36.フィアット X1/9(改)
『MRレディース』
それがオレの所属している、と言うか、オレがつくったサークルの名前。
ちょいと昔にほとんど同じな言葉が巷で口にされてたらしいけど、当然ながらソレとは違う。
でもまぁ、そのもう一つの方は死語と化して結構たつから今さら勘違いするヤツもいないだろうけど、イチオー念のため注釈たれとくな?
オレがつくったサークルの名前は、死語となった方のような……、今風で言うなら『おとこの娘』(?)――いわゆる『女性のような外見をし、そう振る舞う男性』って意味じゃない。
そうじゃあなくて、
『Mid-engine, Rear-wheel-drive Ladies』
エンジンをミドシップに配置したクルマに乗ってる女性同好の士たちのあつまり。
要は自動車愛好会だ。
レディースだなんて、それだけ聞くと、これまた、女の暴走族かよとかって眉をひそめられるかもだけど、それも違う。
オレが通っている学校が女子大なんで、サークルのメンバーになれるのがそもそも女しかいない――それだけのはなし。
で、
山神の家を後に助けをもとめてきた後輩のもと――母校たる百花女子大へ向けクルマをかっ飛ばしているオレの愛車もそんな一台。
フィアットX1/9(改)
おじ様からオレがお借りしているカッコイイ奴。
イタリアの自動車メーカー、フィアット社が製造販売していたライトウェイトスポーツカーで、ただし、今、オレが運転しているのは販売元がフィアット社から、やはり同じくイタリアの自動車メーカー、ベルトーネ社に移って以降の製造なので、精確にはベルトーネ X1/9という事になる。
なお、末尾にことさら(改)とつけたのは改造車だから。
と言うか、改造車なんて言ったら、またまた、暴走族とか違法改造とか悪いイメージをもたれるかもだから、チューンドとでも言い換えとこうか。
(うふふん、さッすがおじ様♡ ナイス改造)
クネクネと不規則にカーブが連続している道路をミドシップならではの回頭性の良さで抜けて行きながら、オレは頬を自然とゆるめている。
あまりにチューンが的を射てるんで。
改造箇所は主にエンジン。
このX1/9が新車としてデビューしたのは1972年。
製造販売が終了したのは1989年という時間経過を考えれば仕方ないけど、オリジナルエンジンの馬力はたったの85。
排気量は1500cc、でもって車重は920㎏。
あのね、今時は軽でも64馬力は出るんだぜ?
それもギリギリまで絞り出してじゃない、業界の自主規制で天井を抑えてソレなんだ。
軽自動車の排気量は現行660cc。
車重は平均すれば、だいたい800㎏弱くらい?
まぁ、ハイトワゴンスタイルが流行っているから、cdA値では絶対負けることはない。
競争したって軽のハイトワゴンには、まぁ、ね。
でも、箱型じゃない、ハッチバックの軽には負け……、もとい、勝てな……、いやいや……、かなわな……、もう一声! いい勝負かも知れない。
よっしゃ!
って、そうじゃないんだ、そうじゃない!
軽といい勝負ってところで何で安心してんだよ、オレ!
老いたりとはいえ、れっきとしたスポーツカーたる普通車がだぜ?
いくら最新だつっても、お買い物とか街乗り等で使う軽自動車と!
いい勝負?
はぁ……?
どっこいどっこい?
何バカ言ってんの?
ありえないだろ~?
と、
絶対絶対そう思うだろ!?
だから、
たとえば高速道路で軽にブチ抜かれたとか、信号待ちしてたのが、青で発進すると軽に置いていかれたとか、そんな屈辱をあじわった、とかがあったかどうかなんて事まではオレは知らない。
だけど、そうした『ありえないだろ~!?』な思いが、紳士でオトナなおじ様をして、このクルマを改造する、その決意にむすびついたんだろうというのは想像するに難くない。
特に、
コーナーが迫って減速し、ステアリングをかるく切って、曲がるきっかけだけを与えてやり、鼻先が出口をとらえると再びアクセルを踏む。
すると、
オレのすぐ後ろ――耳許でエンジンが吠え、グン! と背中をシートに押しつける勢いでクルマは前へと飛び出してゆく。
~~~ッ! コレだよ、コレコレ、コレなのよ!
「さッすが本田技研! さッすが名機、K20!」
痺れるような快感に、おもわず叫んでしまうくらいに気持ちイイ!
そう!
特にこうして我が手でクルマを操りながらワインディングを走らせていると、脳汁がドパドパ溢れるくらいに出て、セルフ薬中な状態になるほどハイになる。
なんてったってタイプRなんかに載ってたエンジンだ。
排気量こそ2000cc――500cc増くらいで収まってるけど、絞り出される馬力は200!
なんと元々載せてたヤツの倍以上!
パワーウェイトレシオはオリジナルの10.8から4.6へと大・改善さ!
一気にスーパーカー並みだぜ、スーパーカー並み!
「さッすがHONDA! さッすがおじ様! さッすが、親父! その技術力に、その決断に、マジで惹かれる憧れるぅ!」
わはははは……ッ!
後方にわらい声を垂れ流し、高速で疾駆しながらオレは山をおりてゆく。
とは言え、楽しいあまり、ついギリギリまで限界を攻めてみるとか、そんな阿呆なマネは(絶対に)しない。
だって、このクルマ――フィアットX1/9(改)は、さっきも言ったが借り物だから……、おじ様からの。
ああ……、今でもありありまざまざと『あの時』の一部始終を思い出せる。
あの時、
『クルマは機械物だから、ずーっと置きっ放しで動かさないでいると逆に調子を崩すし、なによりクルマ本来の役目を果たせず可哀想でもある。ただ、ボクの身体はひとつしかないし、全部のクルマの相手をするのは難しい。だから、晶ちゃん、君さえよければ通学でも買い物でもデートでも、普段使いしてやってくれないかい?』
厚かましくて申し訳ないけど、そうしてもらえると有り難いんだが……、と、一部ひっかかるところはあったものの、おじ様はそう言ってオレに頭を下げてきたんだ。
ふたつ返事で、即了承したよ。
おじ様の頼みだ――断るだなんて選択肢はオレにはそもそも無かったけれど、
加えて、迷惑料とか言って、ガソリン、オイル等かかったお金は経費としてみるとまで言われてしまっては、相手がおじ様でなければその厚遇ぶりに絶対ウラを疑うところ。
という次第で、
通学をはじめ、自前の足があるとないとじゃ大違いだし、お言葉に甘えて以後、大事に大切につかわせてもらってるんだ。
ホント……、
おじ様、愛してる。




