32話「ラインバッカー作戦」
ドラゴン。
全てのモンスターの頂点に君臨する絶対的強者。
こちらへ向かってきていると思うと手足の震えが止まらない。
「ドラゴンと遭遇したら逃げるが勝ち……いや……」
神は言った。スキルポイントを得たければ、恐れず強者に立ち向かえと。今がまさにその時なのではないか。
勇者の手記にスキルポイントを溜めて前世へ帰ったと記述があった。スキルポイントは無限の可能性を秘めているのだ。夢を現実に変えるだけの力がある。当然リスクは大きいが、それに見合うだけのリターンがある。ギャンブルかもしれないが、冒険者が冒険をしなくてどうする?
恐怖に抗うように自己暗示をかける。己を奮い立たせようと考えを巡らせる。
それに、今の僕には逃げるという選択肢はない。
守るべき存在がいるから――
「オリヴィアさん」
夜の闇は濃く、張り詰められている。
僕はオリヴィアさんだけを見るようにして声をかけた。
「……なに?」
繋いだ手は一向に離れる様子がない。
「最初にギルドで出会った時の事を覚えていますか?」
「出会った日のこと? それはもちろん――」
一瞬顔が強張ったのを僕は見逃さなかった。
「覚えていましたか。それじゃあ……分かりますよね?」
手を握る力が強まる。
オリヴィアさんは初めて出会った日に言った。
『あなたは非戦闘員としてヒーラーの仕事の他、後方支援と雑用係として働いてもらうわ。後方支援といっても、やることは殿くらいなものよ』
「……嫌よ」
「逃げて下さい」
「嫌! 私もここで戦うわ!」
「駄目です。それじゃあ意味が――」
「嫌だって言っているでしょ!!」
それは慟哭だった。
「あなた一人を置いていけるわけないじゃない!! ドラゴンよ? ランクS級のモンスターなのよ? 一人で何ができるっていうのよ!」
「みんなの逃げる時間を作れます」
「団長命令よ! 殿をすることは許さないわ! 戦う時も逃げる時も一緒――」
「だめだ!!」
「――っ!?」
僕が初めて発した怒声に、オリヴィアさんは怯んだ。前世でもここまで感情を発露したことは無い。全身全霊でオリヴィアさんを説得する。
「団長には団員を守る義務がある! 今すべきことは一人でも多くの団員をこの場から撤退させることだ!」
「で、でも――」
「でもじゃない! 僕にとって『フリージア』は初めて出来た仲間なんだ!! 失いたくない!! これは団長であるオリヴィアにしか出来ないことだ! みんなを……みんなを逃がしてくれ」
ノルアドレナリンが分泌され、一種の興奮状態に陥っている。
気づけば手足の震えが止まっていた。
「それに、僕はギルド内で最も殿に適している。僕が召喚する使い魔の脚の速さは証明したはずだ! 生きて帰れる自信がある」
「い、生きて帰れるなんて保障がどこに――」
「僕は勇者だ!」
「――っ!?」
自分でも信じられないくらい滑らかに口が動いていく。
「僕は異世界から来た勇者だ! ドラゴンなんて楽勝だ! 『宝具』だって持っている! クレアを助けた時だって見ただろ? あれは『スタングレネード』っていう『宝具』だ。他にもドラゴンを倒すための秘策がある!」
グオァアアアアアアアアアア!!
