25話「昇天返し」
「起きろグレース、こんなところで寝ていると風邪ひくぞ」
反応なし。
「起きないと、エ、エロいことするぞ?」
勇気を出して呼びかけるも反応なし。既に屍のようだ。
【昇天】で絶頂を迎えて以降、グレースは気持ちよさそうに気絶している。
ちなみにエロいことはしない。既にエロい恰好になっていて手の施しようがないのだ。
バスタオルがはだけ、無防備にさらけ出された肢体は、かろうじて大事な部分が隠れているような有様だ。
その肢体を例えるならば、未成熟な果実。まだ熟しておらず酸味が強い。しかし、きっと今しかない味を持った果実。
そんな背徳感溢れる肢体に目を奪われることしばらく。
ひとたび寝返りをうてば、さらにあられもない姿をさらしてしまうと気づいた僕は、可及的速やかに行動を起こした。
体が冷えるといけないので、【暖房】でグレースの周辺を暖め、持参したバスタオルでグレースの体を覆った。僕が持参した大き目のバスタオルは、小さいグレースと相まって、頭から足の爪先まですっぽりと覆うことができた。
「まるで遺体だな……」
白いバスタオルを覆われたグレースに冥福を祈り、僕はお風呂に戻った。視界から危険因子を排除し、やっと人心地の付いた僕は、ふと体に倦怠感があることに気づいた。
「なんか体が怠いような……。心労がたたったのか?」
咄嗟にステータスを確認して驚愕した。
スキルポイント:0
HP:100/100
MP:15/130
STR(力):30
INT(知力):5
DEF(防御):30
AGL(敏捷):60
DEX(器用):5
げっ……。いつの間にか残りMPが15になっている……。【昇天】どんだけ魔力食うんだよ!MPを50近くも消費するとか燃費悪すぎだろ。
「完全にネタスキルじゃん……。寝る前限定の」
――数分後――
もぞもぞと白い物体が動き出した。バスタオルで埋葬しておいたグレースが目を覚ましたのだろう。
「ん~?……あれ? ここどこ?」
「おはよう、グレース。ここは男湯だよ」
言外に『早く出てってね』という意味も込めたつもりだったが、グレースはまるで気にした様子もなく自分の身が置かれた状況を察した。
「思い出したっ! マー君と『背中流しっこ』しに来たんだった。間接チューの次を狙っていたのに。逆にヤられちゃった……」
妙にツヤツヤした顔でそう言って起き上がるグレース。
「背中を流しに来てくれたのは嬉しいけど、間に合っているよ。それに僕がグレースの背中を流すのはちょっと難易度が高い」
「ウチの背中を流すのは難しいの? せっかく『前も洗って』っておねだりする予定だったのに」
危なかった……。
そんなことされたら正気を保てる自信がない。
「どうでもいいけど、前はだけているから隠して。あと、ここ男湯だから出てって」
「体冷えちゃったから、ちょっとお湯に浸かってから出る」
嘘つけ!
グレースの周辺は【暖房】のおかげで暖かいはずだ!
「おっじゃましまーす!」
何のためらいもなく、グレースはバスタオルを巻いたまま風呂に入って来た。
バスタオルを巻いたまま入るのはマナー違反だとは口が裂けても言えない。
「いやいや! 女湯はあっちだから! 冷えたんなら、さっさとあっちへ行けばいいだろ?」
「あ~いい湯だね~」
「聞けよ!」
元々広くないお風呂に加え、ことさら僕に近づいてくるグレース。そのせいで僕はお風呂の隅っこまで追いやられている。
「ところで、さっきのって魔法? あんなの初めてだった!」
「あー。さっきのは魔法だけど、意図せず発動しちゃったんだ。魔法のテストをしていてね。グレースに使うつもりは無かった。ほんとごめん」
自分に使うつもりだったんだって言ったら引かれるだろうから、適当に誤魔化す。ついでに魔法をかけてしまったグレースに謝っておいた。
「い、いいよいいよ。テストならしょうがないよ! むしろ気持ちよかったくらいだし……」
そりゃあ気持ちよさそうに気絶していたしね。そんなグレースの肢体を見てしまった僕は、完全に生殺しを食らっているわけだけど。
「マ、マ、マ、マ――」
顔を真っ赤にしたグレースが突然壊れたラジオのような声を出し始めた。
どうした?
発生練習か?
