27話「迂回」
「西へ進路を迂回するしかないわ」
オリヴィアさんがS級の魔物との戦闘を避けるべくそう提言した。
「それが無難だろうな。となると――『クロコ遺跡』経由になるな」
「マサキ、食料は旅程が1日分延びても持つかしら?」
僕に聞きたかったのはこのことか。
「霜降りラビットもまだ残っていますし、節約すれば大丈夫でしょう」
「そう! よかったわ。なら――」
「でも旅程を延ばす気はないですよ? 計画通りの日数で目的地に到着する方法があります」
クレアという子が人質になっているんだ。悠長にはしていられない。
「ほう。この大所帯の進行で旅程を延ばさずに迂回できると?」
レベッカさんの疑問はもっともだ。
2日かかる距離を1日に縮めるには単純に2倍の速度で移動しなければならない。
人の足では無理だろう。
「できます。僕が飛行型の使い魔を召喚しますので、それに騎乗して飛行すればあっという間です。ただ、30人を乗せるだけの数を召喚するとなると、運べるのは『クロコ遺跡』までですね」
「……まさか飛んで行こうって言う気?」
「そのまさかですけど?」
「だめよっ! 落ちたらどうするの!」
オリヴィアさんの言うことも分かるが、地上でモンスターと遭遇するよりはリスクが低いと思う。
それに、たとえ使い魔から振り落とされたとしても、やりようによってはいくらでもバックアップできる。心配なら命綱を巻いておいてもいい。
「大丈夫ですよ。落ちないように細心の注意を払いますし、高度を下げて飛行することもできますから」
「ダメよ! 却下!」
「な……なぜ?」
1日でも早く目的地に到着しなければならないのではないのか。
頑なに僕の提案を拒む理由が分からずにいると、なぜかニーナさんが得意顔で答えた。
「団長は高いところがダメなの」
「なっ!? な、なんでニーナがそれを!?」
誰にも教えていない秘密を暴露されたオリヴィアさんは、驚きと羞恥で顔を赤らめていた。
「団長のことなら何でも知っています。お風呂に入ったらまずどこから体を洗うのかとか、どこにいくつほくろがあるのかとか――」
こわっ……。
「と、とにかくだめよ! 」
「えぇー! クレクレ早く助けに行かなきゃじゃん!」
「私も騎乗とやらに興味があるし、マサキの案に賛成だな」
「ぐっ……。なら決を採りましょ。今まで通り『フリージア』の決まりに則って、過半数の賛成が無ければマサキの案は通さないわ。言っておくけど、一時入団中のマサキに参加権は無いわよ?」
つまり4人いる幹部のうち、3人以上の賛成が無ければ可決されないということか。オリヴィアさんが反対に回っているとなると――
「賛成の人は挙手して」
レベッカさんとグレースが挙手をした。
オリヴィアさんに身も心も捧げているニーナさんが賛成に回るとは考えにくい。それを知ってか知らずか、結果を確認して勝ち誇っているオリヴィアさんが満足げに語りだした。
「ふふん♪ 賛成2に反対2ね。規定に則りマサキの案は却下よ。だいたい、危険を回避するために迂回するのに、なんで危険を冒さなきゃいけないのよ」
冒険者とは、危険を冒して成果をあげようとする者のことであるはずだが……。
地上にも上空にもリスクがある以上、どちらがより安全であるかにフォーカスすべきだ。高いところが苦手なオリヴィアさんにとっては上空の方が危険が高いと感じているようだが、今はそんな個人的な見解を聞いている場合じゃない。
「まだ結論を出すのは早いですよ。ちょっといいですか?」
僕は席を立ち、反対に回っているニーナさんの方へ歩んでいく。その行動は、誰が見てもニーナさんを寝返らせようとしているように見える。
「なんですか? ウジ虫がなんと言おうと私の決意は固いですよ。団長は私の正義なのです。たとえ天地がひっくり返ろうとも――」
「ゴニョゴニョ」
「――っ!!」
僕がしたのは、ニーナさんの耳元で一言呟くだけだ。
