第39話
吉井理子物語 第39話
二〇三〇年度、プロ野球オールスターゲーム。
十二球団すべての色が混ざり合ったスタジアムは、まるでお祭りのような異様な熱気に包まれていた。
マリーンシーガルズからの出場は、理子ただ一人。
監督推薦枠での選出が決まった際、坂本監督は「客寄せパンダにならんようにな」と皮肉を言った。だが、渡されたオールスター用のユニフォームの重みは、理子にプロとしての自覚を改めて突きつけていた。
「……たいぎぃのぉ。交流戦でもないのに、なんで他所の連中と仲良くせんといけんのん」
ベンチの隅で、いつも通り不機嫌そうにグラブを弄ぶ。
周囲を見渡せば、そこは「化け物」たちの巣窟だった。
広島の炎のストッパー・津田。北海道の至宝・ファルード。そして、理子からサヨナラ打を放った天才捕手・佐藤寿也。かつて激突した宿敵たちが、今は同じ看板を背負って談笑している。
「吉井さん、そんなところで腐ってないで、こっちに来なよ」
佐藤寿也だった。爽やかな笑みを浮かべ、理子の隣に腰を下ろす。
「今日の君の出番、僕が受けることになってるんだ。楽しみにしてるよ。あの『超スローカーブ』、次はミットのどこで受けるべきか、まだ解析が終わってないんだ」
「……あんた、相変わらず嫌味な男じゃね」
吐き捨てるように言ったが、内心では高揚していた。
日本最高峰の頭脳派捕手と、自分の「毒」が混ざり合ったら、どんな化学反応が起きるのか。
そこへ、巨大な影が差した。
「……吉井。今日は、俺の真っ直ぐの後に、お前の地を這う球を投げてみろ。バッターがどんな顔をするか、見ものだぜ」
広島の津田が、不敵な笑みで理子の肩を叩いた。
理子は、ベンチの端からグラウンドを見渡した。
ファン投票で選ばれた華やかなスターたち。そのど真ん中に、六位チームの「劇薬」が座っている。
「……お祭り騒ぎは性に合わんが」
一拍置く。
「わしの毒で、この祭りを台無しにしてやるのも一興じゃね」
メガネの奥の瞳が、鋭く光った。




