第九十五話 世にも珍しい光景
体育祭とは実に不思議なことが頻発する。
今現在長距離を走っているのは館林雅樹というイケメン。これがどういう状況を生むかと言えば。
「きゃあ~! 館林ー!」「走れー!」「きゃあ~!」
プロの陸上選手が走っても見向きもせずスマホを触るのに素人の生徒が走れば黄色い声援が飛ぶという名探偵でも解決不可能な摩訶不思議なことが発生する。
「柚子。爪痛い」
「サンドバックになるって約束でしょ」
「そんな約束した覚えないんだけど」
「カッターよりマシでしょ」
イラつきを隠そうともせず俺の腕に爪をたてる柚子。
横にいる海原もいつもなら止めてくれるのに今は無視を決め込みこちらを見ようともしない。
触らぬ神に祟りなしとはよく言ったもの。触らなくても祟られる俺はどうすればいいでしょうか。
「この状況、まさに陰陽だね」
「伊吹先輩」
外は暑いというのに長袖ジャージを着た先輩が前の椅子に座った。
「どういう意味ですか?」
「輝かしい容姿と功績を手にするイケメンと、それの影響で過去に傷を負ったり後ろ指を指される凡人達。海原さんは直接関係ないけど陰か陽かと言われれば陰だよね。同じオーラを感じる」
「後輩の純粋な問いになんて返しを」
海原怖がってるじゃん。
この人将来インチキ占い師とかになってそう。凄みがあるから信じて貰えそうでなにより。
「人の過去をほじくり返さないでください。今もまだ少し痛むので」
「アタシ後ろ指なんて指されてませんよ。クラスメイトとかから皮肉は言われたりしますけど......」
「ほんとに陰があるなんてね。適当に言ったのに」
適当で地雷踏む抜くとか才能だよそれはもう。
ここは仕返しといこう。
前に座る先輩に対して俺は皮肉をぶつけた。
「伊吹先輩こそ、クラスメイトのところ行かなくていいんですか?」
「クラスにぼくの居場所があると思うかい? オタクでコミュ障で絵ばっか描いてるぼくに」
ダメだこの人。他人に踏まれるくらいなら自分で地雷を踏むタイプの人だ。
瞳は前髪で分からないはずなのにどうしてだろう。目で殺されそうなのは。
「先輩を煽るとはいいね」
チラリと前髪からのぞく目があとで覚えてろと言っている。
恐怖から逃れようと視線を前に向ければ見えるのは女子の背中。その頭の間から奥を走る生徒の姿が見える。そこには俺の幼馴染である館林雅樹の姿も確認できた。
長距離走だというのに楽しそうに走る姿はカッコイイと言える。柚子曰く、可愛いんだとか。
「柚子は雅樹の応援しなくていいのか?」
「出来ないでしょ。これじゃあ」
柚子は目線で前の集団を見た。
テント最前列を覆いつくす女子の集団は俺の身長でも時々グラウンドが見える程度。
「彼女だろ」
「それでも! 出来ないことの一つや二つあるの!」
少しイラついたような声で柚子は答えた。
もっと胸張ってもいいと思うけどな。雅樹を射止めた乙女として。
「今はキャーキャー言わせておけばいいの。雅樹は特に反応しないしそれだけ持ち上げられたら彼女であるアタシの価値も上がるってもんでしょ」
「へーそう考えるんだ」
「柚子先輩らしいですね」
基本待ちスタイルの柚子らしい考え方。
前には出ずに後方で相手の帰りを待つ。依存傾向と信頼が重いタイプ。
だがそれが柚子の美点である。
「ほんと雅樹と相性がいい」
「でしょ?」
「相性がいいんですか?」
「ああ。これ以上にないくらいに」
「彼は飽き性だよね? なにか書類頼んでもすーぐよそ見してる。武内さんが注意してくれるからなにも言わないけど」
そこだ。べたべたするより適度に甘えるのが雅樹の攻略法だ。その攻略法を柚子は自然体で出来る。それがなによりの有利さ。
雅樹が他の女子になびかない理由でもある。
「あーいたいた」
声のした方を振り向けば汗だくの生徒会長が手を振りながらこちらに近づいてきた。
「伊吹くん。人手が足りないから呼んでくるって言ったのにここでなにしてるのかな?」
腰に手を当てジト目な会長。
これには伊吹先輩も俺を盾にして横からチラ見。
「丁度いいや。山田くん達? もし手が空いているようなら手伝ってもらえないだろうか」
「分かりました。二人三脚までは暇なんで」
「助かるよ」
まずいな。暇だから了承してしまったものの。生徒会にはあまり関わりたくはないんだよな。
校長からの言葉に始まって生徒会長は既に三年生。来年はいない。
となると誰かが生徒会長にならなければならない。そうなったときに一番目を付けられるのは生徒会に貢献した生徒だろう。
「先輩? 顔が絶望してますよ?」
「気にするな。将来について急に不安になっただけだ」
このままでは俺が生徒会に入る未来もあるかもしれない。