18話「お風呂・後編」
――大浴場にて――
高揚した気分を抑えきれず、女性陣7名は脱衣所で服を脱ぐと、足早に風呂場へと向かった。
「なによこれ……こんなお風呂見たことないわ」
ルイーズは大理石の床を生まれたままの姿でペタペタ歩き、壁に施された精緻な彫刻や広々として浴槽に驚きを露わにしている。
「おい、ルイーズ。マサキに止められていたお前がなんで一番早いんだよ」
「お姉様! ご覧ください! こんなお風呂、貴族でも滅多に入れませんよ?」
お風呂に入れないかもしれないという絶望的な状況から起死回生を果たしたお風呂マイスターことルイーズは、恥じらいもなく手を広げてレベッカにそう言った。
「まぁ、確かにこの風呂は王宮クラスだろう。見ろこの大理石でできた昇り龍の彫刻を。鱗の細部まで彫り込まれているぞ」
ぞろぞろと女性陣が風呂場に入ってくると、皆その威容にはしゃぎ出す。
「……すごい。おっきい」
「キャー! なにこれ! 床も壁も真っ白じゃない! 大理石? 大理石なのね!?」
「露天風呂よ? こんな立派なお風呂に入れる冒険者なんて私たちくらいなものよ! キャー!!」
このままでは埒が明かないということで、早速体を洗うべく洗い場へと移動していく女性陣。
そこには一切曇りのない大きな鏡と風呂いすが置いてあり、鏡の前の台座には『石鹸』が置いてあった。
「な、なんだこれは!? めちゃくちゃ泡立つじゃないか!! しかも香りがいい!!」
「お姉様! 不肖わたくしめが、お姉様のお背中をお流し致します! この香り立つ『石鹸』でお姉様を泡あわにして差し上げますわ!」
「そういうのはニーナ1人で十分だ」
ルイーズが指をくねくねさせて近づくが、レベッカに軽くあしらわれる。
ルイーズは残念そうな顔をしていたが、これで諦めるようなたまではない。次なる標的を探し出し、獲物へと近づいていく。
「クロエ? 背中洗いにくいでしょ? わたくしが洗って差し上げます!」
「……必要ない」
クロエは無表情に拒否して体を洗い始めようとしたが、ルイーズがクロエに抱きつき、それを強引に止める。
「……んっ……どこ触って……あっ……」
「クロエ見た目によらず大きいわね。これはお姉様といい勝負なんじゃないかしら? 揉むともっと大きくなるわよ?」
「……いあ……やめ……」
「すごいわ……手に収まり切れない……」
クロエが嫌がる仕草すら楽しみだしたルイーズは、鼻息荒く胸を揉みしだく。しかし、それを見かねたレベッカがルイーズに鉄槌を下した。
げんこつだ。
「いたっ! 何をするんですか、お姉様! ぶつなんて酷いですっ!」
「酷いものか! クロエが嫌がってるだろ! せっかくの風呂なんだから風呂を楽しめ!」
自称お風呂マイスターの名が廃るとでも言わんばかりに、ルイーズは得意顔をし出す。
「チッチッチ。お姉様、私がクロエをからかって楽しんでるだけとでもお思いですか?」
「思ってるが?」
「うっ……」
まさかの即答にたじろぐルイーズ。
「ま、まぁクロエのうぶな反応が楽しかったのは認めますが……。ちゃんとお風呂マイスターとしてお風呂も観察しています! 我が家の家訓は、格致日新! 物事の道理や本質を追求し、知識を深め、日々向上していくことこそ我がエーデルッヒ家の本分ですわっ!」
何を言ってるんだこの没落貴族は――とルイーズを呆れながら見つめるレベッカ。
そんなレベッカの眼差しをお構いなしに、ルイーズはびしっと鏡を指さして宣言する。
「まずこの鏡! おかしいですわ! これだけの湯けむりがたつお風呂場で全く曇らないなんてありえませんもの。きっと何か特殊な素材でできているんですわ! 新しい技術ですわ!」
鏡は壁の向こうに控えているマサキが【暖房】を使って曇り止めしている。
「そして! いたるところにある光源! これはきっと精霊の力ですわね。本来であれば真っ暗なはずのお風呂場がこれだけ明るいんですもの!」
光源は、壁の向こうの……(以下略
「どうです? お姉様! お風呂マイスターたるわたくしの眼力! 見るべきものは見ていましてよ」
腰に手をあてて威風堂々と佇むその姿は、自信に満ち溢れている。
しかし、素っ裸では何を言っても滑稽なものだとレベッカは思った。
――壁の外――
「……んっ……どこ触って……あっ……」
……。
「クロエ見た目によらず大きいわね。これはお姉様といい勝負なんじゃないかしら? 揉むともっと大きくなるわよ?」
……。
「……いあ……やめ……」
……。
「すごいわ……手に収まり切れない……」
……。
クロエの艶めかしい声が聞こえてきて、一人悶々としているマサキの姿が壁の外にあった。ルイーズがどこの部位を差して言ってるのは容易に想像がつく。
確かにクロエは、防具の上からでも大きいことがわかる……じゃなくて!
