19話「芽生えた恋心」
僕は3人が着替え終わる頃まで待ってから湯船を出た。
もぬけの殻になっている脱衣所で一人着替えると、中に誰も残っていないか確認して召喚を解除する。
ズズズズッと音を立てながら沈むように崩れていく大浴場。風呂場の水は消えないから、あたりが沼のようになっているけど大丈夫だろうか。
最も、今一番心配しなければならないのはわが身であるが。
腕を組み、鬼の形相で僕を睨んでいるのは、言うまでもなくオリヴィアさんとニーナさんだ。グレースさんは未だ顔を赤くして、しおらしくしている。
そんなにショックを受けられると、こちらとしても申し訳がない気持ちになる。
「マサキ! 話を聞かせてもらうわよ! まずはこの大浴場のことを話しなさい! それからなぜ不埒な真似をしたのかもね!」
「団長とおっしゃる通りです。男性としての機能は諦めて下さい。事と次第によっては命も諦めて下さい」
「うぅ~~」
ニーナさんとグレースさんを説得するのは難しそうだから、とりあえずオリヴィアさんの問いに理路整然と答えていこう。なぜか不埒者にされているし。
何より悲しいのはグレースさんが目を合わせてくれないことだ。あれだけ人懐っこい猫のような性格だったのに、今は怯え切った兎のようだ。
まずは誤解を解くぞ!
「えーっと。大浴場は召喚魔法で召喚しました。僕の召喚魔法は、無生物であっても呼び出せるんです」
「「……」」
「うぅ~~」
レベッカさんから話を聞いているだろうし、ここまでは納得してくれるだろう。問題はもう一方の事案だ。
「不埒な行為と言われている件ですが、まるで心当たりがありません。僕は後衛部隊のメンバーが全員出たのを確認し、一人で入浴していただけです」
「嘘よ! レベッカから聞いたわよ! マサキが『お風呂の準備ができたんだけど、入らない?』って言ってたって」
「私たちは、まさかお風呂に淫獣が待機しているとは思わず、まんまと罠にかかりました」
「うぅ~~」
確かに『お風呂の準備ができたんだけど、入らない?』って言ったけど、後衛部隊のメンバーに対して確認したわけで、オリヴィアさんたちに言ったセリフじゃない……。
あと、さっきからグレースさん『うぅ~~うぅ~~』うるさい。
「僕が事の顛末の説明したのではご理解頂けないでしょうから、レベッカさん呼んで来てもいいですか?」
僕はレベッカさんを呼び出し、自供させることにした。
――
「ああ。確かに私はオリヴィアの前で言ったな。マサキがそう言っていたと。嘘じゃないぞ? マサキは確かにそう言っていたからな。だが、お前たちに言っていたとは一言も言ってないぞ」
僕が連行してきたレベッカさんは、なんの悪びれもなくゲロった。間違いなく確信犯だ。
「「なっ!?」」
「うぅ~~」
オリヴィアさんとニーナさんは、そんな悪意に満ち満ちたレベッカさんの自供に愕然としている。間違いなく僕たちをはめる意図があったのだろうが、言っていることは確かに黒とも白ともとれないグレーな感じだった。
いや完全に黒だけどね……。
何の脈略も無く言えば、誤解を与えかねないことくらいレベッカさんには分かるはずだ。それにも関わらず、あえて僕がお風呂に入るタイミングに合わせてオリヴィアさんたちに発言している。もう真っ黒を通り越して、どす黒いね。何の意図があっての発言かと問いただせば、罠にはめるための発言であったとしか答えようがないはずだ。
「レベッカさん、動機はなんですか?」
僕は完全に推理小説の探偵である。ワトソン君を呼べ。ワトソン君を。
「そうだな。まずは、マサキが私の思い通りにならず、痛い目に合わせてやろうと思ったことだな」
犯人はむしゃくしゃしていたからやったと供述。とても目の前に被害者がいるとは思えない堂々たるものです。
「もう一つは、マサキをうちのギルドから出られなくするための布石だな」
犯人は……ん?
どういうことだ?
なぜ僕を痛い目に合わせることがギルドから出れなくするための布石になるんだ?危うくこの世から出ていくところだったぞ。
そんな僕の疑問を知ってか知らずか、レベッカさんはチラッとオリヴィアさんたち3人の様子を見て、『なるほどなるほど』と頷いていた。
何一人で納得してやがる……。
当のオリヴィアさんたちはといえば、行き場の失った怒りの矛先をどうしたら良いものかと困惑していた。
すると、レベッカさんがそんなオリヴィアさんたちの様子を見かねたのか、新たな話題を提供してきた。
「で? マサキはこの3人の襲撃に耐えきったと?」
「そ、そうよ! 信じられないわ! 私たちは3人とも冒険者ランクAよ!? なんで生きているのよ!!」
「私の渾身の【氷槍】が霧散しました。にわかには信じられません」
「うぅ~~」
もう誰かグレースさんをベースキャンプに連れて帰ってあげて!さっきからまともに会話できてないよ!
「ほぅ。それは興味深いな。ニーナの魔法が霧散しただと? どういった原理なのか是非とも知りたいな」
にやけた顔でレベッカさんが僕を見てきた。
くっ……。
知将レベッカめ。僕を追い込むだけ追い込んだ挙句、能力まで丸裸にするつもりか。文字通りさっきまで丸裸だったわけだけど。
「さ、さぁ? 何のことでしょうね。偶然じゃないですか? 皆さんパニック状態でしたし、魔法が不発に終わることなんてよくあることでは?」
すっ呆けてみた。
「私とニーナが魔法の行使を失敗したとでも言いたいの? そんなの有り得ないわ。舐めないでもらいたいわね」
「団長が私をフォローして下さるなんて……。お股がムズムズします」
「あなたが掌をこっちに向けて、何か呟いていたのはしっかり見ていたんですから!」
ちっ。ダメか。正解を言うのも癪だし、ここは一つ適当なこと言って誤魔化そう。
「実はあれ幻覚の類でしてね? あたかも魔法が不発に終わったかのように思わせるという――」
「「「嘘よ(です)(つけ)!」」」
なぜだ……。誰か嘘を見抜く能力でも持っているのか?
