35.敵を知り、己を知れば百戦危うからず―3
「結構です。たいへんよろしい」
オレが縫い上げた雑巾の山を、ひとつひとつ検分し、婆ちゃんは頷き言った。
「言葉遣いと所作は目に余りますが、縫い物については及第点をあげましょう」
「サンキュー婆ちゃん、って、アイタッ」
褒めてくれたからお礼を口にしたのに叩かれた。
理不尽。
でも、
「貴女がここに来たのは久留間さんと親しくしているという女性について訊ねるためでしょう?」
末尾に『?』こそ着いてるものの、ズバリ、的ど真ん中を射られて尖らせかけていた唇をあわててオレは引き締める。
「な、なんでわかった!?」
念のため訊くと、
「つい先日、そのお嬢さんがお母様といっしょにお越しにになっている時に徹がやって来て目をまるくしてたもの」
それで、その件の連絡があったから、今日、貴女が来たんじゃないの? と、これまたズバリな推測の言葉をきかされた。
ををぅ、徹のくそバカ、婆ちゃんにもろバレしてるじゃん。
まったくもって使えねぇ。
オレは唾をひとつ飲み込んだ。
「実は婆ちゃんの言う通りなんだ。徹のヤツが、見慣れない若いおんながおじさまに付きまとってるみたいだなんて言ってよこしたんで、少し心配になっちまって」
どんなヤツだか婆ちゃんに訊こうと思ってよ、と言う矢先にまたぞろパシンと叩かれた。
「アイタッ」
頭じゃない。
オレは罰としての縫い物やらされてた時のまんまで正座を絶賛続行中だし、そのオレに向き合ってる婆ちゃんもまた膝つき合わせるような感じで正座している。
だから、叩かれたのは足――精確に言うと、膝のすこし上あたりの太股だ。
で、痛い。
たぶん鞭で引っぱたかれたらこんな感じじゃないかって思っちまう程、バリ痛い。
なんなんだろうな。
年取って肉が落ちた分、緩衝材なく骨が直接あたってくるとかなのか、それとも(こっちの方がありそうだが)肘とか手首だとかのスナップがやたら効いてやがるのか。
もしかして、ビンタじゃなくて鞭打だったりするのかも。
とにかく、婆ちゃんに叩かれると痛いんだよ。
オレが思わず悲鳴をあげるくらいだもん。
骨身に染みるとか、そういうレベル。
婆ちゃんは溜息をついた。
「ほんとにね、貴女が子供の頃から久留間さんのことを慕っているのは知ってるけれど、そして、見合う相手になろうと努力していることも知ってるけれど、せめて、そのがさつさがもう少しなんとかなったらねぇ……」
吐き出した息の量と比例する感じで、しみじみ言われた。
ちぇ。
自分が女らしくないことくらい、自分がいちばん知ってらい。
「だけどよ、婆ちゃん。オレってお面はなかなかイケてるし、スタイルもいい。すくなくとも婆ちゃんに教わった武術の鍛錬を今でもちゃんと続けているから贅肉ゼロで、デブじゃあないし、ガリでもないよな」
どうよと、すこし顎を上げ、身体をひねって容姿の良さを披露した。
だけど、婆ちゃんはまた溜息をつく。
「まあ、見てくれはそうだと認めてあげないこともないわ。でも、縫い物はともかく、貴女、お料理はできないし、じっとしている、おとなしくしている事もできないでしょう? 行動的と言えば聞こえはいいけど、つまるところ、我慢が足りない、落ち着きがない。おんなとしては先天的にお淑やかさに欠けているのだわ」
こちらの肺腑を深々えぐる毒を吐きかけてきた。
「ぐ、う……ぅ……」
心理的、どころか物理的にも心臓に痛みをおぼえてオレは思わず胸を押さえる。
「それに較べて安藤さん――貴女が知りたがっているお嬢さんはご立派よ? お母様が料理研究家ということで、これは何がお気に召したかはわからないけど私を訪ねてみえるのね。おこがましいけど私に料理をおしえてほしいんですって」
そう言って、
「でも、この家は山奥でとにかく不便な立地でしょう? だから、はるばるクルマで来るしかないのだけれど、道中の運転はそのお嬢さんがお母様になりかわってされているのよ、それもほとんど毎週毎回ね」
自分の用事もあるだろうし、若いから遊びにも行きたいでしょうに本当に親孝行なお嬢さんよねぇと、更に傷口に塩をなすりこんできた。
しかも、それでオシマイじゃない。
「だいたい、自分の見てくれの良さを貴女は主張するけど、久留間さんは女性を外見だけで判断される殿方かしら? 私は古い人間だから考え方も今風じゃない。でもね、殿方というのは、若い時分はともかく、ある程度年齢がいくと傍におく女性は、落ち着いた感じの自分が安らげるタイプを望むものなのよ」
貴女は一体どうかしら?――クリティカルヒットなとどめを刺してきやがったのだった。
お願い、婆ちゃん、もぉやめて。
オレのライフはとっくにゼロよ?
と、
オレが畳の上で絶望に溶けた染みに変じかけた時、
TELLLL……!
ズボンのポッケに入れてたスマホが着信音を響かせた。
反射的、と言うより習慣――惰性でスマホを取り出し画面を見れば、そこにはオレが所属しているサークルの後輩の名。
念のため――ホントのホントに念のため、婆ちゃんに、ちょっとゴメンと断って電話を取れば、
「せ、先輩、たすけてください!」
どうした? と、こちらが用件を訊く前にそう叫ばれたのだった。




