風花ラメント 3
10月1日 神野くんが、一ヶ月後の学校の文化祭のことについて教えてくれた。それと、引っ越しで神野くんがそれに出られないことも知った。すごい残念そうにして………はなかったけど、由良くんのことが心配みたい。だって初めての文化祭だもんね、ちゃんと楽しんで欲しいよね。
10月5日
由良くんが病室にきたので、「文化祭いきたい!」と駄々をこねてみた。でもそれは却下されちゃったから、「じゃあ積極的に参加して、楽しんできてね!」といった。すごい嫌な顔していたけど、命令ね!と言ったから多分やってきてくれるだろうな。…………ちゃんと、うまく笑えていたかな。
10月20日
このごろなにもなくて、書くことが無くなってきた。由良くんも忙しいみたいだし……まあ由良くんが楽しんでるならそれでもいいけど……
…………いっそこのまま、時間が止まってくれないかな
10月25日
頭が痛い。もう乗り越えたというのにやっぱり、弱い私が残ってしまっていた。
もしあの時、私が無茶を言わなければ、
もしあの時、おとなしくしていれば、
もしあの時、……出会っていなければ。
もう遅いのに後悔ばかりして、大切な人まで巻き込んでしまっている。
でも、だからこそ……
……立ち止まっては、いられないの。
11月1日
ようやく、もうすぐで小説が完成する。これでもう、私が出来ることは終わる。終わってしまう。あとはこれを見せて、それで……
………大丈夫……かな。
遠くで光が散った。それがなんなのかはわからない。
近くで光が散った。それがなんなのかは………痛いほどに、知ってしまっていた。
11月2日
11月3日
11月4日
・・・
白い息が、浅い呼吸と一緒にこぼれた。防寒はばっちりしてきたはずなのに、冷たい空気が自分の肌を刺してくる。
まったく……ロボットやら人工植物やらで進んだ科学も、天気までは左右できないのか…と誰にかはわからない愚痴をこぼしながら必死に足を動かしていく。
ようやく病院につくと、暖かい風が俺を出迎えてくれた。それに一息つく暇もなく、俺はエレベーターに向かう。506と書かれた扉の前で、一度深呼吸をした。
「………やぁ、久しぶり!」
扉を開けたと同時に、明るい声が響いた。
「なにが久しぶりだよ………よかった」
「うん、ごめんね?迷惑かけちゃって」
俺はベットの横に座って、彼女と向かい合った。ずいぶん痩せこけてしまったようにも見えるが、それでも根本的なところは変わっていないようにみえる。思ったより元気そうでなによりだった。
「体のほうは問題ないの?」
「もっちろん!ほら見て!」
そういって美季は腕をぶんぶんと振り回した。
「うわ、もしかして前より元気になったんじゃない?」
「うわってなにさ!?せっかく元気になったんだかさ?何かないんですかね!?」
「なんにもないですー」
こんな会話も懐かしいな……そう思いながら話する。そしてタイミングを見計らって、「あ、そういえばだけど、小説ってもう完成した?」と聞いた。最近まで体調を崩していた人に聞くのは少々ためらったが 案の定美季は「実はまだなんだ……」と気まずそうにいった。でもよかった。俺はひそかにその言葉を待っていた。
「じゃあさ、これからたくさん遊ばない?」
その時の美季の目の輝きは、どの星や雪の結晶よりも煌めいていたように見えて、二人で笑った。
それから俺は、美季の要望どおりに行動した。久しぶりに登場した「やりたいことノート」に書かれていることを、片っ端からやった。
病室から見えるように雪だるまを作ったし、遠くまでいって写真を撮ったりした。慣れない手つきでスノードームなるものも作って、とにかく二人で外の世界を堪能した。
少し遅くなってしまったが、文化祭で使ったプラネタリウムも見ることが出来た。ずっと放り投げられていてグシャグシャになってしまっていたが、ちゃんと綺麗に見えてよかった。
クリスマスも年越しも、全ての思い出を二人で共有した。
美季は相変わらず外に出られなかったけど、そんなことを気にしなくてもよかった。
だってそのぶん、自分が動いてあげればいいから。俺が彼女の体になって、幸せを届けてあげればいいだけだから。
ああでも、突然「料理をしたい」と言ったときは驚いた。看護師さんにお願いして車イスを用意してもらって、給湯室に連れていった。「入ってきちゃダメだからね!」と言われたから部屋の外で待っていたが、爆発音が聞こえたからには入るしかなかった。
「もー、なんで入ってきちゃったの!?」
「いやいやいや……逆にどうしたらこんなことなるの……」
黒くなったフライパンを見て絶句する。あれ、これたしかIHだよな……?ガス使ってないよな……?と思いつつも、口には出さないようにした。
「で、こんなになるまで何作ってたの?」
「ふっふっふ~………ほらこれ!」
車イスの下に隠されていたそれは、なんとも言えない黒い何かだった。まあ頑張れば食べれそうではあったが、頑張んなければ食べれる箇所は一個もない。
「………なにこれ」
「失礼な!どこからどう見てもパンケーキでしょ?」
いやどこからどう見てもパンケーキではないだろ……ただ一つあってる所といえば丸いところぐらいだぞ……?
「もう!これ由良くんのために作ってあげたんだからね」
「……え、そうなの!?」
「うん!だって今日誕生日でしょ?2月15日」
そういわれてハッとする。誕生日なんてここ数年祝われたことがなかったので、自分自身も忘れてしまっていた。
「あれ?俺誕生日言ったっけ?」
「え?まあいいじゃない、ほら覚めないうちに早く食べて!」
それから先のことはあまり覚えていない。ただ感じたことは、あの身体中を突き抜ける独特な匂いと、ここが病院で心底助かったということだけだった。
「あー、今日も面白かったね」
「お、おう………疲れた」
夕焼けが病室の窓に差し込んで、美季の髪を赤く染めていく。もうこんな時間かと嘆くことすら、この世界は許してくれないみたいだった。
「ねぇ、もうすぐ春だね」
「ん?あーそうだな」
雪はすっかり溶けて、気温もだいぶ上がってきた。ここらへんでは分かりづらいと思うが、俺の家の回りではまた、緑がおいしげっているほどだった。
「私たちが出会ってもう一年経つんだよ!?なんか早いね~」
傾いた太陽を眺めながら、美季はおもむろに呟いた。それは俺に言っているようにも、自分自身に告げているようにも聞こえる。
………そろそろ帰ろう、そう思って立ち上がった瞬間、ふと何かに引っ張られてバランスを崩した。世界が白く染まったかと思うほどに暗転した視界の隅で、俺の袖が美季に捕まれていることに気づいた。
「………あの、美季さん?」
一瞬、何がなんだかわからなかった。情報を整理しようと回転させた頭が、熱を持ってパンクしてしまう。
「……あの~……なにしてるんですか?」
自分の心拍数がはね上がっているのに嫌でも気づいてしまうほど、心臓がバクバク音をたてている。とうとう頭がおかしくなってしまったのか、心臓の音が2つ聞こえるような気がした。
「ん~………おまじない、かな?」
体を拘束していた手がふっとほどけて頭をあげる。赤く染まった彼女の頬が、とても印象的だった。
「ねえ由良くん。これあげる」
何事もなかったかのように、美季は布団の中から一枚の紙を取り出した。それはいつぞやに見た桜の絵だった。
「これは……神野の?」
彼女の表情は、まっすぐ注がれた夕焼けの光でよく見えなかった。なにかを言いたげだったが、あえて聞かないことにしておく。
「うん、もらっておくよ。ありがとう」
「………大切にしてね。じゃあ、また明日」




