1.女学生マイヤー子爵令嬢の証言
その場所は、鮮やかな赤い絨毯が敷かれている以外、大きな木製の机と椅子、そして古びたコート掛けしかないシンプルな部屋だった。余計な装飾がないぶん、王宮特有の張り詰めた静寂が際立っている。
窓側には二人。きれいな金髪と澄んだ碧眼を持つ美形の第二王子アレスと、その傍らで陰気な雰囲気を纏った眼鏡の中年男性が座っていた。
ノックの後、静かに扉が開き、王立学園の制服に身を包んだ小柄な少女が入ってきた。赤髪のショートカットを小刻みに揺らし、見るからに緊張で顔を強張らせている。
目の前の高貴な相手を認識し、今にも倒れそうに緊張する少女に対し、アレスは爽やかな笑みを浮かべて声をかけた。
「よく来てくれたね、マイヤー子爵令嬢。ああ、王族の前だからとそんなに身構える必要はないよ。椅子に座ってくれないか?」
マイヤー子爵令嬢の証言
マイヤー令嬢はおどおどとしながらアレスの向かい側の椅子に腰掛けた。アレスはしばらく、最近の学園の流行りや天気といった他愛のない世間話を振り、彼女の肩の力が抜けるのを待った。
「実はね、君の知るエリザベス=マリスベリー公爵令嬢について少し聞きたいことがあるんだ。何分、私は学園にはあまりいないんでね学園内の動きには少々疎いんだ。ああ、隣の者は私の書記官だよ。君の発言を記録するだけだから、空気だと思って気にしないでくれ」
ニコニコと朗らかに語る王子にやがて、少女の強張った唇から小さな笑みがこぼれた瞬間、アレスは声音のトーンをわずかに落とし、本題を切り出した。
「さて、学園内で君や他の令嬢たちは、エリザベス嬢の指示であのベリーナ子爵令嬢にいじめを行っていた、と聞いたのだが」
「っ……!」
マイヤー令嬢の顔から、一瞬で血の気が引いた。言い訳をしようと開いた唇が小さく震える。
「ああ、そんな怯えた顔をしないでくれ。初めに約束しよう。この場での発言をもとに、君や他の生徒を咎めることも、罪に問うことも一切しない。むしろ逆だ。もし財力や権力で無理やり従わされていたというのなら、私の力で君たちを守ろう」
アレスは机の上に、一枚の豪奢な羊皮紙を滑らせた。そこには鮮明な赤色の蝋で、王室の紋章が刻印されている。
「これは、今話した約束を必ず守るという王印を押した誓約書だよ。だから、私を信じて真実を教えてくれないだろうか?」
少女は誓約書と、アレスの優しい碧眼を交互に見つめ、意を決したように拳を握りしめた。
「は、はい。それではお話します。私を含め、他の令嬢たちも、そしてエリザベス様もベリーナさんを虐めてなどいません」
「ほう。そうなのかい?」
アレスは頬杖をつき、興味深そうに先を促す。書記官のペンが、さらさらと羊皮紙を滑る音が部屋に響いた。
「ベリーナさんは、その・・・なんというか・・・大変自分勝手な方なのです。気に入らないことがあると、すべて周囲のせいにします。それに、他の令嬢の持ち物を欲しがり、断られると『なんで意地悪をするの』と被害者のように喚き散らすのです。私たちがその態度を窘めると、今度は『いじめられた』とルーザ第一王子殿下に告げ口をなさいます。そしてルーザ殿下は、ベリーナさんの話だけを鵜呑みにし、私たちの話など一切聞いてくださらず、一方的に権力で脅しをかけてくるのです」
「なるほど」
「ですから、皆で揃って『あの方とは関わり合いになりたくない』と、距離を置くようになったのです。いじめで無視をしているのではありません。これ以上関わると、本当に実家ごと酷い目に遭いかねないから避けているだけなのです!」
「しかし」
アレスは形良い眉を少しだけ寄せた。
「ベリーナ嬢は、身分にこだわらない気さくな性格で、学園内ではみんなの人気者だと聞いているけれど?」
「・・・それは、おそらくルーザ殿下の影響です」
マイヤー令嬢は悔しそうに唇を噛んだ。
「ベリーナさんを持ち上げて気分良くさせておけば、ルーザ殿下のお気に入りになり、そのおこぼれをあずかれると考える不逞な輩がいるのです。それに、本心では嫌悪していても、表面上だけ好意的な対応をして面倒を避ける、要領のいい令嬢もいます。何も知らぬ他の人から見れば、それが彼女の人気のように映ったのではないでしょうか」
「なるほど、処世術というわけか。それは仕方のないことだね。うん、君たちは悪くないよ。しかし、ではエリザベス嬢はその件にどう関わっているのかい?」
「エリザベス様は」
少女の瞳に、パッと強い光が灯った。
「私たちのために、あえて泥をかぶってくださったのです!ベリーナさんやルーザ殿下に何か理不尽に責められたら、躊躇なく自分の名前を出せ、と。あの方は『私の立場ならば、何を言われても問題ない。何か問題になりそうならばすべて私の名前を出すように』と……。あの方は何も悪くないのに、皆を守るために、たった一人で嫌われ者の役割を引き受けてくださったのです!」
「そういうことなんだね」
アレスは目を細め、少女を試すように少しだけ声を低くした。
「だが、実はそれ自体がエリザベス嬢の計算で、君たちが裏で脅されているということはないかい?もしそうなら」
「そんなことは絶対にありません!」
マイヤー令嬢は椅子から立ち上がらんばかりに大声を張り上げた。
「あの方は大変気高く、立派なお方です!決してそんな陰湿な真似などなさいません!あ、申し訳ありません。王族の前で、いきなり大声を・・・」
「気にしなくていいよ。君が彼女を慕う気持ちは本物のようだね」
アレスは優しく微笑み、手元の資料に目を落とした。
「ということは、エリザベス嬢が大勢の取り巻きを連れて、派閥でいじめを先導していたという噂は……」
「すべて出鱈目です!エリザベス様は別段、ご自身の派閥など作っていらっしゃいません。皆、エリザベス様のご人徳や魅力に惹かれて自然と集まっているだけです。あの方に親切にしていただいたことは数知れませんが、エリザベス様から誰かを陥れろなどと命じられたことは断じてありません!私たちは、エリザベス様にこれ以上ご迷惑をかけるようなことは一切していないのです!」
「よくわかったよ。ありがとう、マイヤー令嬢。君の証言は非常に有益だった。今後兄・・・ルーザ王子が何か理不尽なことを言うのならば僕も味方になろう。安心してくれ」
アレスの言葉に、少女は深く一礼し、どこかすっきりとした表情で部屋を後にした。
マイヤー令嬢が退室した後、アレス王子から優し気な空気が消えて呟いた。
「ふん、随分と話が違うものだね」