ドラゴンが再び咆哮した。
暗闇の中で僕たちの居場所を探し回っているのだろう。
時間がない。
続けざまに捲し立てた。
「『宝具』の威力は計り知れない。だけど、『フリージア』のメンバーがいる状況では十全にその威力を発揮できない。魔力が枯渇しているのであれば、尚のこと戦闘の足枷になる。だから……頼む! 逃げてくれ! 全員で助かるために!」
「――さないわ」
「え?」
「死んだら許さないわ!! いい? 絶対に生きて帰ると約束して!!」
「約束する!」
即答した僕の真剣な表情を見て、不承不承オリヴィアさんが決断を下した。
指示を待っていた『フリージア』メンバーに向かってオリヴィアさんが声高に叫んだ。
「全団員! 負傷者と捕虜を連れ、即時この場から撤退!! 急いで!!」
指示が伝わるや否や、『フリージア』メンバーは一致協力して撤退を開始した。あとはこの場にいるオリヴィアさん、ニーナさん、グレース、クレア、レベッカさん(石化中)を残すのみである。それぞれ僕に一言を残して去っていく。
「夜が明けたら『クロコ遺跡』で落ち合うわよ。来ないとかは無し。来るまで待っているから」
「あなたのことは嫌いですが……死なないで下さい。帰るまでが冒険ですから」
「マー君……待っているから……」
「あ、あの! 助けに来て下さり、ありがとうございました! マサキさんの無事を祈っています……今度は私が救出に来ますから!」
「ありがとう。ドラゴンに『宝具』の力を思い知らせてやるさ! あ、石化しているレベッカさんを忘れずにね。クレアは皆の治癒を任せたぞ」
「はいっ!」
僕は努めて明るく皆を送り出した。
何度も振り返りながら撤退していく『フリージア』。
「切ないような、やりきったような感慨だな……」
頭に浮かび上がってきた人物と今の境遇を重ね合わせる。ウォレス・ヘンリー・ハートリー。タイタニック号に乗船したバンドメンバーのリーダーである。タイタニック号が海に沈み始めた後、彼とバンドメンバーは乗客たちが落ち着いて救命艇に誘導されるようにと、ラグタイムの曲目を演奏した。彼らは最後の最後まで演奏を続けたと言われている。彼もバンドのメンバーも生き残ることはできなかったが、歴史にその名を残すことになった。
死が迫り来る中で、彼は何を思い、何を考えたのだろう。
――閑話休題――
「さて……いっちょ派手に暴れますか」
ステータスオープン。
名前:マサキ
性別:男
ジョブ:剣豪、治癒師、勇者【NEW】
スキルポイント:45
HP:100/100
MP:10/130
STR(力):30
INT(知力):5
DEF(防御):30
AGL(敏捷):60
DEX(器用):5
「……」
絶対にツッコまないぞ。絶対にだ。
兎にも角にもスキルポイントが45も入っている。スキルポイントを枯渇しているMPへ全振りした。今の状態では使い魔を召喚できない。
名前:マサキ
性別:男
ジョブ:剣豪、治癒師、勇者【NEW】
スキルポイント:0
HP:100/100
MP:55/175
STR(力):30
INT(知力):5
DEF(防御):30
AGL(敏捷):60
DEX(器用):5
よし。
あとは『宝具』をどう使っていくか。
『戦車』や『大砲』は、飛行型のモンスター相手に対して分が悪い。また、『バズーカ砲』は動く敵に当てるのが難しい。
残された手段は『手榴弾』しかない。
使い魔を複数召喚して上手くドラゴンを誘導し、100個の『手榴弾』で仕留める。
「【召喚】ワイバーン」
僕はコスパの良さそうなテンプレ飛行モンスターを3体召喚し、そのうちの1体に騎乗した。
「僕が騎乗するワイバーンから順にアルファ、ベラボー、チャーリーと名付ける。敵目標はエコー。現在地をデルタとし、今から作戦を伝える。作戦名は『ラインバッカー』だ」
作戦内容を伝えるのに、呼び名や座標が無いのは面倒だったので、軍事作戦っぽく名付けた。
「アルファはデルタ上空で待機。ブラボーとチャーリーはエコーを地上へ誘導し、そのままデルタ地点へ。エコーがデルタ地点へ到達次第、上空より爆撃を行う」
簡潔に命令を出すと、ブラボーとチャーリーは飛び立って行った。
作戦の流れをまとめると、こうだ。
『ラインバッカー作戦』
・僕とアルファがデルタ地点上空で待機
↓
・ブラボーとチャーリーがエコーを地上付近まで誘導
↓
・ブラボーとチャーリーがエコーをデルタ地点まで誘導
↓
・僕とアルファがデルタ地点上空よりエコーを空爆
↓
【任務完了】
成功の鍵はタイミングである。
デルタ地点へエコーを誘導したとして、上手く上空からタイミングを合わせることができるかが問題である。幸い勇者が残した『手榴弾』は日本語で『解除』を行うことではじめて爆発する。100個の『手榴弾』を上空からばら撒き、タイミングを合わせて『解除』してやればいい。
「来るなら来やがれ!」
ローブの色と隠遁効果が相乗効果を成す。僕は宵闇の上空で息をひそめた。




