3.カーリー伯爵夫人の証言
さらに一時間後。
部屋の扉が開き、一人の穏やかな顔立ちをした初老の貴婦人が入ってきた。格式高いドレスを美しく着こなした彼女は、王族の前であっても物気後れすることなく、優雅に一礼する。
「ようこそお越しいただきました、カーリー伯爵夫人。ああ、そんなに緊張されないでください。……実は、エリザベス=マリスベリー公爵令嬢について、少しお聞きしたいことがありましてね」
カーリー伯爵夫人の証言
アレスは先ほど同様、最近の社交界の流行や夫人の領地の特産品といった世間話をして、場の空気を和やかにほぐした。夫人が紅茶を一口啜り、完全に寛いだのを見計らってから、本題を切り出す。
「しばらく前に、我が国の同盟国であるリーフ王国の王太子とその婚約者を招いた『緑の式典』が開催されましたね。そこでエリザベス嬢が、例のベリーナ嬢にわざとドリンクを浴びせかけ、無理やり退場させるという嫌がらせを働いた、という話が出ているのです。そこであの時、すぐ近くで一部始終をご覧になっていた伯爵夫人にお聞きしたい。エリザベス嬢の行動は、本当に巷で噂されている通りの『悪質な嫌がらせ』だったのでしょうか?」
アレスの問いに、カーリー伯爵夫人は上品に目を細め、どこか呆れたように息を吐き出した。
「ああ、あの時のことですのね。ええ、エリザベス殿は確かに、よろけた風を装って、『わざと』飲み物をベリーナ殿のドレスへと思い切りかけていらっしゃいましたわ」
「ほう・・・」
「しかし殿下、あれは決して嫌がらせなどではございません。むしろ、そうせざるを得なかった、いたしかたない対応でしたわ」
「なるほど。それはなぜですか?」
「第二王子であるアレス様にはご存じと思いますが、公式な式典や夜会には、その内容に応じた『暗黙のルール』がございます。あの緑の式典は、他国の主賓を引き立てるため、我が国の貴族は派手な色合いの衣装や、悪目立ちする振る舞いを慎むのが鉄則でございました。・・・それなのに、あのベリーナ殿は何を血迷ったか、場違いに個性的で派手なドレスをお召しになり、周囲の空気も読まずに大声ではしゃぎ回っておいででしたの」
夫人は不快そうに眉をひそめる。
「見かねたエリザベス殿は、あの子の無知が他国の目に触れて大恥をかく前に、それとなく衣装直しして振る舞いを慎むように何度も促していらっしゃいましたわ。ですが、ベリーナ殿はそれをすべて『意地悪された』と無視なされた。だからこそ、エリザベス殿はあのような強硬手段をとるしかなかったのです」
「では、エリザベス嬢の行動は公爵令嬢として適切な判断だったと?」
「はい。いささか手荒だとは思いましたけれど、あのままエリザベス殿が無理にでもあの子を退場させなければ、他国の来賓がいる前で『この国の王家に近い人間は、基本的なマナーすら知らんのか』と、国家レベルで影響が出るところでした。私個人といたしましては、嫌がらせどころか、我が国の品格を守ってくれたエリザベス殿に、むしろ感謝すべき対応だったと確信しております」
「よく分かりました。貴重な証言をありがとうございます、カーリー伯爵夫人」
アレスは満足そうに微笑んだ。
そしてカーリー伯爵夫人は退室してパタン、と静かに扉が閉まる。
誰もいなくなった部屋で、第二王子アレスは、笑みを完全に消し去った。その碧眼には、冷たい光が宿っている。
「これまた話が違うもんだ」