露天風呂なんだから声が筒抜けになるって分からないのか!?丸聞こえだぞ!!
なんど大声で『聞こえてるぞ! コラ! やめんか! 色情魔のお風呂マイスター!』と叫ぼうと思ったことか。
しかし、それだとまるで壁の外から耳をそばだててるようだ。加えて、僕には複数の【生活魔法】を使わなくちゃならない状況だ。そんな余裕はない。
【点火】で火力を調整し、【湧き水】で『かけ流し』の湯を補充し、【暖房】で鏡の曇り止めをし、【発光】で大浴場内を照らす。
まぁ、【発光】は1回発動すればしばらく持つからそんなに大変じゃないけども。
火力が落ちてくれば薪を補充したりもしなければならない。
かなり重労働だ。裏方の仕事がこんなに大変だとは思わなかったな。皆には悪いけど、明日からは小さめのバスタブで我慢してもらおう。
――数刻後――
ようやく満喫しきった後衛部隊の面々が大浴場から出てくると、疲労感を漂わせてる僕を労うこともなくベースキャンプへと戻っていく。
「……気持ちよかった」
唯一の救いはクロエが掛けてくれたその一言だった。その一言で報われたと思った。お風呂以外に気持ちよくなる要素はないよな?
裏方で動きまわったせいで汗だくの僕は、皆が入った残り湯に入ることにした。疲れすぎてやましい気持ちも沸かない……。
僕は【点火】と【湧き水】を最小限に稼働させ、浴槽に浸かる。
「あぁ~」
年寄りくさい声が出てしまう。緊張で収縮していた筋肉がほぐれ、その気持ち良さから思わず声が出てしまう。
「このまま満天の星空を眺めながら風呂を満喫するのもいいな。【発光】ダウン」
僕は【発光】の魔力を一時的に弱め、大浴場の明るさを落とす。そして、浅くなってる場所まで移動すると浴槽に仰向けになり、星空を眺める。
ドドドドドッとマーラインから湯が注ぎ足される音しかしない薄暗い大浴場。このまま寝てしまえるなと思いつつ、うとうとし出した時だった――
「すごいわね。本当にこれマサキが召喚したのかしら」
「レベっちはそう言ってたよー。まさか遠征中にこんな立派なお風呂に入れるとは思わなかったよー! マーくんさまさまだねっ」
「団長。是非そのすべすべお肌のおみ足に頬擦りさせて下さい。何でもしますから」
「あなた、お風呂場で何かしたら素っ裸のまま森へ放り出すわよ?」
――何事だ!?
なぜ僕が1人で入ってる時に来る!?
いや待て。そもそも大浴場の召喚は後衛部隊にしか知られていないはず……。
誰だ漏らしたのは。
『レベっちはそう言ってたよー』
やつか!!やつなのか!!
これは何の報復だ!?
清く正しく生きている僕に、後ろめたいことは何一つない。一日一善が僕の座右の銘だ。
日頃の行い?思い当たる節がない。
「とりあえず入りましょ? 他の団員の子には悪いけれどね」
「さんせー! きっと中も凄いよ! 外観がこれだけ凄いんだもん」
「団長。外から見た限りでは、この大浴場、要塞としても十分に役立つかと」
まずい……。この状況はまず過ぎる。素っ裸の姿で対面してみろ。死は免れない。
どうする?どうする?どうすればいい?
