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吉井理子物語  作者: 水前寺鯉太郎


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第42話

吉井理子物語 第42話 


 ――ッガァァン!!

 理子の渾身の内角シュートが、細田亜紀子のバットによって三塁側スタンドへと弾き飛ばされた。打った細田の手首は、微塵も負けていない。

 理子は思わず眉をひそめた。

(……なんじゃあ、あの重さは。男顔負けどころか、バッツの連中よりよっぽどエグい芯の叩き方しとるわい)

 細田はゆっくりとバットを構え直し、理子をまっすぐに見据えた。口角がわずかに上がる。

 声には出さない。瞳だけで告げていた。

 ――そんなにすぐには終わらせてあげないわよ。

 そこから、真夏の夜の「解体作業」が始まった。

 二球目、地を這うシンカー。細田は腰を落とし、タイミングを遅らせてレフト方向へファウル。三球目、外角へ逃げるスライダー。ギリギリのところでバットの面を合わせ、一塁側へ転がす。四球、五球、六球——。

 理子が投じる「毒」を、細田はことごとく無力化し、スタンドへ、バックネットへと丁寧に打ち込み続けた。

(……このアマ、わざとやっとるな)

 理子の額から、大粒の汗が滴り落ちる。

 細田の狙いは明白だった。理子を「疲れさせる」こと。一球投じるごとに体力を削るアンダースローにとって、この粘りは死刑宣告に等しい。しかも一塁には足の速い宮本がいて、常に神経を逆撫でしてくる。

 十球目。内角低め、絶対の自信を持つストレートさえも、細田は紙一重でカットしてみせた。

「……たいぎぃのぉ、本当に……っ!」

 理子の息が、わずかに乱れ始める。右肩が熱を持ち、指先の感覚が湿度で狂いそうになる。

 寿也がミットを叩き、タイムを要求して歩み寄ってきた。

「吉井さん、落ち着いて。彼女は君の『苛立ち』を待っているんだ」

「……わかっとるわいね、そんなこと。あのアマ、わしを馬鹿にしとるんじゃ」

 寿也は理子の耳元で、静かに言った。

「逆だよ。彼女は君を『本物』だと認めているから、こうして全力で攻略しに来ている」

 一拍置く。

「さあ、次の球。君の『一番の毒』を、彼女の喉元に流し込んでやろう」

 理子は激しく上下する肩を一度抑え、細田亜紀子という「巨大な壁」を睨み返した。

「……美しいだぁ? 虫唾が走るわ」

 寿也がベンチへ戻る背中に、静かに続ける。

「ええよ、寿也。あいつが二度とバットを振りたくなくなるような毒、用意したるけぇ」

 十二球目。

 スタジアム全体の視線が、磨り減った二人の女性プレイヤーに収束する。

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