第五十四話 俺の身体が「海原海老名には勝てない」と白旗を上げている
八月の初旬。天気は生憎の雨。だが目の前の白い太陽はいつもより輝きを増しているように思える。
「先輩! どうですか!?」
ハイテンションで腰をくねらせポージングする海原。
写真で俺が選んだ、白地に青チェックにフリルがついた水着。実際に生で見ると青チェックが映える。
「可愛い」
「先輩が選んでくれた水着です。どうですか? 自分が選んだ水着を着た後輩は?」
「控えめに言って最高だ」
それと同時に支配欲が湧き上がってくる。これよりもっと海原を俺に物にしたいという感情が湧く。
がしかし、ここは自分の家でもないし小さな子もいる屋内プール。理性よ。頑張れ。
「うわーめっちゃ似合ってんじゃん!」
「エンジェル! ビーナス! 生きててよかったデス!」
一緒に来ていた柚子とアメ。
アメよ、柚子の横に可哀そうだから並んでやるな。無駄な抵抗が俺でも分かってしまう。
柚子は黄色のビキニにオフショル。アメはヒョウ柄の野性的な水着。ちなみにアメと俺の水着の柄は一緒だ。俺の水着はアメからの贈り物だから。
だがアメは水の中には入れないだろう。鼻血を拭かない限りな。
「ですよね!? 先輩が可愛いって言ってくれた水着なんですよ!」
「へ~。龍輝がね~?」
「なんだよ。良いものを良いと言ってなにが悪い」
「べっつに~?」
柚子は面白いおもちゃを見つけたように目を細めた。鈴音さんと同じ目をする。大抵よくない事を考えている時の目。
「んじゃ、飽きるまで各々遊ぶってことで」
「ハニーはアメと遊びまショウ!」
「アメリアさん」
海原がアメに肩を掴まれた瞬間、女神のような笑みと共に餌を投げた。
「あっちの浅瀬では本物の幼女が遊んでいますよ。この期を逃せばもうそんな機会ないと思いませんか? 合法的に本物幼女と遊べる機会なんて」
洗脳にも近いそれは狂信的な幼女ハンターであるアメには効果抜群。
俺が一回瞬きした時にはアメの姿は消え、ライフセーバーに捕まっていた。血を水にたらすなと。
「あ、アタシ泳げないから浮き輪でその辺浮かんでるわ。雅樹引っ張ってね」
「はい。楽しんでください」
海原が笑顔で送り出し、同い年ぐらいの女子に声をかけられていた雅樹も柚子に耳を引っ張られ連行。早く付き合わないかなあいつら。
視線を海原に合わせると変な顔をしていた。
「お前、顔変だぞ」
「し、仕方ないじゃないですか! まさか先輩と来れるなんて思ってもみませんでしたし! 水着を着れるなんて......」
「紫外線カットのラッシュガードをくれた父さんには感謝だな」
両親の人脈の広さには毎回驚かされる。
海原の親が来た時に居なかったのも、人脈を辿って紫外線カットの品を聞いて回っていたかららしい。親の行動力に驚かされる今日この頃。
「嬉しすぎて......どう喜んだらいいのか分からないんですよ......」
「笑えばいいんじゃないか? いつもやってるように」
笑えば基本的にマイナスな印象にはならない。
「え、えへ?」
「......どこから回るか」
ギギギ......と錆びついた音が聞こえてきそうなほど海原の笑いは不自然なものだった。
それがプラスの引きつりだったらいいんだが。マイナスだったら軽く寝込む自信がある。
「ダメなんですか!? 今笑いましたけど!?」
「ぎこちない。まぁ、遊んでれば自然と笑えるだろ」
「そうですね。あ、わたし! ウォータースライダーには絶対乗りたいです!」
「並ぶだろうし、最初に乗るか」
海原の手をとって俺は歩き出した。
地元では屈指の広さとプールの種類を誇るサニーランド。
高校生が一日遊んでも遊びきれるかどうかの広さと種類。売店の種類も多く、夏場は屋内ということもあり暇を知らないほどに忙しいだろう。
人混みの中をはぐれないように手を繋いでいないと簡単に見失ってしまう。
「かなり並んでますねー」
「まあ、一番の目玉と言っても過言じゃないからな」
俺達が並ぶウォータースライダーの全長は五キロ。パークを一周するような長さはサニーランドの看板遊具。来たなら一度は乗っておきたい。そして三半規管にダイレクトアタックされ二度と乗りたくなくなるスライダーだ。
その長蛇の列に俺達は並び始めた。
「先輩は来た事あるんですか?」
「なんで膨れてんだよ。地元なんだからあるに決まってんだろ」
「来た事については怒ってませんよ? 問題は誰とです」
ああ、連れてこられたよ。過去女たちによってな。と言ってもまあ、俺が目的じゃないから一人で浮き輪に乗りながら流れるプールで永遠と流されてたけどな。
去年はアメに連れてこられた。主にお守りとして。幼女を見たら駆け出すアメを物理的に止めなきゃならなかった。
結論、双方ともに楽しくはなかった。
「結構来たがどれも楽しくなかった」
「そうなんですね!」
そこ嬉しそうにするところ? 俺的には結構心に来るんだけど。何度も繰り返されるとな。
「いいんです! 辛い思い出ほど上書きしやすいものはありませんから!」
「よほど俺を楽しませる自信がおありのようで」
「だって先輩もう既に楽しんでません?」
初めての面子ってことでいつもと違うな~程度には思ってたりするけど。
楽しんでなんか居ない。
「わたしの手、こんなに強く握ってウキウキなのは先輩の方じゃないですか?」
海原が持ち上げた手は指まで絡まっていた。
俺がやったのか? 気づかないうちに? 海原の手ははぐれないように引いたが指をいつ絡めた? 記憶にない。無意識のうちに? 俺の方から絡めたのか?
「ちなみにわたしからではありません」
海原からの追撃が入り、急激な恥ずかしさに襲われた。
「は、はしゃいでなんてない。毎年のように来てる場所だ。今更ワクワクもない」
誤魔化すように手を放したが、逃がさないとでもいうように俺の指に海原の指が絡みつく。
「でもわたしとは初めてですよ? 先輩のことが大好きな後輩とは」
見透かしたような顔で俺を見上げる海原。目を細めからかうように笑った顔と煽るように動く手。
物理的な拘束は手だけなのに全身が動かなくなるような感覚。
これはあれか、俺の身体が「海原海老名には勝てない」と白旗を上げているんだ。
自分のことながら情けない。だがこんな海原になら負けてもいいかなと思う自分が心のどこかにいるんだ。




