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雑記  作者: 飯田橋 ネコ
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おもいで

<ちっちゃい時代>

 おばあちゃんのせなかでウトウトしながら“ねんねんころり”を聞いてた昼下がりが最古の記憶。ぬか漬けとトイレのクレゾールの匂い。たぶん2才くらいの記憶。そしてこの頃は一日一日がとてつもなく長く感じられたような気がする。


<幼稚園時代>

 きちんと遡れるのはこのあたりまで。通ってた(片道2km、子供の脚で徒歩30分以上)幼稚園(卒園生では渡邉恒雄さんとか倉本聡さんが有名)はキリスト教。イエスさまのお話聞いてて思ったのは、“おもったことやただしいことをいうと、ころされるんだ”ってコト。クリスマスはサンタ信じてたけど、イースターはイエス様復活とか到底信じられなかったけど言えなかった。すぐそばに別のキリスト教の教会があってそことケンカ(宗派が違うとかで長年に渡り諍いがあった模様)してるってことはわかってた。それから牧師先生が交代した時、“ほうちょうみたいに”アタマのいい先生だったから、“きっとうまくいかないにちがいない”って思ってたら、ホントに信徒が減ってたらしい。あとこの頃は夢で翌日起きることが見えてたので、“ゆめ”ってそういうものだとおもいこんでいたけどだれにもおしえなかった。


<小学校時代>

 学区の隅っこにおウチがあった僕は、やっぱり片道1km弱を徒歩15分くらいかけて通学してた。つまずき人生のはじまり。まず初手からおたふくかぜで入学式出られなかった。おかげでクラス内では転入生枠だった。

 一年生。ロシア人の同級生が牛面集めてたのがウケた。あと自宅で弟と火遊びしてゴミ箱ファイヤーで火事出しかけたけど消火できたから黙ってた。

 二年生。地元の公民館でお芝居見た時、トイレ行った帰りに舞台袖に迷い込んで将来の仕事場はこういうトコなんだとわかった。あと学芸会で初めて音楽係(カセットテープで音楽流す係)やって、やっぱりコレなのね、って思った。

 三年生。図書室で読む本はノンフィクションばかり。作られた話なんて読む価値もないと思ってた。それからクラスのヒトの縄跳びカードにヨダレ垂らしちゃって嫌われた。動物園遠足は風邪ひいて行けなかった。

 四年生。家庭科の先生の、“まずは皆で包丁研ぎましょう”のコーナーが大好きだった。あとミニ四駆。タミヤじゃない奴買って貰って友だちにバカにされた。車体が大きくてコース(もちろんお金持ちの子のウチの公式コースだ)にも入らなかったから友達づきあいからも外された。水族館遠足は風邪ひいて行けなかった。

 五年生。理科の先生がPC-6001(たぶん先生の私物)教室に持ち込んでBASICの計算プログラムに数列の平均値出させてた。蝿が止まるくらい遅かった。クラスの中の暗算速いヤツのほうが勝ってた。僕は若干負けてた。この理科の先生は学校内の視聴覚システムも手がけてて、全校集会なんかも体育館に集まるなんてムダなことしないで放送室に作った仮設スタジオから各教室のテレビに校長先生の“お話”中継してた。貧血でぶっ倒れる児童の面倒みるよりよほどラクだったんだとか。先生率いる放送部に入れなかったことがその後の僕の人生に少なからず影響している。あと移動教室は風邪ひいて行けなかった。

 六年生。校庭に草積み上げて縄文土器作った。着火の際に火だるまになりかけて髪の毛チリチリになっちゃった図工の先生が夜通し火の番をしてた。何故か図書館の司書目指すって卒業文集には書いてたと思う。


<中学時代>

 荒んだ感じの学校だった。おおかた

http://ncode.syosetu.com/n0412dq/49/

に書いたような感じ。部活は陸上部だった。あと生徒会は副会長だったと思う。生徒会選挙の時は“このたび副会長に立候補させていただきました○○です!”ってホントの選挙みたいに演説してバカにされたけど気にしちゃダメだと思った。不良のクラスタと優等生のクラスタ両方に知己がいたし、文化祭では空き缶壁画の設計図徹夜で引いて制作仕切って地元新聞にも載ったけど、結局のところなんか浮いてた。スキー教室は風邪ひいて行けなかった、のでお家でHyperTalk2日間で習得してプログラム組んで遊んでた。この頃見てた夢の記憶はあまりない。


<高校時代>

 受験がめんどくさかったから推薦で入れる高校でもちょい下あたりのランクの高校に入った。おおかた

http://ncode.syosetu.com/n6030do/

で書いたような感じ(若干大学時代のエピソードも混ざってるけど)。

 初めてスゴイと思える先生に会えた。スゴイと思えるイベントでいっぱいだった。クラスのヒトたちもおおかたぶっ飛んでてスゴイうけた。部活と行事と校外活動に明け暮れて勉強なんかしなかったけどなぜか模試の偏差値74とかチートキャラだった。しかも偏差値の意味わかんなくて(もちろん概念はわかってたけど)“おおかた百点なのにナニこの数値”とか本気で悩んでた。英語はわりに得意科目(読解なんかは書いてある内容が簡単だから余裕)、数学・物理はお絵描き(問題の解き方はホントにお絵描きみたいな感覚)の時間、倫理なんかは常識的なコト考えてればよかったし、国語に至っては勉強した記憶すら全くない。

