30話「夜襲」
盗賊たちは2階建て石造りの建物に居を構えている。だが今は、建物内に明かりが灯っていない。正面には見張りらしき男が2人だけである。
「二手に分かれるわよ。私とグレースは裏手。ニーナとレベッカは正面右手。敵に見つかった場合、可能な限り口封じをして隠密行動を続行すること。続行不能になった場合は、先に見つかってしまったペアが陽動役に徹する。以上。いいわね?」
私はこの場にいる3人と手筈の最終確認を行った。3人は声を出さず、真剣な表情で頷き合ってペアに分かれた。
やはりこの時間に襲撃したのは正解だった。
本来、夜襲をかけるとするなら、寝静まった深夜が望ましい。だが、相手は盗賊団のアジトである。私たちが闇に紛れて襲撃するのと同様に、暗がりを好んで仕事をする盗賊たちもこの時間帯は出払っている可能性が高いと踏んでいた。
「好機よ。人気の無い今、建物に侵入してクレアを救出するわ!」
私が合図を出すと2組に分かれて行動を開始した。
身を隠しながら建物の裏手へと回った私とグレースは、裏口の扉脇まで無事に進むことができた。壁に背中を張り付けるようにして人の気配を探ったが、扉の向こうからは物音ひとつしなかった。
「グレース」
「りょーかい」
掛け声だけで意思疎通ができるのは、長い付き合いのおかげだろうか。グレースは【絶対防御】を発動し、ドアノブへ手を掛ける。
私は指を3本立て、突入するタイミングをカウントダウンした。
3
2
1
0
なだれ込むように勢いよく建物内へ侵入。
だが、建物内は暗闇で支配されており、人の気配が全く感じられなかった。
「ここ、本当に盗賊団のアジトだよね……?」
「間違いないわ。正面に見張りもいたし」
グレースの言うことももっともだ。いくら出払っていると言っても、無人であるアジトは明らかに不自然である。
しかし、ここまで来てクレアの救出に失敗するわけにはいかない。
焦燥感に駆られつつも、月明かりを頼りにしてクレアが囚われている部屋を探す。
1Fフロアを探すことしばらく。
大部屋に物置部屋、浴室に寝室と隈なく探したが、それらしい部屋は見つからない。それどころか、盗賊の1人すら見受けられなかった。
「おかしいわ。まるでもぬけの殻……」
「2Fも探してみる?」
グレースの提案にしばし考え込んでいると、今まさに上ろうとしていた階段からレベッカ・ニーナ組が降りてきた。
「オリヴィア! 2Fもハズレだ。もしかしたら、私たちの襲撃に感づいて逃げ出したんじゃないか?」
「そんなはずは……」
無いとは言い切れない。
建物内を捜索したが、人が居ないだけでなく、貴重品や食糧までも空になっていたのだ。
しかし――
「団長。それだと不可解です。逃げ出したというのなら、正面に見張りが立っているはずありません」
ニーナの言う通りである。確かに私たちは正面の見張りを確認し、二手に分かれて建物へ侵入したのだ。
「逃げ出すという行為自体も不可解です。私たちを恐れて逃げ出すくらいなら、身代の要求なんてしてこないでしょう。第一、私たちの動きに感づけたという点も怪しいです。『フリージア』で行動している際は、団員に『敵感知』を使わせていましたが、盗賊らしき敵は一切関知しておりません」
「そうね。私たちに身代の要求をしてきた時点で万全を期していてしかるべきだわ。逃げ出した線は捨てて考えましょう」
身代を要求した時点で、盗賊たちは『フリージア』がここに来る可能性を予測できていたはずだ。なぜなら、盗賊団は要求を突き付けるだけで、受け渡しの場所を特に指定してこなかったからだ。要求に応じるにはアジトへ赴くしかない。それゆえ、盗賊たちは万全の態勢で待ち構えていると思っていた。
クレアの誘拐、受け渡し場所の指定が無い身代の要求、正面の見張り、もぬけの殻のアジト。
そもそも受け渡し場所の指定が無い身代の要求なんてあるだろうか。本当に身代の要求がしたければ、受け渡しの場所と日時を指定すべきだろう。
身代の要求が目当てでなければ、目的は一体何だというのだろう?
