第九十四話 足りないナニカ
九月の後半、あと数日で十月に入ろうという今日。
浜辺高校は体育祭という一つのイベントを迎えていた。
十月に入ろうというのに気温は二十二度と日向にいるだけで汗をかける気温だ。
「テントを用意して正解だったかもな」
天気は憎いほどの快晴で雲の姿は見られない。
こんな日に海原が太陽下へ出ようものなら確実に腫れるだろう。
「忌々しい太陽め」
本部席では既に生徒会メンバーが全員ではないが揃っており伊吹先輩が目を細めながら机に突っ伏した。
「こういう時でも生徒会は揃わないんですね」
「まあ、僕が勝手に選抜した人達だからね。意欲的な人は少ないよ」
一見意欲的に見えない伊吹先輩は実は真面目だったわけだ。
「会長はイケメンを描くにはいい素材だけどそれ以外は微妙だしね」
どんなに暑さでとけていても煽りだけはするクソガキの鑑。そのうち解らされそう。
「伊吹先輩は会長がイケメンじゃなかったら真面目にやってないんですか?」
「当たり前だよ。誰が創作の時間を削ってまで慈善活動なんかするか」
「でもこの前内申がどうとか言ってませんでした?」
「はっ! あんなの生徒会と内申のシステムを知らない馬鹿を釣るための餌に決まってるじゃないか。多少なりプラスになってもそれが決め手にはならないし」
暑さでイライラしているのか伊吹先輩はそう言い捨てた。
生徒会長もやれやれといった様子で否定はない。ドブラック過ぎて涙が出てくる。
「さて、夢も希望も人望もない生徒会による体育祭が始まるよ」
言ってて悲しくないのか。
生徒がある程度校庭に出てくれば熱気もそこそこ感じられる。
がやがやと喧噪が広がりまさしくお祭りのよう。
「今年からテント配置じゃん。今日暑いから助かるわ~」
「自販機も使えるようになってたしよ。やべめっちゃ気が利く生徒会じゃね?」
他の生徒の談笑を盗み聞きするしかやることがない。
普段の休み時間俺なにしてんだ。流石に昼休み以外に海原が来ることはないし十分休みの時は自分で時間を潰していたはずだ。それなのに今は自分の行動を思い出せない。
「どうしたん? そんな怖い顔して」
空いている前の席に雅樹が大股を広げ座り、柚子がその横の席に座った。
「いや、俺どうやって時間潰してた?」
「いつの話?」
ここは頼れる幼馴染に聞こう。
「十分休みとか短い時間だ」
「普通にアタシたちと喋ったりなんかボーっとしてたりするじゃん」
「時々寝てる」
ザ、陰キャみたいな過ごし方だな。俺。
「そんなことで悩んでたのか? それなら誘えよ! 水くせぇ!」
こういう所も雅樹が色んな人から好かれる理由なんだろうな。
「もしかして海老ちゃんとなんかあった?」
これは純粋な疑問だろうか。それとも俺の反応から分かったことなのだろうか。
後者だとしたら柚子が恐怖の対象となってしまう。
「そんなんじゃない。けど海原の存在がデカいのは否定しない」
「ふーん」
耐えろ。耐えるんだ俺。今なにかしたのアクションを起こせば嘘だとバレる。どんなアクションが確信へと変わるか分からない状況ではポーカーフェイスに目をそらさないことが一番だ。
『まもなく開会式を行います、生徒の皆さんは校庭中央に集まってください』
放送委員からの案内がされ俺はやっと柚子から視線を逸らせるようになった。
「しゃ! 行こうぜ龍輝!」
「ああ」
椅子から立ち上がり柚子の横を通り抜けようとした時、柚子がぼそっと喋った。
「海老ちゃんとキスでもしたのかと思った」
あながち間違いではない。俺の記憶にはないがあの日、海原の口からそう聞いた。
俺の歯が海原の唇を裂き、お返しにと海原が俺の唇に噛みついたらしい。
だからだろうか。少しびっくりしてしまった。
「......へ~」
後ろから聞こえる知った風な愉悦を含む声。
振り向いてはダメだ。無視を決め込んで俺は雅樹の横を並んで歩いた。