だが、効果は抜群だった。
今まさに天地がひっくり返る以上のことがニーナさんの頭の中で起こったのだ。
ビシッと高く挙げられた手は、誰でもないニーナさんのものだった。
「なっ!? ニ、ニーナ!? どうして……」
オリヴィアさんは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
「団長、ごめんなさい。でも私たちは一刻も早くクレアを救出しなければないと思います」
煩悩に塗れたニーナさんの発言には全く説得力が無かった。
「ニーナに何を吹き込んだんだ? なんか知らんが、花が芽吹いたように生き生きしだしたぞ」
「だねっ! まさかオリちゃんを裏切るなんて思わなかった!」
レベッカさんとグレースが小声で僕に問いかけてきたので、どこかの策士と同じように悪い顔をして答えてやった。
「さぁ? どうしたんでしょうね。僕はただ『使い魔は二人乗りです』と言っただけです」
――――
名前:マサキ
性別:男
ジョブ:剣豪、治癒師
HP:100/100
MP:25/130
STR(力):30
INT(知力):5
DEF(防御):30
AGL(敏捷):60
DEX(器用):5
MPを105消化し、『召喚』で天馬を15頭出した。なぜ1頭あたりMPを7も使用したのかといえば、長距離を飛行させるための魔力を使い魔に与える必要があるからだ。
召喚だけならもっとMPの消費を抑えられるが、使い魔は魔力が尽きると消滅してしまう。飛行中に突然消滅なんてされたら、団員の危険はもとより、オリヴィアさんの報復による僕の身が危険に晒される。
だから消滅しないように十分魔力を与えて『召喚』し、団員を2人ペアで騎乗させた。編隊飛行となるが、上空で隊列もなにも無いため、ペアは割と適当だ。
とはいえ、有事の際にすぐ連携がとれるよう僕と幹部4人は固めて組んでいる。中央に僕とオリヴィアさん、左側にグレースとニーナさん、右側にレベッカさんとクロエである。
「これはすごい!! 景色が一望できるぞ!」
「……絶景」
「オリちゃんずっるーい! ウチもマー君と一緒に乗りたかったのにぃ!」
「……」
怖くて左を見ることができない。
グレースが怖いのではない。無言の圧をかけてくるニーナさんがとても、とても怖いのだ。話が違うとばかりにこちらを睨んでいるのが分かる。いわゆる殺気というやつが伝わってくる。
ペアを決める時にかなり揉めた。とある2人が怒涛の勢いで僕とオリヴィアさんにペアの申し込みをしてきたのだ。しかし、オリヴィアさんがあっさりと2人と希望を却下し、僕とペアリングをしてしまった。そして最後までごねていた2人がペアとなってしまう。とある2人とは言わずもがなグレースとニーナさんである。
僕――オリヴィアさん
× ×
↑ ↑
グレース――ニーナさん
オリヴィアさんと僕がペアになったのにはちゃんと訳がある。召喚した15頭の天馬は、僕しか指示を出すことができないため、迅速な対応を行えるようにするには必然的に僕とオリヴィアさんが組むしかなかったのだ。
決して下心があったわけではない。
高所で怖がっているオリヴィアさんがこれでもかというくらいしがみ付いてくるため、背中がとても幸せなのだが、決して下心があったわけではない。
「なんかマー君とオリちゃんがくっついているのを見ていたらイライラしてきた……」
「しょうがないだろ? このペアが一番効率――ヒッ!?」
反射的に左を向いてしまったのが運の尽きだった。
やっとこっちを向いたな?と血走った目を向けてくるニーナさんは、どうやったら視線で人を殺せるのかを僕に試していた。
「ニ、ニーナさん? ほ、ほら! あんなところに綺麗な湖がありますよ?」
「……深さは? 人を沈められる?」
「……」
物騒なことを言い出すニーナさんに対し、僕は無言で前を向くしかできなかった。早く『クロコ遺跡』に着いて欲しいと切に願いながら。




