第九十六話 よーし。後ろ警戒で警備に行こう。
「手伝いってなにをすれば? 用具は全部外に出してありますし、進行に影響はないように見えますけど」
本部へと向かう生徒会長の後ろをついていきながら俺は尋ねた。
「生徒会の仕事は体育祭の円滑な進行ともう一つあるんだよ」
いつもの調子軽い調子で生徒会長は言った。
「校内の警備っていう皆嫌がる仕事がね」
「嫌がるんですか? 昼間で怖くないのに」
「階段ですかね。全階数を見なきゃいけないならそれなりの階段ですけど......」
「体育とか移動教室で階段は使うから違うと思うぞ」
そんなんで階段を嫌がっていたら学校生活は無理だ。俺のクラスの水曜日は移動教室の連続だし。
「なにが嫌なんですかね」
「表現を誤魔化すけど時々人目につかない場所にゴムが捨ててあることがあるのさ」
「ごむ」
海原のオウム返しになにをさしているのか分かってしまった。
「それの報告と予防、もし行為中なら注意しなきゃいけないからね。割って入って」
「浜辺高校って平和なイメージでした」
「去年も誰かが?」
「そうだね。表目に見て荒れてるなっていう事件や事故は起きてないけどこういう年頃故の問題なら結構あるよ。ちなみに去年は僕の先輩がやってくれてたよ」
苦笑しながら学校のリアルを語ってくれる先輩。
気苦労故か若干やつれているようにみえる。
「それでも頼めるかな? 生徒会役員ではないから無理強いは出来ないんだけど」
伊吹先輩とは大違い、こちらの逃げ道を示したうえで判断を仰ぐ。
例え俺達が逃げ道に行ったとしても生徒会長は嫌な顔一つしないだろう。
「先輩、やりましょう」
「随分と乗り気だな」
「あわよくばその場のノ......うんん! 不純異性交遊はダメですから」
よーし。後ろ警戒で警備に行こう。警戒する場所が多い件について。
「そう言ってもらえるとありがたいかな」
「やりますけど。伊吹先輩じゃダメなんですか」
「伊吹くんだと人と上手く話せないんだよ。一度自分のペースに持ち込んでしまえば最強なんだけど」
やれやれと言った風に生徒会長は笑った。
「あ、生徒会だと分かるようにこの腕章つけて言ってね」
「高城会長」
「はいはい。ごめんね。よろしく」
俺達に腕章を渡したあと、呼ばれた生徒の後をついていった。
本当に忙しそうだ。
「それじゃあ先輩行きましょうか! 本当の愛というものを見せつけてやりましょう!」
校舎内に入るとあまりの静かさに体育祭の賑やかさからだいぶ離れたように感じる。実際はすぐそこで競技をやっているのにだ。
少し喋れば校舎内に声が響き、他に人がいないことが分かる。
「なんか特別な雰囲気を感じます」
「多分行為をしている奴らも同じ考えなんだろうな」
この異様な空気に理性が融かされ猿のように腰を振ることしか出来なくなってしまったというわけか。
ただ耳を澄ませてみても艶めいた声は聞こえない。
「生徒会長の例えがゴムってことは過去に本当に見つかったんだろうな」
「嫌ですよね~人が使った後のゴムを触るのって」
「気持ちのいいものではないよな」
静かな校舎を一階ずつ歩きながら声や不審な点がないか確認していく。
というか自然と海原と来てしまったが俺一人で良かったのでは? 二人一緒に行動するなら効率は変わらないしむしろ男女でこの不思議な雰囲気に包まれた誰の目にもつかない校舎内という場所に入ることは避けた方が良かったのではないか?
横の海原を見ても俺の指先を握ってルンルンなだけで疑問などはないように見える。至って楽しそう。
「誰もいませんし見てませんから先輩、キスでもしてみますか?」
「おいおい、俺達はそういう人達を注意しに来たんだろうか。腕の腕章の文字読んでみろ」
「硬いですねぇ。もう既にしてるんですから。今更ですよ」
「俺の記憶にはないから俺的にはノーカンだ」
「わたしは意識がある時にしっかりと先輩に奪われましたけどね? ファーストキス」
強調するかのように海原が口を大きく動かして言った。
その強調で俺の心に大ダメージ。残念なことに俺の心は無意識に乙女の唇を奪ったことに対して罪悪感を覚えてしまっているようだ。
「キスとは愛の証なんですよ? どんなに軽い関係でも一定の愛がないと出来ません。『この人なら別にいい』『この人がいい』と思えるからこそ出来る行為なのです」
「宗教勧誘なら生涯無宗教を誓ってるんで」
「もう一回、意識があるうちにキスをすれば分かりますよ」
「断る」
顔を背けるが海原との密着度は上がってしまった。腕を抱きかかえられ海原の赤い目が至近距離に迫った。
腕に当たる感触は男の胸と違いきちんと控えめながら柔らかい。同じ柔軟剤を使っているのに海原のジャージから香る匂いは優しく男の匂いとは全くの別物だった。
しばらく静止し海原がいたずらっ子のように笑った。
「ま、待つと言ったのはわたしなので今は引きますよ」
「そりゃどうも」
なんとか理性は働いてくれたようだ。ただその目は『いつでも食えるんだぞ』と言っている。
本気で部屋に鍵の取付を検討した方がよさそうだ。
「さ、行きましょうか。先輩?」
「あ、ああ」
苦労が倍になってもいいから伊吹先輩も来てもらえばよかったかもしれない。