成人を迎える間近のこのタイミングで誘拐し、急かすように身代の要求をしてきた盗賊団。『フリージア』が乗り込んでくると容易に想像ができる状況で万全を期するのは当たり前――
――っ!?
もしも、この状況が既に万全を期した状態だとしたら!?
正面の見張りがアジトであることを疑わせないための張りぼてだとしたら!?
最初から私たちが襲撃してくると予想していれば、簡単に事を成すことができる。私たちを建物内におびき寄せることが。
「まずいわ! みんな早く外へ――」
私がみんなを建物の外で出そうと指示を飛ばそうとした瞬間、足元に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「「「「――っ!?」」」」
見る見るうちに魔法陣の光が強くなっていくと、轟音を立てて建物が倒壊した。私たち4人は瓦礫の下敷きになる。魔法陣の影響か、それとも攻撃魔法を受けたのかは分からない。
私たちは瓦礫から這い出るようにして外へ出た。
「ぐっ……。みんな無事か?」
「え、ええ。なんとか無事よ。ニーナとグレースは?」
「だ、団長。私は無事ですが、グレースが……」
グレースが足を押さえ、苦悶の表情をしていた。瓦礫に挟まれた際に足をやられてしまったようだ。
「グレース!? 大丈夫なの? あなた、【絶対防御】は?」
「発動できなかった……」
「え?」
「たぶん、あの魔方陣のせいだと思う。魔力がほとんど無くなっちゃって、能力が発動できなかった……」
グレースに言われて始めて自分の体にも倦怠感があるのを感じた。
「まずいわ……。こんな状態で敵に囲まれたら――」
「ぎゃっははははっはっはっは! 『フリージア』の幹部ともあろうもんが無様な姿だな!」
「「「「――っ!?」」」」
瓦礫山の上にいた私たちを見上げているのは、冒険者ギルドでA級指名手配となっている盗賊団ギルドの長だった。無精髭を生やし、傷だらけの顔に邪な笑みを浮かべている。その傍らには、手足口を縛られたクレアの姿があった。
「クレア!!」
「んー! んー!!」
「なんだ? こいつがそんなに大事なのか?」
盗賊長がそう言うと、入れ墨の入った太い腕でクレアの服を引き破った。
「んーっ!!」
クレアが羞恥のあまり涙を流し、露わになった素肌を隠そうとする。
「き、貴様!!」
「お前は『剛剣』のレベッカだな? 聞いたぞ? お前、こいつの隊長だったんだってな? どうだ? 部下がこんな醜い男に汚されていく様は」
レベッカは肩を震わせ、すごい剣幕で盗賊長を睨んでいる。
「このクレアという女は、もうじき腰を振るしか脳のない豚貴族の女になる。惜しいと思わんか? 思うだろう? ちょっとくらいなら味見しても罰は当たらんよな?」
そう言ってクレアの胸元へ手を伸ばしていく盗賊長。クレアは悲鳴をあげ、男を拒絶するかのように後退っていく。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「待ちなさい! レベッカ! 攻撃するなら私たちと一緒に――」
我慢の限界を超えたレベッカは、私の静止を聞くこともなく盗賊長へと大剣を振りかざして向かって行った。
「馬鹿め。やれ!」
魔導士らしきローブ姿の5人が物陰から出てくると、レベッカに向けて合成魔法を行使した。
「「「「「石化」」」」」
詠唱を済ませて物陰に待機していたのだろう。短縮された詠唱呪文で魔法を発動させると、瓦礫の山を駆け下りていたレベッカが魔法の餌食となった。石像にように固まり、レベッカは瓦礫の山から転げ落ちていく。
「ぎゃっはっはっは! まともに突っ込んでくるとは馬鹿な奴め。相手が騎士だとでも思っているのか? 俺たちは盗賊だぞ!」
脅威は去ったとばかりに、ぞろぞろと物陰から盗賊団員やローブ姿の魔導士が出てきた。その数は10や20ではない。盗賊団員が30、ローブ姿の魔導士が30といった大所帯であった。
「ど、どういうこと? こんな人数の魔導士がなぜ盗賊団に?」
「団長、さっきから敵が使っている魔法の術式は、ヴァルツリッヒ皇国のものじゃありません! 恐らく他国の魔導士の1個小隊だと思われます!」
「な、なんでそんな連中が……」
魔導士の数は、各国の軍事力を表しているといっても過言ではない。そんな貴重な戦力を盗賊団なんかに投入する国があるというのか。
「察しがいいな嬢ちゃん。顔も体も俺の好みだ。どうだ? 俺の女になるか?」
「死にたいんですか?」
『振られたぞ!』とゲラゲラ笑い出す盗賊団。
「うるせぇぞ。お前ら。目的を忘れるな! 俺たちは『フリージア』を潰すことが目的だ。幹部たちを生かしておくわけねぇだろ!」
「『フリージア』を潰す? そういえば、私たちに不埒を働いて奴隷落ちした野蛮人がいるのだったわね? そいつらに依頼されてのかしら? 見当たらないようだけど?」
私は盗賊長に例の男たちがどこにいるのかと尋ねた。
「ここに居るわけねぇだろ。あいつらはお前らの奴隷だぞ。お前たちが『盗賊を襲え』と言えば俺たちを襲うようなやつらをここに置いておくと思うか?」
ここに居ない?
