4.家庭教師シキュリー夫人、タウロス子爵の証言
さらに一時間後。
部屋にやってきたのは、眼鏡の奥におっとりとした笑みを浮かべる中年女性と、いかにも生真面目そうな気難し気な顔をした中年男性の二人だった。
アレスは立ち上がり、敬意を込めて二人を迎える。
「ご無沙汰しております、シキュリー先生、タウロス先生。……実は、王族の家庭教師を務めるお二方に、かつての教え子であるエリザベス=マリスベリー公爵令嬢のことについて、確認したいことがありましてね」
家庭教師シキュリー夫人、タウロス子爵の証言
アレスは着席を勧め、簡単な世間話の後すぐに本題を切り出した。アレスは手元の資料をめくりながら質問した。
「とある者からの意見書なのですがね。エリザベス嬢は王妃教育のメニュー修了までに非常に長い時間がかかったのに対し、ベリーナ嬢は驚くほどの短期間で既定のカリキュラムを完了させた、と。そのため、エリザベス嬢の学力、および授業を受ける姿勢に疑いの声が上がっているのです。この点について、お二方の見解をお聞かせください」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、マナー部門担当のシキュリー夫人が「まぁ!」と扇で口元を覆った。
「一体どこのどなたが、そのような事実無根の出鱈目を!?」
「シキュリー殿の言う通り、到底看過できん暴論ですな」
学問部門担当のタウロス子爵も、不愉快極まりないとばかりに腕を組む。アレスは苦笑交じりに二人をなだめた。
「まあ、一応は匿名でのご意見ですから、名前は伏せさせていただきます。それで、エリザベス嬢の学力の件ですが、彼女は次期王妃として不相応なのでしょうか?」
「いいえ!彼女ほど熱心で、聡明で、優秀な教え子はおりませんわ!」
「同感です。エリザベス=マリスベリー公爵令嬢こそ、次期王妃に相応しい知識と品格を完璧に兼ね備えていると、このタウロスが断言いたします!」
二人の熱弁に、アレスは内心でやはりそうだろうなと頷く。シキュリー夫人は興奮冷めやらぬ様子で捲し立てた。
「そもそも、エリザベス様は通常の王妃教育カリキュラムなど、本来の予定よりもずっと前にすべて最高成績で修了されておりましたわ。しかし、あの方はそれで満足なされず、『国母として、より多くの領民の声に応えられるよう、さらに広く深い知識を学びたい』と自ら望まれたのです。私たちが授業を続けていたのは、あの子の飽くなき向上心に応えるためですわ!」
「しかし、お二人が授業中にエリザベス嬢を厳しく叱りつけている場面を、何度も見かけたという目撃談があるのですが?」
「授業中の指導ですから、他人の目には多少厳しく映ったかもしれません。ですが、それも彼女自身が『王妃となる私に妥協は不要です』と望まれたことです。時に厳しく接しはしましたが、それはあの方の学力を誰よりも認めていたからこそです」
「ええ、叱りこそすれ、それは不出来だからではございません。むしろ私の長い教師人生において、あれほど優秀で、高い志を持った生徒には二度と出会えないでしょうな」
「なるほど、よく分かりました」
シキュリー夫人とタウロス子爵が力強く語る。
アレスは頷き、そして意地悪く目を細めた。
「・・・では、ベリーナ嬢はどうです?彼女もまた、短期間でカリキュラムを終えたということは、エリザベス嬢に負けず劣らずの才媛なのでしょうか?」
途端に、二人の教師の顔が完全に引き攣った。
「正直に申し上げますわ。あの子こそ、我が教師生活最大の『問題児』です。授業はサボる、真面目に受けない、注意すれば『なんでそんなやる気が出ない言い方するの!』すぐにふて腐れる。そして私の教えが悪いから変えてくれルーザ殿下に泣きつく。才能が無いとは言いませんが、あまりにも学ぶ意欲それ以前の品格というものが欠如しておりますわ」
「同意見です」
タウロス子爵が深い溜息をついた。
「無論、高位貴族のエリザベスお嬢様とは育った環境も、積み重ねてきた時間も違います。現時点で実力に差があるのは仕方のないことです。しかし、それを差し引いても、ベリーナがエリザベスより優秀などとは逆立ちしても言えません。私の教師史上、あれほど手を焼いた生徒はおりませんでしたな」
「おや?」
アレスはわざとらしく小首を傾げた。
「しかし、そんな態度でありながら、彼女はカリキュラムを『完了』させたのですよね?」
「それは!」
シキュリー夫人が忌々しそうに眉を寄せた。
「これ以上は授業にならないと判断し、カリキュラムの中身を『極限まで削って最小限にした』からですわ!」
「形だけでも成立させるために、難易度を底辺まで下げたのです」
タウロス子爵が鼻で笑った。
「失礼を承知で申し上げるなら、あれは『ただのお飾り』として最低限恥をかかない程度の、中身のないハリボテの教育です。我が国の政治や外交に深く携わるレベルのエリザベス様の高等教育とは、比べること自体が失礼というもの。一応、この件に関する経過とカリキュラムのレベルの低さについては、王宮へ正式に報告書を提出していたのですが?」
「ええ、報告書は確かに私の手元にも届いていますよ」
アレスは机の上の書類をトントンと叩き、冷ややかな笑みを浮かべた。
「とはいえ、口頭でも確認しておきたいと思ったんですよ。そこでこうして事務手続きの形を借りて、お二方に直接、口頭での事実確認を行っているのです。なるほど。では、ベリーナ嬢自身はその『ハリボテの教育』だった事実を認識していたのでしょうか?」
アレスの問いにシキュリー夫人は困ったように返答した。
「まさか、面と向かって『あなたはお話にならないほど無能で、エリザベス様のほうが遥かに上です』とは言えませんわ。ですから、『ひとまず一区切りはつきましたが、これが本当の終わりではありません。エリザベス様もまだ勉強を続けていらっしゃいます。あなたも日々、精進なさいませ』と、優しく含みを持たせてお伝えしたのですが・・・」
シキュリー夫人が頭を抱える。タウロス子爵も信じられないといった顔で続けた。
「私も似たようなものです。皮肉のつもりで『これほど最短で終わった生徒は初めてだよ』と言ったのですが。まさかあの子、あの露骨な皮肉を『自分が天才だから早く終わった』と真に受けたのですか!?」
その言葉に、アレスはついに堪えきれず、クスクスと低く笑い声を漏らした。
「ふっ……くく、なるほど。そういうことですか。いや、気にしないでください、お二方。お陰様で報告書の裏が取れました。お忙しい中、素晴らしい証言をありがとうございました」
アレスは深く一礼し、教師たちを送り出した。
扉が閉まった瞬間、アレスの笑みが変わる。複雑な笑みに。
「手抜きのハリボテ教育を『天才だから早く終わった』と勘違いし、マナー違反による強制退場を『嫉妬によるいじめ』と脳内変換するか。確かに可憐な花のような女性だ。頭の中までお花でいっぱいだ。」
アレスは立ち上がり、背後の書記官に告げた。
「さて、証拠は出そろったがもう一人VIPが残っている。気合い入れていきますか」
さらに一時間後。
その部屋に、これまでの空気を一瞬で塗り替えるほどの圧倒的な存在感を放つ美女がやってきた。




