第48話
吉井理子物語 第48話
オールスター第一戦の夜、日本のプロ野球界に地殻変動が起きた。
「掃除屋」烏丸健二の衝撃的な登板。その映像は瞬く間に拡散され、深夜のスポーツ番組は彼の「百三十一キロの鉄球」の解析一色となった。宿舎のロビーには全十二球団のスカウトが血相を変えて集結し、清掃用具を持ったままの烏丸を包囲するという、前代未聞の光景が繰り広げられていた。
「……えらいことになったね。あのおじさん、人生の『大掃除』を一日で終わらせてしもうたわい」
理子は遠巻きにその喧騒を眺めながら、缶コーヒーを煽った。
翌日、オールスター第二戦。
全パの先発はファルード有志。そして全セの先発として再び指名されたのは、他ならぬ烏丸健二だった。
プレイボール。
一回表、マウンドには既に「全セの暫定エース」のような風格を漂わせる烏丸が立っていた。
対するは全パの一番・新庄浩三。
「カモン、掃除屋。僕のバットで、その黒い羽を白く染めてあげるよ!」
華やかなパフォーマンスで観客を沸かせる新庄。だが、烏丸が投じた初球がミットに収まった瞬間、スタジアムに「ズドン」という、野球の試合では聞き慣れない重低音が響いた。
「……重っ! なんだこれ、ボールの中に鉛でも詰めてるのか!?」
新庄の軽やかなスイングが、物理的な「重さ」に押し負けて力ない三飛に倒れた。
「……ええね。あの無骨さ、嫌いじゃないわ」
一塁側ベンチ。自らの先発試合ではないにもかかわらず、理子は最前列で烏丸の指先を凝視していた。
一回裏、全パのマウンド。
ファルード有志は、烏丸とは対照的な「芸術」を見せつけた。七種類の変化球を自由自在に操り、全セの打者たちを翻弄する。指先一つでボールを踊らせ、空を切らせるその姿は、球界の王者にふさわしかった。
「剛」を極めた烏丸の鉄球。
「技」を極めたファルードの魔球。
理子は二人の投げ合いを見つめながら、自分の右腕をそっとさすった。
「……スピードでもない。変化の数でもない」
一拍置く。
「わしの『アンダースロー』にしか出せん『毒』……それをもっと純化せんといけんね」




