26話「輪の中へ」
――翌朝――
フローラルな香りで目が覚めた。僕は今、グレースの抱き枕になっている。
場所はいつも寝ている一人用の狭いテントではない。10人は軽く入ろうかという広さだ。
あたりを見まわすと、見慣れない『フリージア』のメンバーが寝息を立てていた。
「このテントは前衛部隊の……」
過去の事件のことを考えたら、僕がここで一晩寝ることができたのは奇跡に近い。よほどのことが無い限りは男の僕を同じテント内に寝かせないだろう。きっとグレースが前衛部隊のメンバーを説得したに違いない。
僕は寝ているグレースの髪を撫でる。あどけないグレースの寝顔は、一流冒険者のものではなく、いたいけな少女のものであった。
「この子の明日を守りたい。なんつって……」
グレースの寝顔があまりに可愛かったので、思ったことがつい口に出てしまった。自分で言っておきながら臭すぎるセリフに悶絶しそうになる。
誰も聞いていないだろうな?
よもや寝たふりをしている不届き者はおるまいと思いつつも、僕はあたりを確認する――
「……」
無言でテントの入口に立ちつくしている人がいた。死んだ魚のような目を向けているその人は、防具姿で冒険者然としたオリヴィアさんだった。
あまりにあんまりなセリフを吐いていた僕は、慌てて言い訳をする。
「ち、ちがっ! こ、これは男が一度は言ってみたいセリフで――あっ! 待ってください! 無言で立ち去らないで下さい! オリヴィアさん!!」
――――
「マサキがロマンチストだとは知らなかったわ」
「うっ……」
僕は今、前衛部隊のテント前にいる。『フリージア』の幹部たちが緊急招集されたのだ。
「えへへっ。ウチの明日はマー君に守ってもらうのだ」
「くっくくく……」
「明日が来なければいいと思ったのは初めてです」
グレースとニーナさんはいつも通りとして、笑いを堪えるのに必死なレベッカさんに無性に腹が立つ。
「そ、そんなことを広めるためにわざわざ皆さんを招集したんですか!? 僕の臭いセリフを広めるために?」
「そんなわけないじゃない。ちょっと困ったことになっているから皆を呼んだのよ」
困ったこと?
ここまでの旅は順調なはずだ。明日にでも敵のアジトに乗り込んで、囚われ貴族のお嬢様を救出する。
「ふぅー。朝から笑わせるなマサキ。真面目な話が台無しになるだろ」
「……」
何も言えん。
「で? どうした? 何か支障が出たのか?」
急に真面目な顔つきに変わった幹部たち。さすが団員を率いているだけはある。
「というか僕ここに居ていいんですか? 幹部の方たちの会議ですよね?」
「別にいいわ。あなたにも確認したいことがあるし」
僕に確認したいこと……戦力的な話だろうか?僕の能力は未知数だと思われているから、明日の突撃の前に僕がどれほど使えるのか確認したいというのなら頷ける。
「この先の進路に、かなり高い魔力反応を感知したの。感知した子によると……S級ランクの魔物が待ち構えている可能性があるわ……」
「S級だと!? そんなもんと戦っていたら目的地に辿り着けんぞ! 万が一辿り着けても、まともに戦える余力が残されているとは思えん」
S級とはなんぞ?とグレースに尋ねたところ、冒険者ランクSに匹敵する魔物で、ランクAを筆頭にしている『フリージア』では総力戦になると教えてもらった。
「S級がこのあたりに出没するとは珍しいですね。魔物の目星はついているのですか?」
「恐らく冒険者ギルドから通告されている危険種の魔物でしょうね。ただ、魔物の特定までは至っていないわ」
「そんな……。それじゃあ、クレクレ助けに行けないじゃん!」
クレクレ?
