ながれ星の行方 4
「……美季!」
勢いよく扉を開ける。そこが病院だということも、異常なほど汗が流れていることもお構い無しにあげた声は、白い部屋のなかで静かに響いて消える。
美季は、そこにはいなかった。
よく考えれば当たり前のことだ。きっといまごろ治療室にでもいって見てもらっているはず。きっと明日になればいつも通り、あの無邪気な笑顔を見せてくれる。そう心で思いつつも体は相変わらずそわそわしていて、逆に自分が倒れてしまいそうなほどだった。
俺はなんとなく、備え付けのイスに座った。もしかしたら、寂しさを紛らすためだったかもしれない。さっきまでここで美季は笑っていたかもしれない。ベットを指先でなぞりながら、今にも消えそうな温もりをたどった。
「………ん?」
ふと指が固いなにかにぶつかった。取り出してみると、美季が大事にもっていた小説の書かれたノートだった。
「はは……まだこんなの書いてたんだ」
中身を確認せずペラペラとめくっていく。前回見たときよりだいぶ進んだそれは、美季の努力をそのまま表している。ただでさえ体になにか異常があるというのに、大したものだ。
もしなにか違っていたら、こんなことにはならなかったのだろうか。もしなにか大事な事を知っていたら、こんな状況を変えられただろうか。いや、それはないだろうな。だって、俺一人じゃなにも出来ないんだから。
「俺は、美季のことを何も知らないのに…」
そう呟いても、誰も答えを教えてくれない。唯一知ることができるこの小説さえも、なんでか見る気がしなかった。美季の過去に、俺は関係ないのだから。
………帰ろう
ここにいたって、むなしさが募っていくだけだ。
そう思って立ち上がると、とつぜん病室の扉が開く音がした。そっちを見ると、そこには期待通り美季の姿があった。いや、管に繋がりながら運ばれてきた、というほうが正しかった。
「………あ」
まだ眠っている美季を取り巻く看護師の一人と目があった。その人は昔、俺と美季が外に出ようとして怒った人だった。
「…あ、ああ……」
症状は?状態は?どうしてこうなった?
聞きたいことはたくさんあるのに、口は水分を失ってうまく回らない。耳障りな甲高い音が、どこかで鳴り響いている。
「あああああぁぁああ!!」
すべてを吐き出すように叫んだそれが、俺の記憶の最後だった。力を全て失ったように膝をつき、辺りが白一色に染まっていく。まるで違う世界に投げ出されたみたいだった。
記憶というのは、どのようなものを指すのだろう。
自分が今覚えていること?
思い出せる範囲のこと?
じゃあもしそれが、思い出したくないことだったら?
なにかが理由で塞ぎこんでしまった記憶、もしくは失ってしまった記憶というのは、どこにいってしまうのだろう。
恐らく頭のなかで、その出番を今か今かと待っているのだろうか。もしそうだとすれば、もっと早くに気づいていればよかった。いや、正確にはまだ、気づけてなどいなかった。
ああ、いったいどうすれば、
この景色を知っていることに、気がつけるのだろう。




