手に拳を作り、二体の『覇者の右腕』に突き刺した。
圧殺されかねない衝撃波の壁に耐えた姿は、まさに磔状態。『エクスプロージョン』の外へ瞬間移動しなかった所を見ると、本当に余力が残っていないらしい。
「なんだ。まだ抵抗出来る力が残ってるじゃないか」
「……こ、これはなあ、あたしとお前の戦い、だぜ? こんなモンで、倒されてたまっかよ……!」
限界が近そうなフラウの怒り声に、私の口角が緩く上がっていくのを感じ取った。倒されるなら、せめて私の手でか。その心構え、敵ながらも素直に感服してしまう。
「そうか。なら、これで最後しよう。さっきお前から貰った言葉、返してやる」
そう口にした私は、右手が自前の力で砕けんばかりに全力で握り締め、ありったけの魔力を右拳に集約させていく。
今ある全てを集めたせいで、右拳が緋色の煌々とした輝きを放ち始めた。おまけに、とんでもなく熱い。このままでいると、右拳が焼け落ちてしまいそうだ。
「歯ァ、食いしばれ!」
かつて、フラウが私を敗北寸前まで追いやる前。身の毛がよだつ声量で口にしてきた言葉をあやかり、あいつの腹部が貫通する勢いで殴り付けた直後。
詠唱を省きながらも、限界を超えた威力で『不死鳥の息吹』で追撃し。目の前が連鎖爆発を伴う、強烈な緋色に塗り潰された後。
どこからともなく『……ああ、しくじっちまったなぁ。勿体ねェ……』という未練が垣間見えるフラウの『伝心』が、焼き尽きることなく『不死鳥の息吹』の中へ飲まれていった。