「あの。クレクレとは?」
「あっ……」
グレースがしまったとばかりに、ばつの悪そうな顔をした。
グレースの顔を見た僕が答えに辿り着くのは容易だった。
僕たちは、今まさに人を助けるために行動している。
そして、グレースは仲間にあだ名を付ける癖がある――
「今から救出に行く貴族のお嬢様は、『フリージア』の団員なんですね?」
「「「「……」」」」
一同に沈黙してしまった。
「そう言えば僕がギルドの募集で見た時も欠員が出たとか書いていました。その子は今どこにいるんですか?」
僕の詰問に言い淀んでいることが何よりの答えだった。
「オリヴィア。マサキなら話しても問題ないんじゃないか? 過去の因縁もないこいつなら」
「……そうね。全て話すわ。聞いてちょうだい」
僕は『フリージア』に所属していたクレアという子が数日前に誘拐されたと知った。そして、治癒師であった彼女の代員として僕がここにいることも。
クレアは間もなく成人を迎え、好きでもない貴族に娶られてしまうらしい。それが本人の望まぬ未来であることは言うまでもない。
そして、最も衝撃的な事実がオリヴィアさんから告げられる。
「犯人は過去の事件で私たちに断罪された男たちが関わっているわ」
「なっ!?」
あの事件で散々懲らしめられた男たちが、こりもせず復讐するとは思いもよらなかった。
「このことは団員の子たちに絶対に言わないで。団員の子たちはこの事実を知らないわ。クレアが誘拐されたことも知らない」
「そ、そんな馬鹿な! 仲間の行方が分からなくなれば、当然皆心配するでしょう!?」
団員全員が知っているものとばかり思っていたが、そうではなかったらしい。
もっともな疑問だと思ったのか、レベッカさんが諭すように僕に言ってきた。
「マサキ。私たちはな? お前が思っている以上に心に傷を負っているんだ。とくに当時の被害者であった若い連中には、男を恐怖の対象としている者もいる」
レベッカさんがチラッとオリヴィアさんと見ると言葉を続ける。
「だから、男どもが私たちをまだ狙っていると団員に知られるわけにはいかない。知られればパニックになる。傷を広げ、立ち直れなくなるかもしれない。団員には、クレアが少しの間私情で休んでいると伝えてある。無論、このクエストはギルドから受注した正規のものだと認識させてな。私たちはクレアを必ず救出する。故に団員に誤認を与えても差支えないと思っているし、むしろ知らせないことが最善だと考えている」
話を聞いてみれば、レベッカさんの指摘はもっともなものだった。
例えば、現代日本で若い女性がストーカー被害にあったとする。被害にあった女性は、犯人が警察に捕まれば心から安心するし、平穏な日々が戻って来るだろう。傷ついた心は時間をかけて癒せばいい。しかし、犯人が野放しになっていると知ったらどうだろうか。しかも自分の身を虎視眈々と狙っているとしたら。とてもじゃないが、安心して眠ることはできないだろう。
知っておいて損は無いというが、今回のケースにおいては知らない方がベターだ。無用な混乱や恐怖を与えずに済む。しっかり団員全員の安全を確保し、問題の男たちの始末とクレア救出が可能であるという条件付きではあるが。
「分かりました。しかし、このままクエストを継続すれば、いずれ団員も問題の男たちと相対しますよ? その時になって戦えとでも言うのですか?」
「いいえ。団員は置いて行くわ。これは私たち幹部がきちんと後処理ができていなかったせいだもの。けじめも私たちがつける。幹部4人で乗り込み、クレアを救出するわ」
「で、できるんですか? そんなこと。だいたい、置いていくなら、なんでクエストに連れてきたんですか?」
「私たち4人は全員冒険者ランクAよ? 盗賊風情の男どもが何人いようが負ける気はしない。団員を連れて来た理由だってあるわ。誘拐される危険性のある団員を散り散りにできないし、長期間私たちのいない街に置いていけない。それから――」
「マー君がいるからだよ」
オリヴィアさんの言葉を紡ぐように、グレースが慈愛に満ちた顔でそう言った。
「僕?」
「そだよ。男であるマー君が信頼に足ると思ったから、ウチらは賭けたんだよ。皆の男嫌いを少しでも解消してくれればいいと思ってね。ウチらは極端に男と距離を置きすぎて、というか噂のせいで近寄っても来ないんだけど、男に恐怖を持ったまま今に行きついちゃったの」
「……」
「予想通りマー君はウチらのことを想って色々と考えてくれた。おかげで皆がマー君みたいな男もいるんだって気づき始めたの。昨日の晩だって、マー君が皆と同じテントで寝るのをそこまで嫌がらなかったんだよ?」
「……」
「ウチらにとってマー君は、まさに救世主だった。誤算だったのは、ウチがマー君を好きになりすぎちゃったことかな……」
最後は照れながら僕に言ってくれたグレースに、心があたたかく満たされていくのを感じた。
「もう! グレース。いつもあなたいいとこだけ持っていくわよね」
「ふんっ。ま、マサキの『唐揚げ』は絶品だからな。相手の心を掴むのに胃袋をおさえるのは効果的らしい。私も少しはお前を認めているぞ」
「……底辺でないことは認めます」
色々と突っ込みどころ満載だが、今は満足感でいっぱいだ。
「ありがとうございます。僕も『フリージア』に入れてよかったです」
セリフが淀みなく口から発せられた。
「やっぱりマサキは、ロマンチストね。よくもまぁそんなに臭いセリフが言えたわね」
フフッと笑いながらオリヴィアさんが僕に言ってきた。
「なんとでも言って下さい、ちなみに今のセリフは臭くないと自負しています」
僕がそう宣言すると、オリヴィアさんが仕切り直しの一声をかけた。
「じゃあ、この先の進路が障害になっている件について話し合うわよ!」
「おー!」
「団長の笑顔にキュンときました!」
「当たり前だ」
「分かりました!」
僕は初めて『フリージア』の輪の中に入れた気がした。




