風花ラメント 5
夕日が落ちて世界が闇に包まれる。
自分では急いできたつもりだったが、さすがに車イスを押しながらの移動はつらくて、思ったより時間がかかってしまった。
誰もいないような空間に、足音だけが悲しく響く。
「さあ、ついたよ」
車イスからゆっくりと手を離す。美季はここがどこだか最分からないようで、少しずつ暗闇に目をならしていった。そのあとゆっくりとその場所全体を見渡して、息を飲み込む。
「由良くん……ここってもしかし
て」
「ああ、あの公園だよ」
たどり着いたのは自分の家の近くの公園だった。あまり子どもたちも遊ばない、ただの古びた場所。そして俺たちの出会った、この思い出の場所。
「……え?あの………てもしかして?」
「うん、ごめんね?遅くなって」
美季の目から涙が出てきていた。それにつられるように、俺の足元にも斑点の模様が出来ていく。
「やっと俺、思い出したよ」
美季との本当の出会いや始まり、別れ、そしてもう一度出会った日のこと、全部全部鮮明に頭に浮かんできた。そしてもちろん、全てを奪ったあの秋の日のことも、ちゃんと………。
曲がりくねったまま残されたフェンスを見て、初めて美季を病院から連れ出した時の記憶がよみがえってくる。
今まで押さえられていたぶん、まるでダムが壊れたかのように記憶が溢れかえってきた。
嫌なほどのガソリンの匂いとむせかえるどの赤色。突然突っ込んできた鉄の塊に潰された、君の体。そうだ、ちょうど今みたいな時間。病院に帰ろうとしていたときに……
「………う…」
頭が痛くなってその場にうずくまろうとした体を、美季が支えてくれた。その手は相変わらず冷たくて、瞬時にその意味を察してしまう。
「本当にごめん………思い出せなくて
…」
涙が溢れてとまらなかった。
どうしてこんなことを忘れてしまっていたのだろう。
どうしてもっとはやく思い出せなかっただろう。ちゃんとしていれば、彼女に辛い思いをさせなくてすんだのに。
「いいんだよ。ちゃんと思い出してくれて、嬉しかった」
二人はそのまま抱き合いながら、あのときと同じように、桜の下で笑いあった。無理矢理作っただけの笑顔だったけど、それが今までで一番、綺麗な笑顔だった。
「ねえ、美季………好きだよ」
桜の花びらが一枚、ひらりと宙を舞った。まだその季節じゃないのに、でもその優しい温もりは、俺たちのことを包んでくれていた。
「ふふ……私も」
ようやく口にすることが出来た。たとえ記憶を取り戻していても、取り戻していなくても、この感情は変わらなかっただろう。俺の体を強く握りしめていた腕の力が無くなるときまで、俺は美季の体をずっと離さなかった。