ならどこへ?
胸騒ぎがした。
「お前たちの可愛い団員たちのもとへ飛び跳ねて行ったぜ。今頃好き放題やってんだろうな。奴隷を命令できる幹部が一人でも残ってりゃあ、状況は違っただろうにな。ぎゃっはっはっはっは!」
「そ……そんな……」
私は絶望で体が冷たくなっていくのを感じる。
「す、好き放題になんて、されているはずがありません! ここにいる幹部4人を除いても、団員は総勢26名もいるのです。数名の冒険者落ち風情で何ができると言うのです!?」
「あ? 誰が数名で向かったって言った? お前たちが奴隷化した男は確かに3人だが、別働隊の魔導士30人もお前らの拠点へ向かっているぞ?」
「なっ!? あ、あり得ません!! 他国のギルドを1つ潰すのに、魔導士を60人も投入したというのですか!?」
「信じようが信じまいが好きにすればいい。俺たちは与えられた仕事をこなすまでだ」
盗賊長が魔導士たちに合図を送ると、瓦礫を囲むようにして戦略級の大規模魔法を詠唱し始めた。
もはや絶望的な状況である。
1つのギルドに対してあまりにも過剰な戦力。奇襲するはずが、逆に先手を取られてしまう始末。おまけに、こちらは魔力が枯渇しており、数的にも圧倒的に不利。
もはや勝てる要素が見当たらない。過去の因縁は、私たち『フリージア』への呪いとなって降りかかってしまった。
私はせめて他の団員だけでも助けてもらおうと、命乞いをしようとした。すると突然グレースが立ち上がって言った。
「マー君がまだ……」
「あ? なんだガキ?」
「マー君がまだいる! 私たちにはまだ希望がある! 魔導士30人なんて、けちょんけちょんにやっつけてくれる!」
「馬鹿かお前? どこに魔導士30人を1人で倒す野郎がいるってんだよ?」
「ここにいるけど?」
「「マサキ!」」
「マー君!」
マサキが来てくれた。
にわかには信じがたい。30人の魔導士たちを倒してきたとでもいうのか?
「なっ!? てめぇ! 魔導士どもとすれ違わなかったのか!?」
「ああ、連中のことですか。全員倒しました。大切な仲間を脅かそうとしていたんですよ? 見逃すわけないでしょう」
「は? 倒しただと? ほざけ、糞野郎!」
盗賊長の罵倒に動じることなく、マサキは見覚えのない『マジックバック』を取り出して言った。
「最近手に入れた『バジックバック』なんですけどね。これ凄いんですよ。気を失っている、あるいは仮死状態であれば人でも収納できるんです。まぁ多分、意識が戻ったら外に出ちゃうんでしょうけど」
そう言うと、縄で縛られ、気を失っている魔導士30人と例の男3人を『マジックバック』から取り出した。
「な、な、なにをしやがったてめぇ!!」
「次はあなたの番ですよ? 覚悟はできていますよね?」
剣を抜き、盗賊長の元へ歩み寄って行くマサキ。
対して盗賊長はマサキの覇気に圧倒されるかのように尻込みしている。
マサキの逆襲が始まった。




