17話「お風呂・前編」
「もう一回言ってみろ」
僕は何度目ともしれない返答をする。
「大浴場を召喚します」
「……」
僕の返答が決して聞き間違いではないと理解したレベッカさんは、渋面を作りながら頭を抱え始める。しばしそのままでいると、一転して顔を強張らせ、優しく諭そうとしてくる。
「マサキ、召喚魔法ってのはな? 生き物を呼び寄せる魔法なんだ。だから、大浴場は召喚できないんだぞ? 召喚できちゃいけないんだ。分かるな? さ、今日は疲れただろ? 早く寝よう。な?」
なんかお風呂出されたら困るって顔しているな。
お風呂が嫌いな女性は居ないと思うんだけど――
――はは~ん。さては男性の僕がお風呂なんて出したら、覗くに決まっているとでも思ってるんだな?そうだとしたら心外だが、その点はしっかりと考慮している。覗かれないような風呂にすればいいだけの話だ。
あとは、どこに大浴場を召喚するかだな。
そう言えばこの辺って、茂みが良い感じにカーテンになっているし、土地も十分広いから大浴場の設営にうってつけじゃないか?
「大丈夫です。レベッカさん。分かっていますから」
「分かってくれたか!!」
僕の笑顔を見て、先ほどまで顔を強張らせていたレベッカさんに笑みが戻る。
「【召喚】大浴場!!」
ズンッと鈍い大きな音を立てて大浴場を召喚させると、レベッカさんの絶叫があたりにこだました。
「きさまあああああああああああああ!!!!」
「だ、大丈夫ですよ。しっかりと覗き対策として塀を高くしていますから。ボイラー3台、脱衣所完備。細工にまでこだわっています! さらに塀から床まで全面大理石ですよ? 召喚だからこそできる贅沢の極みって感じですね」
自画自賛の大浴場は、古代ローマの公衆浴場『テルマエ』をイメージしており、露天型で全長10メルの広さを誇っている。浴場の中央にはマーライオンの彫像がそびえ立ち、壁面には煌びやかで、きめ細やかな彫刻が施されている。
「難点は魔力消費量ですね。なぜかは分からないんですけど、無生物召喚って、生物召喚に比べてかなり魔力を食うんですよ。今の召喚で、全魔力の半分は持っていかれました」
ひとしきり説明を終えた僕は、ふぅ~っと息を吐いてレベッカさんを見てみると――
――まるで何かを必死に堪えているかのように、ぷるぷると震えていた。
「レベッカさん……?」
僕は恐る恐るレベッカさんに呼びかけてみたところ、吹っ切れたようにレベッカさんが爆発した。
「もうやだ! もう知らん! お前の非常識さは私の手に負えん! 思う存分に行動するがいい! だが、こうなってしまったからには、マサキにも覚悟してもらうぞ!! お前には我がギルドに骨を埋めてもらうからなっ!!」
常識が無いとか酷い言われようだが、なんだか嬉しいお言葉まで頂戴してしまった。ずっとギルドに居ろみたいなこと言われてしまった。
今まで厄介者扱いだった僕にとっては、何にも代えがたい言葉だった。嬉しさのあまり、つい気合の入った言葉を返してしまう。
「ありがとうございます! 頑張ります!」
「馬鹿者! 思う存分に行動してもいいと言ったが、これ以上は頑張るな! ちょっとは自重しろ!」
何にせよレベッカさんからお墨付きももらったことだし、お風呂に入ろう。まずはお湯を張らないとだな。これが思いのほか大変なんだけど。
【湧き水】∞
【点火】×3
設営した大浴場は、水の溜めたタンクを3箇所のボイラーが熱し、熱湯がマーラインの口から流れ出て来る仕組みになっている。湯は完全な『かけ流し』になっており、新しい湯が常に浴槽に注がれ、注がれた分だけ湯が浴槽の外にあふれるようになっている。もちろん、あふれた湯は決して浴槽に戻さない。
僕が風呂に入るときは、湯船に浸かりながらタンクへ【湧き水】を発動し続ける必要がある。まぁ、残り湯でも十分に満足なんだが、女性が入った後の風呂っていうのはどうにも落ち着かない。風呂っていうのは落ち着いて入るもんだ。
――数刻後――
後衛部隊のベースキャンプに戻った僕は、思い思い休んでいたメンバーに声を掛けた。
「みなさん、お風呂の準備ができたんだけど、入らない?」
すると聞き捨てならないものを聞いたとばかりに瞬時にこちらを向いてくる女性陣。
「今、なんて言いましたの?」
