第三十九話
「カヤデを、あなたの東宮にする、ということ?」
「そのほうが混乱は少ない。あなたとの相性も悪くは無いだろう。明日にでも臨時に天人たちを集めて会議を行う。その時に発表する。あなたはここで待っていなさい。全て終えたらカヤデがあなたを迎えにいく」
そう言い終わると、タケハの宮は立ち上がった。
「どこへ?」
「一度中界へ戻りイマチを引き渡す。そして、エムサラ姫、あなたの母上も一度中界へ連れて行く。あの方はもはやこの世界にあってはならない人だ」
―私の自由を望んで、結果的に私の自由を奪う原因を作った人。一度話しがしてみたかった。けれど、それも叶わないことだ。母との縁は、あの日九重の門を父とくぐった瞬間に切れていたのだから。
「わかった。気をつけて」
「あぁ」
翌日、未だ復興まま成らない天之宮で緊急会議が行われ、タケハの宮は天帝になった。そして、その場でカヤデとアマツの宮は、天之宮復興のために必要な人間だということで罪は許されたそうだ。
会議に出ることが出来ないので、天之宮の後片付けを手伝いたかったが、疲れが出たのだろう。私は日が暮れるまで眠り続けていた。
そして、火事から3日目の朝、私は日も昇りきらないうちに目を覚まし、庭へ出た。
何もない。ただの焼け野原が見える。ここを、いちから復興し、盛り立てていくのが私の使命。−カヤデと共に。
私は、天帝妃になるためにここに来た。だから、誰が天帝になろうと正直関係がない。けれど、カヤデなら。私はこの先一生彼を助け、仕えていける気がする。
「いち・・・殿」
呼ばれて振り返る。そこには、懐かしい顔があった。
「カヤデ・・・」
「いち様、ご心配をおかけし申し訳ございませんでした」
「アマツの宮・・・」
「いち君様!」
「あかるさん」
私は、この世界の天帝妃となる。
「タケハ・・・兄からの伝言を預かっている」
久々に会うカヤデは、あの舞の日から何も変わっていない。その声を聞いて思わず涙が溢れる。
「あなたが、本来の姿に戻りたいと思う日がもしも来たなら、いつでも連絡を寄越すように、だそうだ」
―女性の姿に戻る。いつか、カヤデの子を欲しいと願った時の話をしているのだろう。天界には後継者が必要だ。私が女の体であることに超したことは無い。
「本来の姿・・・ですか。あなたは、竜か何かの化身なのですか?」
タケハの宮が笑う。
「はい。そうなのかもしれません」
「私は、いち殿が竜であろうが物の怪であろうが、愛し続ける自信はあ
る」
「まぁ、坊ちゃんったら」
普段あまり表情を変えないカヤデが、あまりに嬉しそうに笑うので私も笑ってしまう。
「そうだね、今度私はカヤデのお嫁さんだ」
「嫌、か?」
カヤデが不安そうな声を出す。
もし私が拒めば、カヤデは絶対に無理強いはしないだろう。
私は、カヤデの頬に手を伸ばした。
「月界へは一緒に行けないけれど、天界では一緒にいよう」
そう言った時のカヤデの笑顔を私は一生忘れることは無いだろう。
お付き合いいただきまして本当にありがとうございました。少しでも皆様に楽しんでいただけていたら私は幸せです。