「マ、マー君。そ、それ? もしかして――」
グレースが指さしたのは、下腹部にある僕の息子だった。
とても元気な自慢の息子だった。
「……」
「……」
グレースと同じくらい顔を赤くした僕は、内股になって手で下腹部を隠した。
「こ、これは! 男の生理現象だ! き、気にするな!」
「もしかして、ウ、ウチの体に興奮したの?」
「~~っ」
穴があったら入りたい。
卑猥な意味じゃなくて。
「そんなわけないか……。ウチの胸ちっちゃいし、幼児体系だもん……。男の人に『はずれ』って言われたこともあるし……」
泣きそうなくらいしょんぼりしているグレースを見て、僕は元気づけたい衝動にかられた。
『はずれ』って言われたことがトラウマになっているのか?そのせいでコンプレックスを感じてしまっているとしたら、僕はグレースを『はずれ』呼ばわりした奴を許さん。
「何を勘違いしているのか知らないけど、グレースは可愛いし、決して『はずれ』じゃないよ。恥ずかしい話だけど、僕が反応しちゃったのだってグレースを女の子として意識しているからだからね」
「え?」
「だから、そんなつらそうな顔していないで、いつもみたいに元気なグレースに戻ってよ。僕は元気なグレースが好きだ」
「――っ!!」
グレースは狼狽し顔を真っ赤にして言葉に詰まらせている。
僕はそんなグレースに畳みかけるように言い募った。
「過去にどんなトラウマがあったとしても僕が上書きしてやる。心無い罵倒が霞んでしまうくらい褒め殺しにしてやる。どこを褒めればいい? グレースのいいところならいくらでも知っているぞ? リスのようにキュートなところか? 天真爛漫に明るいところか? 抱きしめたくなるようなその愛らしさ――」
グレースがギュッと力強く抱きついてきた。
いつの間にか流れていた涙は嗚咽に変わっており、小さな体を震わせている。
「よし、よし。無理しなくていいんだぞ。つらい時は泣けばいいんだ」
忌まわしき事件を経験した上、どこの馬の骨とも分からない男に『はずれ』と言われて傷つかない女の子がいるだろうか。それでも周りに心配をかけまいと、気を張って無理してきたに違いない。しかし、まだ10代の女の子だ。誰かに甘えたくなったって仕方のないことだと思う。
僕は幼子をあやすようにグレースの頭を撫でてやると、堰を切ったようにわんわん泣き出した。グレースが僕を抱きしめる力も強まっていく。
「……」
話は変わるが、グレースはとても力持ちの女の子だ。
伊達に『フリージア』の幹部を名乗っていない。
そんな子が、あらん限りの力を振り絞って抱きしめてきたらどうなるだろうか。
裸同士で抱き合っているからといって、女の子特有の柔らかさや、体にあたる突起物の感触を楽しむ余裕はない。
ミシミシと立ててはいけない音を立てて締め上げてくる。
「よ、よーし。ぐっ……グレース? そろそろ……」
「もっと……。もっとウチを褒めて。耳元で囁いて」
囁いてやるのは吝かではないんだが、それをして締め上げが強くなったのではたまったものではない。MPも残りわずかだ。治癒魔法がどれほど使えるか分からない。
「……」
「やっぱり、ウチって女の子として魅力無いかな……」
ぐっ……こうなったら一か八か。囁きまくって満足してもらうしかない。解放してくれることを信じて。
「ぐ、グレースは……食いしん坊の甘えん坊で……でもそこが可愛くて……」
呼吸困難に陥りながらもグレースの耳元で囁いた。
なお、締め付けは強まる一方である。
「まわりの子と……わけ隔てなく……誰とでも仲良くなれる……心の持ち主で……ぐふっ」
「……続けて」
続けて?
肋骨が悲鳴をあげているのに続けるの?
「誰よりも……負けず嫌いだけ……ど……一生懸命で……ひたむきで……」
「……」
「そ……傍にいる人を……み……んな笑顔にしてくれる……愛嬌のある……笑顔がすご……く」
「……」
「か……可愛い」
「~~っ」
あ。
目の前が白くなっていく。
お迎えがやってきた。どうやら僕はここまでのようだ。
僕の目には耳まで赤くしているグレースの姿が映っている。そんな子の胸に抱かれて死ねるなら本望だ。
まさか【昇天】を使った僕が天に昇ることになるは思わなかったよ。
唯一の心残りは、意識が遠のいた先刻あたりから女湯の管理が出来ていないことだ。最高のお風呂を最後まで提供出来なかったのは非常に悔しい。
出来ることなら、グレースの使用済バスタオルでぐるぐる巻きにされて弔われたい。
名前:マサキ
性別:男
ジョブ:剣豪、治癒師
状態:呼吸困難、気絶
HP:95/100
MP:15/130
STR(力):30
INT(知力):5
DEF(防御):30
AGL(敏捷):60
DEX(器用):5