それにしては3人の答えが同時だったようだが……。
「な、なぜ嘘だと言えるんです? 本当かもしれないじゃないですか」
「残念ね、マサキ。私の特殊能力は【状態異常無効化】なの。幻覚や幻惑の類は効かないわ」
「ぐっ……」
「さあ、吐きなさい。私の、は、裸を見たのでしょう?」
オリヴィアさんは自分の体を交換材料に使うのが恥ずかしいのか、照れて赤くなる。湯けむりで見えていませんでしたと言い訳もできるが、それもまた嘘になる。
観念した僕は【魔法阻害】のことを白状した。
「「「……」」」
正直に白状したところ、3人とも微動だにしなくなった。ちなみにグレースさんはもはや稼働していない。まぁ、レアスキルだろうし、びっくりするのも無理ないのかもしれない。なんたって神様から直々にもらったものだし。
「そういうわけなんで、お三方の攻撃を凌ぐことができました。以上です」
「お、お、お、おい、マサキっ! お前のその魔法を阻害する能力だが、私たち以外に話したりしてないだろうな?」
なんだ藪から棒 に。友達もいないぼっちに話せる相手なんているわけないだろう。
「話したことないですよ。本当は親しくなったギルメンと能力の情報を交換し合う予定だったんですから。筋書としてはこうです――僕は加入したギルドで仲間と共に街を襲っていたドラゴンを打ち破り、なんとか街に生還すると、住民から拍手喝采の歓待を受けて、一躍有名ギルドの仲間入りに。そして酒場で仲間と飲む祝い酒はそれはもう旨く、その酒の肴に――」
「そういう妄想はいい! 誰にも話してないな?」
ガシッと僕の肩を掴んだレベッカさんが再三にわたり確認してくる。ちょっと鬼気迫る感じだ。
「は、はい。一切話していないです。ここで喋ったのが本当に初めてです」
『そうか』と言って僕の肩から手をどけたレベッカさんが、以降の説明は任せたとばかりにオリヴィアさんに目配せした。
「いい? マサキ。これは団長命令よ。あなたのその能力を今日以降公の場で使用することを禁じます。もちろん、能力のことを喋ることも禁止よ」
「え? なぜです?」
僕は意味が分からずその理由を問うと、今度はニーナさんが言ってきた。
「分からないですか? あなたのその能力、下手をすれば国家級の兵器に成り得ます。戦における主戦力は魔法です。いかに攻撃魔法で敵国兵を削ぎ落とすかが戦の命運を握っていると言っても過言ではありません。それがどうです? マサキのその能力があれば戦が戦で無くなります。一方的な蹂躙になるでしょう」
まさかそこまで魔法に依存している世界だとは知らず、僕は背筋が冷たくなるのを感じた。
「マサキ。団長として、団員に能力を使うなと言うのは非常に酷な話なのだけれど、これはあなたのためでもあるのよ? もしその能力が公になれば、あなたは国から軍事的に利用されるか、危険視されて暗殺されるかのどちらかだわ」
「……」
「私たちはあなたの能力について他言しないことを約束する。だからあなたもその能力を封印することを約束してちょうだい」
オリヴィアさんが真剣な顔でそう僕に言ってきた。
あれだけ男嫌いであったオリヴィアさんたちが、男の僕の身をここまで案じてくれている。そのことがとても嬉しくて、目頭が熱くなった。
「はい。約束します。この能力は己の身を亡ぼす禁忌として心得ました」
「そう。ならいいわ。今日はもう遅いから寝ましょう。明日はちゃんとお風呂に入らせてもらうわよ? もちろんあなた抜きで」
僕はようやく笑みを浮かべたオリヴィアさんに快く返事をした。
「もちろんです! 任せて下さい、明日はさらに凄い大浴場を出しますから」
「おいっ! さらに凄いとは何だ!? 頼むから余計なことはするな!!」
「団長! 明日こそおみ足に頬擦りをさせて下さい!」
場が急に騒がしくなったが、こういうの悪くないな。
僕はうずくまったまま稼働していないグレースさんに近寄って言った。
「グレースさんも戻りましょう? さっきから調子悪そうなので送って行きますよ」
そう言って僕がグレースさんの肩に手を置いた瞬間――
ビクンッ!!
グレースさんが飛び跳ねるように肩を震わせ、立ち上がった。こっちまでびびるわ……。
「――っ!? にゃ、にゃにをするっ!?」
「え? いや調子が悪そうなので送って行こうかと」
「ひっ、必要にゃいっ!! にゃめんなちくしょおー!」
脱兎のごとく前衛部隊がいるベースキャンプへ走って行くグレースさん。
苦笑いしているレベッカさん以外の面々は、頭にクエスチョンマークを浮かべてその背中を眺めていたが、時刻は既に夜更けだ。程なくして各自持ち場の陣営へと戻って行く。
――
同じ陣営のレベッカさんとベースキャンプへ戻っていると、レベッカさんが突然よく分からないことを言ってきた。
「女ってのはな? どこまで行っても女なんだ。たとえ一流の冒険者になろうともな。むしろ強くなれば強くなるほど自分より強い異性に惹かれてしまうものだ」




