第五十五話 うわ、惚気とかきっも
指を絡めたままスライダーの順番を待ち、そして俺達の番が来た。
「彼氏さんが後ろに乗って抱えてあげてくださいねー」
ドーナツが二つ連結したような浮き輪を渡され、海原がルンルンで前に座り後ろをぽんぽんと叩いた。
やっぱり俺達は彼氏彼女の関係に見えるのか。
「それではいってらっしゃーい!」
浮き輪を手で押され、俺達はスライダーを滑り始めた。
全長五キロの道のりは滑りながらだと一瞬だった。まあ、俺が滑るのに集中しないでふくらはぎ辺りに触れる海原の柔肌に集中してたからというのもあるのかもしれない。
集中しないないのだから当然着水もミスる。ミスった結果、俺達の浮き輪は横転し水の中に放り出された。
目に入る塩素が痛くて目を瞑って顔を上げるためにもがいたのが間違いだった。
「せ、先輩!」
水の中でなにかが指に引っかかり顔を上げると海原が水着の上を押さえて顔を真っ赤にして顔だけを水から出していた。
そして俺の手には白い水着が指に引っかかっていた。
前を開けていたラッシュガードの間を絶妙に指が掠めてしまったらしい。
「か、返してください。おっぱいなら帰ってからいくらでも見せますから」
「わ、悪い。わざとじゃないんだただ必死に......」
俺が弁明していると顔を赤くしていた海原が優しく笑った。
「大丈夫です。そんな取り繕わなくても平気ですよ。幻滅したりしませんから」
「本当に違うんだって!」
その笑みは絶対になにか勘違いしている。
俺がそんな大勢の前で海原の水着を剥ぐわけないだろうが。二人キリでもやらない。
海原に水着を返すと海原は慣れた様子で後ろでリボンに結んだ。
「先輩のえっち」
「うぐっ......」
わざとじゃないにしても後輩女子の水着を剥いでしまったのは事実。言い訳が出来ない。
「次どこ回りましょうか」
「もう昼だけどなにも食べなくて平気か?」
「もうですか!?」
海原が時計を見ると時刻は十三時を少し過ぎた時間を表示していた。
まあ、このサニーランドの目玉に乗ろうとすれば待ち時間が長いし開園直後に駆けこまない限り三時間は待たされる。
「俺買ってくるから席取っといてくれ」
「了解しました!」
空いていたテラス席を海原に座ってて貰い俺はロッカーから財布を持ってきて売店へと並んだ。
「あ」
「うわっ」
俺と視線が合ったのは海原を椅子に固定した連中の一人。
どこがとは言わないが柚子より大きくアメより小さい標準的な大きさだ。
「どーも」
「なんで来んの......最悪」
嫌そうな顔を隠そうともせず俺に向ける可愛げのない後輩。
黒い水着を着てまるで自分の腹黒さをアピールするかのよう。とてもよく似合っている。
「あんまりそういう顔しない方がいいぞー。雅樹も来てるし昼だからあいつらも来るだろうし」
「そ」
元々会話をする気がないのかそれ以上会話が続くことは無かった。
だが俺は聞かなきゃいけない事がある。
「なんで海原にちょっかいを出した」
「別に」
「別にじゃねぇ。あの後ちょっかいを出してないようだから大事にはしないが普通だったら一発アウトだぞアレ」
クラスメイトを椅子に手錠で固定し物理的に孤立させるなんて停学くらっても文句は言えない。
俺に敵視が向いているならそれで結構。だがその後ろにいる海原に害が及ぶというのなら防がなきゃならない。
「気に食わなかっただけ。ただそれだけ」
「どこが」
「調子乗ってるところとか? 付属品先輩からはそう見えなくても女子からすれば調子乗ってんの。入学早々、上級生の教室行ってさ。抜け駆けっていうの? そういうのタブーだから」
やっぱり女子の中での暗黙の了解というのは男の俺には理解出来ない。
抜け駆けされたくないのなら、むしろ海原を見習ってターゲットにアタックするべきだと俺は考える。
「ま、今ここで恋愛観議論をしてもしょうがないから避けるが、海原にこれ以上ちょっかいを出すな」
ちょっかいと優しい言葉を使ってはいるが、女子のイジメというのを俺は知っている。
館林雅樹というイケメンを幼馴染に持ち、好きになってしまった俺の幼馴染から聞かされた。
だから柚子には友達と呼べる相手がいない。
「なに急に? 好きなの?」
「そうじゃない。脅すわけじゃないが、あの時俺が一年の教室に行ったのだって俺の意思じゃない。小畑先生から迎えに行けと言われたからだ。あの人の怖さは知ってるだろ」
知らないんだったら教えてやろう。去年の俺が嫌というほど。
「はいはい。好きなのは分かったしせんせーに目をつけられてるのも分かったから。この話はおしまい。あとで説教でもなんでも聞くから」
面倒になったというよりは今この場ではしたくないという焦り具合。
俺が後ろを見ると柚子を連れた雅樹の姿があった。
前髪を後ろに持って行ったオールバックスタイル。体育などで動かされるおかげでそこそこに筋力がついた肉体美に加え顔は爽やかイケメン。今すぐ溺れて死んでほしい。
「龍輝! あれ、海原さんは?」
「席とっといて貰ってる」
「あーじゃあ柚子、一緒にいてあげたらいいんじゃないか?」
「あーい。分かった」
雅樹がお願いすると柚子は笑顔でテラス席へと向かった。
そして視線を前に戻すとキュルンとした目をした可愛げのない後輩が居た。
「館林先輩の彼女さんですかぁ~?」
「いや幼馴染。ついでにこいつもな!」
「おい」
肩に腕を置かれついで呼ばわり。そりゃ柚子と比べたら俺は付属品かもしれないけど。
しっかし見事な猫かぶり。人格が入れ替わったと言われたら信じてしまう変貌ぷり。
女というのは恐ろしい。
『お客様のお呼び出しをいたします』
場内アナウンスがかかり誰かが呼び出された。
『アメリア・ライアのお連れのお客様は至急ライフセーバー室までお越しください』
俺だった。深くため息をついて俺はその場を離れうとした。
すると、可愛げのない後輩が身体で進路を塞いだ。
「あの子だって猫被ってんだから」
「被ってないさ。被ってたら人が飲めないって言ったブラックコーヒーは出さないし赤面もしないだろ。全て計算なんだから」
もしあれで猫を被っているんだとしたらちゃんと被れてない。帽子のように頭先だけ被っている状態だ。
数か月前なら信じたかもしれない言葉だが今は俺の中で確固たる根拠がある。
たった数か月しかない短い時間の中ですら自信を持って言える根拠が。
「うわ、惚気とかきっも」
「可愛げのない後輩に真面目に取り合うほど俺は猫を被れないんでね」
可愛げのない後輩の横を通り過ぎ俺はライフセーバー室へと変態を迎えに行った。




