第51話
吉井理子物語 第51話
埼玉の乾いた熱気が、スタジアムを支配していた。
後半戦の開幕。マウンドに立つ理子の脳裏には、オールスターで見たあの「異能」たちの残像が焼き付いていた。烏丸の圧倒的な鉄球、石井の掴みどころのない脱力。
「……真似はできん。じゃが、盗むことはできるわい」
一回裏。マウンド上の理子がセットポジションに入る。観客、そして西本監督が、わずかな違和感に目を細めた。
これまでの理子は、右拳が地面を擦るほど深く沈み込む、純粋なアンダースローだった。だが今の彼女の重心は、僅かに高い。
(アンダーの「浮き」と、サイドの「威力」……。その中間に、わしの生きる道があるんじゃ)
初球。
理子の腕が、斜め下四十五度から鋭くしなった。サイドスローとアンダースローのハイブリッド。百四十キロの内角シュートが、一番・吉永の懐を猛烈な勢いで抉る。
――バシィィン!!
「ストライク!」
吉永が思わず仰け反った。これまでの理子の球は「這い上がってくる」感覚だったが、今の球は「斜め下から突き刺さる」ような重厚な破壊力を伴っていた。
「……なんじゃ、今の球。吉井の奴、フォームを変えおったか!?」
シーガルズのベンチで黒木が身を乗り出す。坂本監督も眼鏡の奥で驚きを隠さない。
球種は変えていない。シュート、シンカー、スローカーブ。しかし、リリースの角度が変わったことで、すべての変化の「ベクトル」が狂い、打者の脳内データは無効化された。
続く二球目、外角へ逃げるスライダー。アンダー特有の浮きが消え、代わりに真横へ鋭く滑るような軌道。吉永のバットは、ボールの影さえ踏めずに空を切った。
(……ええ、ええぞ。肩への負担は減り、球に「芯」が通った気がするわい)
理子はメガネを指で押し上げた。
「……掃除屋でも、天才でもない」
一拍置く。
「これが、わしが見つけた『千葉の潜水艦』の新航路じゃ」
一死。
バッターボックスには、西鉄の巨砲・二番、山川譲二が、獲物を狙う獣の目でバットを短く持ち直していた。




