34.敵を知り、己を知れば百戦危うからず―2
座敷――畳の上に直接正座。
当然のように座布団はナシ。
手許には端切れ。
でもって、やっているのは針仕事。
座った横には出来上がった雑巾が山と積まれて、
そうしたなかで、オレは意識を宙に飛ばしてた。
なんなら幽体離脱してたと言ってもいい。
婆ちゃんに叱られる度、けっこうな割合でこうして縫い物をさせられるので、もう慣れたという段をはるかに越えて、手指の方が自動で運針するレベル。
婆ちゃん曰くで、『あんたには雑巾掛けとかをやらせるよりも、こまかい作業をさせた方が精神修養になる』ってことらしいけど、おかげで悟りがひらけているんじゃなかろうか。
で、
チクチクチクチク……、そこまで必要か? な量で雑巾を量産していきながら、頭はぜんぜん別のこと――未来の旦那様のことをずっと考えていたりするオレなのだった。
考えてみれば……、ってか、考えるまでもなく、未来の旦那様こと久留間鴎外さんとオレが知り合ってからは長い。
なにせオレがまだ中学生、弟――クソガキの徹が小学生の頃からだから、かれこれ一〇年ちかくにもなる。
本当の意味で知り合った……、好きになったきっかけは、徹がおじさまの部屋に勝手に入ったことだった。
当時、すでにこの山神の家を購入していたおじさまは、だけど、ここに引っ越してきて住まうワケでなく、元は養蚕室だったという二階を改装してそこだけを自分のエリアとして使用していた。
家全体にわたって手を入れ、新築同等(以上?)にリフォームを施していたけど、爺ちゃん婆ちゃんが生活の場にしていた一階部分はそのままお二人でつかって下さいとの事だったらしい。
代わりに家全体の管理業務(?)をお願いしますと一応条件らしい条件はつけたらしいが、まぁ、なんとも爺ちゃん婆ちゃん側に都合のいい――気前がいいはなしなのには違いなかった。
で、
金に飽かせてと言うか、家の外見はほぼそのままなのに、中身はどこぞのタワマンかとばかりに最新鋭のアイテム、家電がズラリと備え付けられてある。
なにしろ山奥のこととて訪ねていくにはクルマが必須。
細い山道、ワインディングしていて、かつ、急勾配が連続している道をそれなりの時間運転しなければならない。
だから、そうそう来れないんだけど、それだけに子供にとっては格好の遊び場――豊かな自然だけでなく、自宅はおろか、友だちの家なんかでもおよそお目にかかれないあれやこれやに夢中になった。
特に徹のバカが。
今でもそうなんだけど、おとこでガキときてるから、きっと爺ちゃん婆ちゃんが住んでるこの家が、オモチャ箱どころか宝の山みたいに思えてたんだろう。
それである時、アイツは身の内にかかえた好奇心がどうにも抑えきれなくなった。
おじさまが自分のプライベートスペース――管理人たる爺ちゃん婆ちゃんでさえ滅多には中に入らない二階に足を踏み入れた。
もちろん、中を覗いてみるだけ。
なにかを盗んだりとか、イタズラしようだとかは考えてもなかった事は間違いない。
いくら分別のないクソガキで、自制心に欠けた思慮の足りないバカでも、その事だけは断言できる。
もし、そうじゃなかったならば、今からだってオレがアイツをぶち殺す。
それでまぁ、はなしを戻すと、おっかなびっくり階段をのぼって二階にあがった弟は、おじさまの部屋に入って、そこでやらかした。
オレもこれまで(もちろん、おじさまに許可されて&おじさま同道で)片手で数えられる程しか入ったことはないけど、とにかくお部屋の中はちらかっている……、もとい! 雑然としている……、いやいや! お部屋の主にはわかるような物の置かれ方をしてある。
それだけに不慣れな者には入るなという事なんだろうけど、
とにかく、
よせばいいのに部屋の中をあれやこれやと見てまわっていった弟は、気付けば深入りしすぎてた。
爺ちゃん婆ちゃんの山神の家は、さっきも言った通りで名主か庄屋か代官か――いずれそこそこ名のある家だったから広く、
かつ、昔は蚕を飼っていたりもしたから二階の部屋には間仕切りとか無い。一階とほとんど同じ面積が、ぶち抜きの一間となっている。
おさえきれなかった好奇心に誘われるまま、二階の部屋の奥深くにまで入ってしまった弟は、あちらこちらに無造作……、訂正、自由なレイアウトで散在しているあれやこれやを見てまわってて、多分、そのどこかのタイミングでおじさまがやって来たことに気がついた。
きっと、クルマのエンジン音かなにかで察したんだろう。
で、慌てた。
子供心に、バレたらまずいと蒼ざめた。
この部屋の正当な主たるおじさまがここに来るまでに逃げなければいけない――そう思って階段の方へと戻ろうとして、
そこで、おじさまが部屋に置いていた品物に足をひっかけた。
踏んだか、蹴飛ばしたのか、それとも躓いたのか、そこまでは知らない。
でも、その結果、それは壊れた。
壊してしまった。
……オレはその時、なにをやってたんだったか……。
もう記憶はおぼろだけれど、それでも憶えているのは大泣きしている弟の声。
その弟にすがるように抱きつかれてひたすら困惑しているお袋の姿。
そして、平謝りに謝っている爺ちゃん婆ちゃんと、それから、壊れた……、壊されてしまった品を手に、どこか困ったような、でも、けして怒ってはない顔で、弟をなぐさめ、爺ちゃん婆ちゃんに頭をあげてくださいと言ってるおじさまの姿だった。
その後、ようやく泣きやんだ弟をつれ、二階へあがったおじさまは、ふたたび、でも、今度は一緒に部屋のなかを見てまわりながら、そこに置かれてある数々の品物について説明をしていった。
いろいろな国の、珍しい物、見たこともない物。
新しかったり逆に古かったり、今にして思えばクルマ関連の品が多かったような気もするけれど、
とにかく、そうこうしている場面でいちばん記憶に残ってること。
それは、弟になにか気に入った物があったら君にあげるよと言ったこと。
そして、
おなじ言葉をオレにもかけてくれた事だった。
その時もらった品物は、今も大切にオレは保管してるし、きっと、弟もそうであるのに違いない。
それが、今にいたるオレの初恋で、かつ、人生進路が決まった瞬間なのだった。




