5.アナスタシア=エルシャ=アイスバーグ皇女殿下の証言
その部屋入ってきたのは、部屋の空気を一瞬で塗り替えるほどの圧倒的な存在感を放つ美女。透き通るような長い銀髪を揺らし、白を基調とした豪奢なドレスに身を包んだ彼女は、どこかけだるげな足取りで入室してくる。
その瞬間、第二王子アレスは今日一番初めて緊張した面持ちで立ち上がった。そして、王国に伝わる最敬礼の作法で彼女を迎え入れる。
「当国に滞在中、こうしてお時間を割いていただき心より感謝いたします。アナスタシア=エルシャ=アイスバーグ皇女殿下」
「かまいませんわぁ。お話は……エリーのことでしたっけぇ?」
彼女はアレスが差し出した椅子に、吸い込まれるような優雅さで腰掛けた。
アナスタシア=エルシャ=アイスバーグ皇女殿下の証言
「ふふふ。あらあら、そんなに緊張しなくてもいいわよぉ」
退廃的な笑みを浮かべるアナスタシア。彼女は交流国アイスバーグ帝国の第二皇女である。れっきとした国賓。先ほどとは違い、逆にアレス側が緊張する立場にある。
「はい、ご配慮ありがとうございます」
アレスは丁寧な社交辞令と世間話をいくつか挟み、彼女の機嫌を損ねないよう細心の注意を払いながら、本題を切り出した。
「はい。念のための確認ですが、あなたとエリザベス嬢は、友人関係ということでよろしいでしょうか?」
「そのとおりよぉ。私とぉ、エリーは親友同士なのよぉ。彼女が子供のころに我が帝国へ留学してきてねぇ、出会ってすぐに意気投合して以来の、無二の友達なのぉ」
ふふ、と妖艶に微笑む皇女に対し、アレスは手元の資料へ視線を落とす。
「では、お聞きします。以前、非公式の訪問や式典の際、エリザベス嬢は他国の皇族である貴方に対し、我が国の貴族令嬢として、度々大変失礼な、不敬に当たる態度をとったという話が出ておりますが?」
「まぁぁ、誰がそんな出鱈目をぉ?」
アナスタシアは形の良い眉をぴくりと動かし、呆れたようにため息をついた。
「ふふ、心当たりはありますけれどぉ、どれもただの『じゃれあい』ですわぁ。プライベートではあれくらい普通ですものぉ。私は無礼とも認識しておりませんしぃ、同席していた我が国の者たちも、まったく気にしておりませんわぁ」
「となると、不愉快極まりない迷惑をかけられたとか、失礼な態度を働いたというわけではないと」
「当然ですわぁ。友人同士ですものぉ」
皇女は、まるで羽虫の羽音をうるさがるように扇をパタパタと振る。
「私はこういう性格と立場ですからぁ、周囲からは誤解されるかもしれませんけどぉ。普通に仲良しですのよぉ。もぅ、友人同士が仲良くお話ししただけですのにぃ、無粋な勘違いをする方がいるものですわぁ。もしぃ、そのことでエリーに不都合があるというのならぁ、私からその無粋な方に直々にぃ・・・説明に伺いますわ?」
ニッコリと笑うアナスタシアの瞳の奥に、絶対零度の冷気が宿る。アレスは背筋に冷や汗が伝わるのを感じながら、即座に首を振った。
「いえ、感謝いたします。ですが、今この場で殿下にお話しいただいただけで十分でございます。これ以上の説明は不要です」
「あらそぉ」
アナスタシアは急に表情を引き締め、その美しい声音から伸びやかなけだるさが戻った
「話は変わりますけれどぉ。我が帝国に対して『不愉快』だというのならぁ、あのベリーナという小娘かしらぁ?」
「・・・!?」
「あの子、礼儀知らずにも程があるわぁ。なれなれしい言葉も態度も、何もかもが不愉快ですわぁ」
アレスは何も言えず、ただ静かに彼女の言葉を待つ。
「私とエリーはねぇ、公式の場以外の人目の無いところではじゃれあいますけどぉ、流石に人目がある公式の場ではぁ、まともに対応しますわぁ。それが一国の責任を負う貴族の義務でしょう?なのに、あのベリーナとか言う娘は何を勘違いしたのか、私の兄や護衛騎士たちに対し、人前で馴れ馴れしく声をかけてきてぇ。『自然体』だとかぁ、『着飾らないありのままの姿』だとかぁ、くだらぬ戯言ばかり口にしてきたのよぉ。それでぇ、私があまりの非礼に見かねてやんわり注意したら、あの子、何と言ったと思う?」
アナスタシアの銀髪が、目に笑みの形のまま再び冷気が宿る。
「『エリザベス様も、殿下と似たような態度で親しくしてましたよね、私だけダメなんて意地悪しないでくださいよ。差別は良くないと思います』と、私にお説教をのたまわったのよぉ?」
「な・・・!?」
「私と幼少期から信頼を積み重ね、すでに軽口を叩けるほど深い親密な関係でありながら、公私の区別を絶対に混同しないエリーとほぼ初対面なのに礼儀のかけらもない態度をとる、あの育ちの悪い不愉快な女が、一緒のわけないでしょうぅ?というかぁ、何で“あんなの”を国賓の前に出せたのぉ?そちらの国として、そこの危機感を問題視すべきでわぁ?」
「それは、我が国の不手際であり、誠に申し訳ございません」
アレスは深く頭を下げた。帝国の皇女にここまで言わせてしまえば、一歩間違えれば宣戦布告の理由になりかねない。
「いいですわぁ。うちの兄はお優しいから何もおっしゃらなかったけれどぉ、周囲の護衛はピリピリして、いつでも剣を抜く用意をしていましたわよぉ。というよりあれ、まともに教育し直させるべきよぉ?最悪ぅ、せっかく築いた我が帝国との国交にひびが入るわぁ」
「肝に銘じます。ご忠告、真にありがとうございます」
「そういえばぁ」
アナスタシアは立ち上がり、去り際にアレスを振り返った。
「エリーは、あの愚かな婚約者とその娘のせいで随分と恥をかかされたのですってぇ?そのせいでエリーが舐められてぇ、エリーを疑う不届き者が出たのかしらぁ。ついでにその婚約者である貴方のお兄様に、伝えておいてくださるぅ?」
「はい。何を伝えましょうか」
「大切な友人を侮辱されたアイスバーグ帝国第二皇女アナスタシアが激怒している。と」
「・・・御意。確かに、お伝えいたします」
完璧な一礼で見送るアレスの背後で、ゆらりとアナスタシアは去っていき、パタンと扉が閉まった。
部屋には、恐ろしいほどの沈黙が残された。
第二王子アレスは顔と体勢を崩し、はぁぁぁと思いため息をつく。怒れる氷の魔女との対面は思いのほか、体力を削ったのだ。
「めちゃくちゃ怒ってんじゃん・・・怖かったな・・・もう」




