2.王宮侍女アレッサ、イレーヌ、ウランの証言
マイヤー子爵令嬢が退室してから、一時間後。
同じ部屋に、今度は支給されたばかりの清潔な王宮侍女の制服に身を包んだ、三人の若い侍女が入ってきた。彼女たちは自分が何で呼び出されたのか分からず、緊張と不安の色が色濃く出ている。
緊張する侍女たちに対し、アレスは爽やかな笑みを浮かべて声をかけた。
「よく来てくれたね、君たち。ああ、そんなに緊張して固くなる必要はないよ」
アレスは先ほどと変わらぬ、春の陽だまりのような微笑みを浮かべ、彼女たちに着席を促した。
王宮侍女アレッサ、イレーヌ、ウランの証言
先ほど同様、アレスは最近の学園の流行りや天気といった他愛のない世間話を振り、彼女らの肩の力が抜けるのを待った。そこで話を切り出した。
「実は、エリザベス=マリスベリー公爵令嬢について聞きたいことがあるんだ」
その名が出た瞬間、侍女たちの肩がびくりと跳ねた。アレスはわざとらしく、困ったように眉を下げてみせる。
「誰の告発かは言えないのだけれど君たち王宮侍女は、エリザベス嬢からいつも理不尽に怒鳴られ、いじめられ続け、酷い心理的苦痛を与えられてきた、という意見が出ているんだ。私は今、それが事実かどうかを調べている」
アレスは机の上の誓約書にポン、と手を置いた。
「もし権力で脅されて本当のことが言えないのなら、私、第二王子アレスの名において、君たちの身分と雇用は絶対に守ることを神に誓おう。だから恐れずに教えてくれないだろうか?彼女は本当に、君たちを虐げているのかい?」
侍女たちは顔を見合わせた。最初に口を開いたのは、アレッサという名の赤毛の少し気の強そうな侍女だった。
「あの・・・恐れながら殿下、そもそも『いじめ』というのは、具体的にどのような行為を指すのでしょうか?」
「うん?そうだね。例えば、エリザベス嬢はつまらないことでいつも侍女を叱りつけたり、終わったはずの仕事を何度もやり直させたりして、君たちの心を傷つけているなどかな。君たちもその被害者なのではないのかい?」
「何ですか、その出鱈目は!」
アレッサが思わず声を荒らげ、王族相手に興奮しないで!と言わんばかりに、隣に座るクールそうな金髪のイレーナという侍女が慌ててその袖を慌てて引いて注意を促した。
しかし、イレーナもまたアレスを見つめてきっぱりと語った。
「アレス王子、お言葉ですが私たちはエリザベス様にそんな理不尽なことは一度もされていません!」
「そ、そうです!」
三人のうち最も大人しそうなウランという侍女も、拳を握りしめて加勢した。
「確かに私たちはよく叱られます。ですが、それはすべて私たちの作法が未熟だからです!エリザベス様は、少しでも上級の侍女になりたいという私たちのために、ご自身の貴重な時間を割いて、わざわざ付きっきりで教育してくださっているのです!」
アレッサの目元が、今度は親愛の情で潤んでいた。
「それに普段は大変気さくで、私たちのような末端の侍女にも、信じられないほど丁寧に接してくださる・・・本当に、とっても素敵な御方なのです!」
イレーヌがクールな顔を崩し、興奮するように答えた。
「ふむ?なるほど」
アレスは顎に手を当て、目を細めた。
「それでは、エリザベス嬢が君たちを虐げているというのは完全な間違いで、実際は優しく、叱っているのは侍女としての仕事に対する『教育の一環』であると。君たちはそのことに、一切の不満はないということだね?」
「「「はい!仰る通りです!」」」
三人の声がきれいに揃った。その瞳に嘘偽りがないことを確認し、アレスは「では」と、本命の質問へと舵を切った。
「彼女の誤解は解けたよ、ありがとう。それでは、ベリーナ嬢についてはどうかな?彼女は身分に拘らず、君たち侍女にとっても、エリザベス嬢以上の人気者だと聞いているけれど」
その瞬間、部屋の空気が一変した。さっきまでの緊張や怒りとは違う、「嫌悪感」が侍女たちの顔に広がっていく。
「・・・正直に申し上げて、不満しかありません」
アレッサが、今度は怒りを押し殺した低い声で言った。
「そうです」「私もです」
とイレーナとウランが続く。
「ベリーナ様は、私たちを人間とも思っていらっしゃいません。まるで奴隷のようにこき使って・・・。少しでもご自分の気に入らない言葉があると、すぐに不機嫌になって、近くにある物を投げつけて暴れ出すのです」
「それなのに、何かあればすぐにルーザ第一王子殿下に言いつけるとおっしゃるから、私たちは毎日、怯えながらあの方のご機嫌を取らなくてはならなくて」
「それに少しでも私たちが憂鬱そうな顔をすると『何よその顔?気分悪いんだけど』と難癖付けて怒られるのです。だから私たちは心の中では嫌ですが、無理やり笑顔を作っておべっかを使って……。内心、本当に苦痛です」
次々に不満が出てきた。
「そういえば」
アレッサがふと思い出したように、皮肉を込めて唇を歪めた。
「エリザベス様は、私たちのような下級の侍女の名前も、世間話で少し話しただけの好物すら、すべて覚えていてくださるのに。ベリーナ様は、頻繁に顔を合わせている私たちのことすら、何一つご存知ありません。大体あの方、私たちのことを一度だって、名前で呼んでくださったことすらありませんよ。いつも『ねえ、そこのあなた』です」
止まらぬ愚痴の数々に、傍らの書記官は猛烈な勢いでペンを走らせている。
「なるほどね……」
アレスは満足そうに微笑み、椅子の背もたれに深く体を預けた。
「ベリーナ嬢に対する君たちの不満は、実によく分かったよ。貴重な意見をありがとう。安心していい、エリザベス嬢の誤解はこれで完全に晴れた。君たちのことも、必ず私が守るからね」
アレスの優しい言葉に、侍女たちはようやくホッとしたように胸を撫で下ろし、深く一礼して部屋を出て行った。
パタン、と静かに扉が閉まる。
誰もいなくなった部屋で、第二王子アレスは、笑みを完全に消し去った。その碧眼には、冷たい光が宿っている。
「これもまた随分話が違うもんだね」




