第40話
吉井理子物語 第40話
二〇三〇年、真夏の祭典。
煌々と照らされたスタジアムの照明は、昼間よりもなお白く、グラウンドに立つ者たちの影を濃く落としていた。お祭りムードのスタンドとは裏腹に、マウンドへ向かう理子の心臓は、冷徹なビートを刻んでいた。
「……たいぎぃ仕事じゃね。よりによって、わしが一番手か」
マウンドの土をスパイクで軽く蹴り、ロジンを指先に馴染ませる。
ホームベースで構えているのは、北海道の天才・佐藤寿也。
「吉井さん、準備はいいかい。君の『毒』で、全セのプライドを麻痺させてやろう」
返球の際に囁かれた言葉。理子はフンと鼻で笑った。
(……指図されるんは嫌いじゃが、あの男のミットは、吸い込まれるように構えとる。癪じゃが、投げやすいわい)
一回表、全セ・リーグの攻撃。
先頭打者は、東京ラビッツの若き天才、一番・高橋義太郎。端正な顔立ちに、一切の隙がない構え。
理子は大きく身体を沈め、右腕を地面スレスレまで振り下ろした。
初球。寿也の要求は、いきなりの内角高速シュート。
――バシィィン!
「ストライク!」
ユニフォームをかすめるような軌道から、ベース板の上で急激に食い込む。高橋はピクリとも動けなかった。アンダースロー特有の浮き上がる軌道に、セ・リーグの打者の目が付いていかない。
「……やるね。でも、次は打たせてもらうよ」
高橋が不敵に呟く。だが、理子と寿也のコンビネーションは、その上を行った。
二球目、外角への超スローカーブ。三球目、再び内角への百四十キロの直球。
高橋のバットが、虚しく空を切る。
「ストライク! バッターアウト!!」
場内がどよめく。全セのベンチで、岡田監督が「……なんや、あの球。えらい潜っとるなぁ」と呟いた。
続く二番・高橋大周、三番・坂本巧も、寿也の冷徹なリードと理子の「毒」の前に、凡打の山を築かされた。
三者凡退、わずか十球足らず。
ベンチへ戻る際、三塁側から全セの四番・宮本巧と目が合った。宮本は無言で理子を睨み据える。
理子はメガネを指で押し上げた。
「……次、あんたの番じゃろ」
一拍置く。
「全セの看板、泥で汚してやるけぇ。首を洗って待っとりんさい」