――どうしようもない。僕の命は風前の灯火だ。
悟りの境地に至った僕は、もはや全て諦めて開き直ることにした。
だって、勝手に入ってきたのはそっちじゃん!
キャー!変態!って先に言ったもん勝ちさ。来るなら来い。
「見て見てオリちゃん、ニーちゃん! ライオンみたいな白い石像から湯が出てる! それから、マー君に良く似た生首の銅像まであるよ? アハハハハ! 良くできてるぅー!」
「湯けむりであまり見えないけど、確かに湯船から顔だけ出てるわね。あの銅像は必要無かったんじゃないかしら?」
「団長。あの生首の銅像だけ切断しましょう。気分が悪いです」
どうしよう。あまりの恐怖に声が出ないよ。ほんと人間ってどういう体の構造してるんだろうな。前世でよく小学生が持ってた警報機考えたやつ天才だわ。
「ねぇ……。もしかして、あれマー君本人じゃない……?」
「「……」」
アレックスさん、僕は玉をつけて帰ることが出来ないかもしれません。
「や、やあ」
ようやく喉から出た声はかっすかっすで、何の意味もないものだった。裸で仁王立ちしている3人の殺気が増していく。
「殺す!」
グレースさんが体勢を低くし、ぶんっと姿のぶれるような俊足でこちらへ駈けて来る。
「血の盟約に従い魔の地より応えよ。わが魔力を糧とし烈火の炎で敵を穿て。【炎槍】!!」
オリヴィアさんがよどみなく呪文を唱え、禍々しい炎の槍を出現させる。
「精霊より与えられし力を今解き放たん。絶対零度の槍でもって殲滅せしめよ。【氷槍】」
ニーナさんがよどみなく呪文を唱え、凍てつく氷の槍を出現させる。
やべぇ……まじだ。
僕は咄嗟に迎撃態勢をとり、オリヴィアさんとニーナさんに掌を向けて叫ぶ。
今かよ!って正直思わないでもないが、背に腹は代えられない。
「【魔法阻害】!」
「「――っ!?」」
突如2本の槍が消え失せ、何が起こったのか分からない2人は慌てふためく。
次はグレースさんだ。
獰猛な肉食獣を思わせる速度で急接近してきた彼女を素っ裸で応戦する。
格好悪いことこの上ない。
【剣豪】:無刀流
HP:100/100
MP:100/100
STR(力):60(覚醒)
INT(知力):5
DEF(防御):30
AGL(敏捷):120(覚醒)
DEX(器用):5
己の身を一振りの刀に見立て、グレースさんの攻撃をいなし、躱していく。
裸で対戦していたからだろうが、僕の下半身が目に入ったレベッカさんは顔を真っ赤にして隙を晒す。
「隙あり!」
僕はレベッカさんの腕を掴むと、一本背負いで湯船の中に投げ飛ばした。一本背負いした拍子にむにゅっと何か柔らかい感触がしなかったわけでもないが、とりあえず今は保留だ。
3人の攻撃をいとも簡単に対応しきった僕に目を丸くさせているオリヴィアさんとニーナさん。僕は2人に向かって声を張り上げて言った。
「いきなり酷いじゃないですか! 1人でゆっくりとお風呂を楽しんでいたのに!」
「そ、それはこっちのセリフよ! 何よこのお風呂は!! 聞いてないわよ! しかもお風呂に入ってもいいって言っておいて、裸で待機しているなんてどこの変態よ!」
「団長、こいつ淫獣です!」
お風呂に入っていい?僕はそんなこと言ってない!
「それに何よ! さっきのは! 私とニーナの魔法が消えたんだけどっ!?」
「あれは不可解です。いきなり魔法が使えなくなりました」
憤慨だとばかりにまくしたてる2人に何から説明しようかと考えていたが、とりあえず裸で向き合っているこの状況は精神衛生上よろしくないと判断して、目を逸らしながらこう言った。
「とりあえず前を隠した方がいいですよ……」
「「~~っ」」
2人は真っ赤になって脱衣所に消えていった。ついでに僕の下半身を見たグレースさんも漏れなく頬を朱に染めて風呂場から出て行った。