 夜。屋上の天文台で惑星とか見てたせいで睡眠時間が2〜3時間って日もあった。

 朝。夜遅くまで翻訳の仕事してた母の代わりに朝ごはん作ったりしてた。自分で自分の弁当作ってた時期もあった。

 バイト。神田の高架下にあった洋物の裏ビデオの輸入屋の経理のバイト。それから岡本太郎記念館の資料整理のバイト。時給にすると1000円位はあったから当時としては稼げてたほうだと思う。太郎さんの言葉に触れ、それまでは高卒でPA会社入ろうと思ってたけど考え直して、一応四大出ようと思った。

 校外活動。バンドのデモテープの録音で貸しスタジオで徹夜したり、ライブの照明やったり、演劇部や演劇部の上級生が旗揚げした劇団が小劇場とか老人ホームとか児童館まわてったからその音響したり。

 この頃からいろんな集団やヒトたちと関わるようになって、自分を分割する必要に迫られて、それぞれの場所用のキャラを作り始めたんだと思う。

 まぁ、こんな感じで朝から晩まで色んなことやって忙しくて受験勉強とかする暇なくて勉強しなくても入れそうな大学受験した。面接では面接官の先生と口論になっちゃったけど筆記は簡単だったから入れた。

 あとこの時期を境に夢の内容が翌年から数年後に起こるイベントや災害になり始めた。そのことに気付いたのは数年後そいつらが全部現実のものになってからのコト。


<大学時代>

 自分でもどうしてそうしたのかわからないけどあんまり自分を表に出してはいけないような気がして出さないようにし始めた。と同時に高校時代の記憶を無くしていった。そうしないと世間様に馴染めないような気がしたからだと思う。

 比較的穏やかな四年間。授業はそれなりに頑張った。現場もいっぱい行ったけど最初にきちんと稼げたのは遊園地の舞台監督(コレほんとに大変だった。舞監&照明&音響&衣装メンテ&金銭管理&ケータリングとかありえない物量の仕事こなしてた。未だにコレ超える現場に出くわしたことがない)の仕事だった。それまでは基本持ち出し。

 その持ち出し分稼ぐためのバイトは、街の写真屋さんでフォトショ加工したり、印刷会社で版下とかWeb作ったり、総務省や郵政事業庁で黎明期のIT土方やったり。

 新聞の販売店、自動車ローンの会社、カーディーラー、新宿の高層ビルのオフィス、五反田の雑居ビルの中小企業、大手銀行のデータセンターなどなど、とにかくあらゆる種類の職場に出入りして、あらゆる職場の空気に触れてた。

 一応立場的には大手IT企業(IBMだったりNECだったりその日によって様々)から派遣された作業員という設定だったので、それぞれの職場の空気に合わせて即座に雰囲気作り変える必要に迫られそのようにした。


 キャラクター作り変えるのに一番ラクな方法は、その場の空気とか目の前にいるヒトの思考を取り込むこと。心のインプットゲインを目一杯に上げれば容易に取り込めたので簡単だったけど、これに慣れすぎていろんな悩み抱えたヒトたちの依代にさせられるコトも多くなった。あと自分がどれだったかわけわからなくなっていたんだと思う。話す相手によって全部作り変えてるのがバレてて心底嫌い抜かれたコトもあったけど、当時はなんで嫌われてるのかわかってなかった。


<研究室時代>

 恩師に“残ってみたら?”と言って頂いたので内定蹴って残ってみた大学の研究室。まぁ内定くれた会社もただのブラック会社だったからちょうど良かったのかもしれない。1年間の休息。社会人になるということへ向けて心を固める季節。これまで生きてきた中でも一番凪いでいた。


<社会人時代>

 まさか入れると思ってなかった今の職場。最終面接の直前に“ココではそうしたものは役に立たないからな”と言われてカバンに戻したとてつもなく長い職務経歴書とともにそれまで作り上げてきた自分も仕舞いこんだのだと思う。いつものお得意の思い込みで、“そういうものだと”思って。

 今まで会ったことのないような雰囲気のヒトたちに会って、今まで通りインプットゲイン上げてた私はホントに妙なキャラクターになった。15年間。気付くこともなく。


 そして夢が現実のものとなった。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1865977585&owner_id=311662

ここに書いてあるものはほんの一部。書いてないもの、抽象的すぎて書くことのできなかったモノがホントに大量にある。さすがにコレはおかしい事象だと思い始めたのもこの時期。だからといってどうということもないのだけれど。


<ここ数ヶ月>

 アタマの中が文字まみれになって急に書かされ始めた。最初はナニが起きたのかさっぱりわからなかったけれど、ナンのことはない、仕舞いこんでた自分が元通りに出てきただけのコトだった。ただ正確には元通りじゃなくて、文章を書くことができるようになったり色盲が改善したりヒトの考えてることが正確にとらえられるようになったりしてて、若干バージョンアップした。ファームウェアが書き換えられてた感じ。せっかくだからいろいろ試みてみようと思う今日このごろ。


 以上、これまでの38年の人生をおおよそ38分で回想してみました。まだまだいっぱい思い出せそうです。それにしてもこんなにもいっぱい忘れてただなんて、ヒトの記憶なんてアテにならないものですね。

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