エピローグ
「美季、きたよ」
灰色の墓標の前にそっと花束を置く。
なだらかな丘の上に作られたということもあって、少し柔らかい風が花をあおいだ。
あの夜、美季は静かに眠りについた。
原因は、"寿命"
俺と同い年で寿命なんてほど遠いはずの彼女は、しかし事故が原因で心臓にダメージを負ってしまっていた。
正直、それから一年以上生きたことさえも奇跡的だったらしい。移植やコールドスリープも、美季本人が拒んだようだった。
「美季のお陰で、ようやく人生を楽しいと思えたよ」
手を合わせながら口を開いた。
「美季といたから、明日が楽しみになった。
美季といたから、誰かのために頑張ろうと思えた。
美季といたから、自分に自信を持つことが出来た。
全部、全部………」
この声は、美季に届くだろうか。今さら神様に頼るなんてことはしないけど、もしこの声が届いているなら…
「ーー美季、本当にありがとう」
どうかそっちでくらい、自分のために休んでいて。もう俺は、大丈夫だから。
立ち上がって後ろをむくと、遠くに人影が見えた。
「やあ由良。久しぶり」
神野はそう言うと、すぐに美季に手を合わせた。
「………記憶、戻ったんだって?」
「え、なに?お前知ってたの?」
「知ってたもなにも、最初は俺が思い出させようとしてたんだからね?でも俺が美季のこというとすぐ体調くずしたり病んだりして大変だったんだから…」
「……そうなんだ」
美季の惨劇を目の当たりにした俺は、そのショックで断片的に記憶を失ってしまったようだった。あの状況に関する全ての記憶……美季のことはもちろん舞台となった公園のことさえも、全部忘れて勝手に頭でつじつまを合わせていってしまう。
「そう。それを美季に相談したら、「じゃあ私が思い出させる」って言って小説を書いたんだよ。まあ由良に色々させたいっていう私情も入ってたけどな」
そう言ってクスクスと笑う。
やっぱりあの小説は、俺たちのことを書いていたんだ。………あれ、俺あんなに優しい口調だったっけ……?まあ、そんなに細かいところはいいや。
「そういえば、その小説はどこにあるの?」
「ああ、今は俺が持ってる。ちゃんと完成してたよ」
俺はノートを取り出すと、ペラペラとページをめくった。相変わらず細かく書いてるな、とおもうと同時に、ここまでちゃんと覚えてくれていることが嬉しかった。
「……よし、じゃあ僕はそろそろ行くよ。また今度会おうね」
「おう、じゃあまた」
少し背の伸びた後ろ姿を見送ったあと、俺は静かに墓の横に座った。
「……いい風だな」
人工的に作られて良いも悪いもないはずなのに、不思議とそんな言葉が出てきた。丘の下には、思いでの公園がポツンと存在している。ここから見る景色は、桜が咲けばとてもきれいだろう。
「……こんど、絵を描いてみようか」
あんなにうまく描けるか不安だったが、それでも今の「自分」を、美季に見てほしかった。
もう忘れないよ。少なくとも、あと53年はずっと、君と一緒に生きていく。
「…………ん、ん~」
書き終わった小説を閉じて、全てを吐き出すように腕を伸ばす。
この小説がちゃんと由良くんに見られるか、見たところで記憶が戻ってくれるかどうかは不安だった。
もしかしたら、単なるパーツの一部で終わってしまうかもしれない。それでももし、少しでも役に立てるならそれで大満足だ。
「…………よし!」
少しでも期待を込めて、最後のページに「思い出して!」と書いてみた。……さすがに安直すぎたかな?もしこれでまた病んじゃったらどうしよう……。
そんなことを考えていると、役目を終えたペンが転がってベットの下へ落ちてしまった。
手を伸ばしてもなかなか取れない。しょうがないなと足に力を入れるも、うまく立つことすらできなかった。
「あっちゃー………もうそろそろかぁ」
自分の胸に手を乗せて、不安を紛らわすように深呼吸をした。
ーー人は死んだら、どこへいくと思う?
………きっと誰かの心の中で、生き続けるんだと思う
ーーじゃあそれは、いつまで生きていられるの?
………その人が忘れるまで、ずっと
なんなら、忘れてしまっても構わないと思う。人生の一部を彩れるのなら、それだって一つの「思い出」になる。でも、もし自分にとっての一番の思い出なら、
たとえ事故にあっても、
たとえ精神的ショックに陥っても、
たとえ………離ればなれになってしまっても。
そのたびにあの夜桜を見て
幸せが近くにあることを噛み締めて
……いつかまた、思い出してね




