第09話 掌の窓、銀髪の清拭
嵐が去った後の集落は、
耳が痛くなるほど静まり返っていた。
逃げ遅れた数体の子供のゴブリンたちが、物隠れから怯えた瞳でこちらを伺っている。
俺は新スキル**【バイタル・チェック】**を意識した。
視界に透過するグラフが浮かぶ。子供たちの数値は「飢餓:極大」「ストレス:臨界」を指し、真っ赤に点滅していた。
「……ひどいな」
俺は、先ほどまで命のやり取りをしていたボスの遺体の傍らに膝をついた。
たとえ魔物であっても、家族を守ろうとした男の末路が、野ざらしで腐っていくのは忍びない。だが、俺がこの遺体を土に返せば、飢えた子供たちは文字通り「明日の糧」を失うことになる。
(埋葬は、生きている者のエゴか……?)
かつて父を看取った後、葬儀の段取りをしながら「これで本当に良かったのか」と自問自答した夜が蘇る。死者の尊厳を守ることと、生者の腹を満たすこと。その残酷な天秤の前で、俺は立ち尽くした。
その時、ズボンのポケットが震えた。
あり得ない振動に心臓が跳ねる。取り出したのは、転移前まで使っていた私物のスマホだ。画面には一通の通知。
『やあ、当事者くん。葛藤しているね。
君が「尊厳」を選べるように、当面、通信と電源は僕が保証してあげる。
スーパーでの勤務経験、活かせるといいね。 ――観測者の少年より』
「……あいつ、見てやがったのか」
画面をタップすると、見慣れたネットスーパーのアプリが開いた。ラインナップは異常だ。この世界の通貨ではなく、俺の「経験値」を消費して品物を召喚できるようになっている。
俺は迷わず、高カロリーなゼリー飲料、レトルトの粥、そして大量の精米を注文した。
虚空から現れた段ボール箱に、アンジーが「……神性魔法!?」と目を丸くする。
俺はそれには答えず、まずは子供のゴブリンたちの前に食料を並べた。彼らは最初こそ警戒していたが、一口食べると、涙を流しながら貪り始めた。
これでいい。彼らに「同胞を食わせる」必要はなくなった。
俺は泥だらけの手で、冷たくなったボスの亡骸を丁寧に運び、集落の端に穴を掘って埋葬した。
「……ナリス様、どうして、そんなことを?」
アンジーが不思議そうに尋ねる。
「ただの後片付けだよ。……彼らにも、守りたいものがあったみたいだからな」
腹を満たした子供ゴブリンたちは、先ほどまでの恐怖や緊張から解放されたのか、あちこちでスヤスヤと昼寝を始めた。
いくらなんでも不用心ではなかろうか。そう思いつつも、俺はまだ試していない新スキルが気になっていた。
アンジーを岩に座らせると、俺は**【スキル:清拭】**を発動した。
掌から溢れる温かな蒸気のような光が、彼女の髪や服を包み込む。
「……あ……」
泥に塗れていた白銀の髪が、本来の輝きを取り戻していく。
それだけではない。【バイタル・チェック】で見えていた、彼女の心の奥に沈殿する「どす黒いストレス値」が、清拭の光に触れて、ほんのわずかだけ薄らぐのを感じた。
「アンジー。……君が何を見てきたのか、俺は知らない。でも、今はもう逃げなくていいんだ」
俺の言葉に、彼女の肩が小さく震える。
彼女は何も言わず、ただ新雪のように綺麗になった自分の髪を、不思議そうに指で梳いていた。
後に子供のゴブリンたちは、俺が召喚した食料の空き箱や、スマホの光を「神の奇跡」と信じたのか、埋葬したボスの墓の隣に、小さな祠のようなものを組み上げ始めていた。
言葉は通じない。だが、彼らのバイタル数値は、初めて「安寧」の色に染まりつつあった。
「ナリス様……。私、もしかしたら、間違っていたのかもしれません……」
消え入りそうな彼女の声を聞きながら、俺はスマホの画面を閉じた。
ニートで、介護に追われ、自分の人生などないと思っていた俺が、今、この理不尽な世界の片隅で、誰かの「守護者」になろうとしている。
「……まずは、ここを片付けるか」
俺の新しい「仕事」は、どうやらここから始まるらしい。
【ナリス ステータス更新】
• Lv:5
• 経験値:1200/5000 (※ネットスーパー利用により一部消費)
• 【称号:名もなき集落の庇護者】 を獲得
【ナリス(大原 翔太)ステータス】
Lv:5
職業:守護者
■ アクティブスキル(能動発動)
• 【体位変換】
• 効果: 対象の重心を操作し、最小限の力で姿勢を制御する。戦闘では、相手の攻撃をいなしたり、巨体を投げ飛ばす合気道のような使い方が可能。
• 【看取り】
• 効果: 瀕死の対象に安らかな最期を与える。発動時、対象の「記憶」の断片を読み取ることがある。
• 【清拭】
• 効果: 温かな光の蒸気で対象の汚れを落とす。身体の清潔を保つだけでなく、状態異常の微回復や、精神的なトラウマ(ストレス値)を僅かに洗浄する効果を併せ持つ。
• 【バイタル・チェック】
• 効果: 対象のHP・MP、および精神状態(ストレス度・感情の揺れ)を視覚的なグラフとして確認できる。
■ パッシブスキル(常時発動)
• 【献身の盾】
• 効果: 守るべき対象がいる際、自身の身体能力と防御力を大幅に引き上げる。武器がなくても、自身の肉体を鋼鉄の盾として機能させる。
• 【リンク・コネクション】
• 効果: 特定の対象(現在はアンジー)と精神・感覚を連結する。対象との距離が近いほど、守護の加護が強まる。
• 【安息の抱擁】(「精神安定」と合体)
• 効果: 対象を抱きかかえる、あるいは密着することで、相手の精神的負荷を劇的に軽減し、自己治癒力を活性化させる。
• 【不眠不休】
• 効果: 長年の不規則な生活や夜勤(介護)経験により、短時間の睡眠でも精神の覚醒状態と最低限の身体操作を維持できる。睡眠不足による集中力低下や倦怠感を無効化する。
■ 特殊装備・権限
• 【観測者のスマートフォン】
• 機能: 通信・電源は観測者により保証。
• 特殊アプリ: 「経験値」を消費して現代の物資を召喚できるネットスーパー機能を搭載。
■ 称号
• 【名もなき集落の庇護者】
• ゴブリンの子供たちを救い、埋葬と食料供給を行ったことで獲得。




