第45話
吉井理子物語 第45話
真夏の祭典は、五回を終えて新たな局面を迎えていた。
理子が作った「静寂」とファルードが繋いだ「均衡」が、全パ・リーグが誇る助っ人レジェンドたちによって、一気に打ち破られた。
五回裏。マウンドには全セの二番手、才木和明。
先頭打者は、四番・ブーマー。
「ヘイ、ジャパニーズ・ヤング・ボーイ。いいボールだが、俺のバットには少し軽すぎるぜ」
巨漢が放った一撃は、打った瞬間にそれと分かる弾丸ライナー。バックスクリーンへ一直線に突き刺さった。
一対〇。
続く五番・オマリーは、ブーマーの熱を冷ますように冷静だった。才木のフォークをまるで素手で掴むように捉え、右中間を真っ二つに割る二塁打。無死二塁。
そして打席には、鳥居來樹。
理子はベンチで、アイシングを終えた肩を揺らしながらその背中を見つめていた。
(……鳥居さん。あんた、こういう場面で一番嫌な仕事するんじゃろ?)
期待通りだった。
鳥居は初球、才木の外角ストレートをあえて強引に引っ張った。一、二塁間への一ゴロ。自らはアウトになりながら、三塁へオマリーを進める。これ以上ない「プロの仕事」だった。
一死三塁。
スタジアムにチャンステーマが鳴り響く。全セの岡田監督はベンチでガムを噛みながら、「……そら、あんなんされたら守る方もきついわな。そらそうよ」と苦い顔でグラウンドを見つめていた。
理子は、鳥居がベンチに戻ってくる際、小さく拍手を送った。
「ナイス進塁打。あんた、お祭りでも真面目じゃね」
「……吉井。こういう地味な一歩が、最後にお前を勝たせるんだ。覚えておけ」
鳥居は無愛想に言い残し、ヘルメットを置いた。
理子はその横顔を、一瞬だけ見つめた。
派手なホームランでも、鋭い安打でもない。アウトになることを承知で、次の者のために走者を進める——それがこの男の、ずっと変わらない野球だった。




