第50話
吉井理子物語 第50話
一勝一敗。真夏の夜の夢は、互いの意地を分け合う形で幕を閉じた。
だが、理子の胸に残ったのは、華やかな歓声ではない。烏丸の「鉄球」のような球威と、石井の掴みどころのない天性の脱力。
「……お祭り気分は、東京駅に置いてきたわい。ここからは、泥を啜ってでも順位を上げる時間じゃね」
後半戦、開幕。
千葉マリーンシーガルズが敵地で迎え撃つのは、四位・埼玉西鉄モンキーズ。
かつての「野武士軍団」の魂を現代に蘇らせたような、荒々しく獰猛な打球を飛ばす集団だ。球場に足を踏み入れた瞬間、理子の肌を刺したのは、洗練されたラビッツとは対極にある、むせ返るような汗と熱気の匂いだった。
マウンドに立った理子は、大きく息を吐き、バッターボックスの一番・吉永寿一を睨みつけた。
「……モンキーズか。一匹残らず、わしの潜水艦で海に沈めてやるわ」
オールスターを経て、理子の指先には微かな変化があった。
これまでの「鋭い毒」に加え、烏丸の投球から学んだ「球の重さ」をどう表現するか——あえてリリースの瞬間に僅かに力を溜める、新しいフォームを試そうとしていた。
対する西鉄のベンチでは、西本誠也監督が不敵に笑っていた。
「……吉井、お前のアンダースローは、うちの『野生』が食い破る。覚悟しておけ」
一回裏、プレイボール。
理子の放った初球、地を這うようなシンカーに、吉永が迷いなく踏み込んできた。