「お風呂に入らないかって聞いたんだよ、ルイーズ」
目をキラキラさせてお風呂に入りたそうな顔をしてくるルイーズ。女の子だもんな。お風呂に入ってさっぱりしたいに決まっている。
一方、目を細めて疑いの目を向けてくる女の子が1名。
「……えっち」
「いや! なんでだよ!? 一緒に入ろうとか言ってないじゃん!」
「ふ~ん。そういうことですの。女性なら誰もがときめくような『お風呂』で言葉巧みに誘惑し、公然と私たちを裸にひん剥こうというのね。いやらしいっ」
いや分かるけどさ……。
男が風呂入ってどうぞとか言ったらそりゃ警戒するだろうけどさ……。
まずは風呂見てからでもいいじゃないか。
せっかくセキュリティ強化で塀も高くしたんだから。
「分かった。じゃあルイーズはお風呂入らないんだな?」
「ふんっ。どうせ魔法で出した水を桶に入れただけの湯浴みでしょ。興味ないわ」
よし分かった。
こいつの風呂好きはさっきの反応でよく分かっている。しっかりとその目に自信作の大浴場を見せつけてやる!僕の傑作が桶と言われた恨み、存分に晴らさせてもらおうじゃないか。
「分かった分かった。でもせっかく用意したんだから、一目だけでも見てってよ。これでも結構頑張って用意したんだ。出来栄えを見てもらうだけでも嬉しい」
「しょうがないわね。あなたの用意した風呂桶とやらを、お風呂マイスターの私が見てあげるわ。でも見るだけよ? あなたに覗かれるって分かっていて風呂桶を使うくらいなら、体をタオルで拭う方が100倍増しだもの」
なんだよお風呂マイスターって……。
「ありがとう。僕なんかが用意した風呂桶に、お風呂マイスターともあろうルイーズに入ってもらうなんて恐れ多いよ。お風呂マイスターのルイーズには、是非ともお風呂がなんたるかをご教授願いたい」
「ふんっ! 分かればいいのよ。で、あなたが用意した風呂桶とやらはどこよ?」
僕は現在見張り役中のローラとリリーを除く女性陣7名を引き連れ、桶と馬鹿にされた大浴場へと移動する。あれだけ騒いでいたレベッカさんもお風呂セットを持ってしっかりとついてきた。
――
「……」
露店風呂になっている大浴場は、高い塀のおかげで外から中を覗くことができないが、すでに熱々の湯を張っているため、もくもくと湯けむりが立っていた。また、マーラインから垂れ流されている湯が滝のような音を立てており、外からでも『かけ流し』の湯であることが分かる。
「これが僕の用意した風呂桶だよ。お風呂マイスターに見せるにはレベルが低すぎて、とても恥ずかしい」
「……」
あ、ルイーズが震え始めた。
「さ、みんな? お風呂マイスターのルイーズは入らないみたいだから、入りたい人は入っておいで。脱衣所は中にあるから、着替えはそこでして。お風呂場に入ったら、置いてある石鹸で体を洗うといいよ。浴槽は広めになっているから、足がしっかり伸ばせると思う。疲れた体をしっかりほぐさないとね」
すると誘惑に抗えなくなったのか、入る気になっているクロエが唯一の懸案事項である僕に尋ねてきた。
「……マサキは?」
「僕は『かけ流し』の湯を作る魔法を使わないとだからね。あとは湯加減の管理。お風呂はみんなが出た後に1人でゆっくり入るよ」
それを聞いて安心したクロエたち女性陣7名が大浴場の中へと入っていく――
――逃さんぞ。
僕は風呂に入ろうとしている女性陣に紛れ込んでいるお風呂マイスターの肩をポンポンと叩く。
「もしもし」
「~~っ」
「お風呂マイスターさん。何しれっと入ろうとしているんですか。こんなみすぼらしい風呂桶にお風呂マイスターさんを入れたとあっては、申し訳が立たなくなっちゃいますよ」
ルイーズが半泣きになりながら振り返り、ボソっとお風呂に入らせて下さいと言った。
「ん~? 聞こえないな~?」
「ぐっ……。お、お風呂に入らせて下さい。お願いします……」
僕の手には体を拭う用のタオルも用意されていたんだが、さすがにこれ以上は虐めちゃいかんだろうと思い、入浴の許可を与えてやった。
するとルイーズは泣き顔を一変させ、ぱぁーっと花が咲いたような笑顔になると、足取り軽くお風呂へと向かって行った。
その時の笑顔がとても可愛らしくて、虐めた甲斐があったと思ったのはここだけの話だ。




