第12話 種蒔く神と、灰色の牙
筋肉痛が「激痛」から「重い鈍痛」に変わるまで、丸二日を要した。
その間、アンジーの献身的な(そして時々スプーンを目に突き刺しそうになる危なっかしい)介助のおかげで、俺はようやく土の上に立つことができた。
「ナリス様、無理は禁物です。バイタルはまだ『注意』の黄色信号ですから」
「分かってる。……でも、座ってちゃ飯は食えないからな」
俺はスマホの画面をタップした。
ネットスーパーの「園芸・資材カテゴリ」から、病害虫に強く、成長の早い小松菜やラディッシュの種、そして最低限の化成肥料を注文する。
以前、スーパーの青果担当から「葉物は裏切らない」と教わった知識が、まさか異世界で役に立つとは思わなかった。
■経験値を消費:500pt
■【Lv:3】→【Lv:2】
「……っ」
ガクリと膝が笑う。
またレベルが下がった。自分の存在強度が、パラパラと砂のように零れ落ちていく感覚。
だが、虚空から現れた銀色の種袋を、子供ゴブリンたちが「神の種」でも見るかのように震える手で受け取るのを見て、俺は奥歯を噛み締めて耐えた。
彼らは、集落の隅に眠っていた錆びだらけの鍬を引っ張り出してきた。
アンジーが魔法で汚れを焼き切り、俺がスマホで買った砥石で刃を付ける。
かつて農業を営んでいたという彼らの本能が呼び覚まされたのか、子供たちは不器用ながらも、俺の指示に従って土を耕し始めた。
「……アンジー。あの子たちが、手を合わせてる」
ふと見ると、一仕事終えた子供たちが、あの『新鮮野菜』のロゴを冠した祠の前で、深々と頭を下げていた。
それは、誰に教えられたわけでもない。
ただ、明日への不安を「祈り」に変えなければ、彼らの小さな心は保たなかったのだろう。
(信仰か……。かつての俺も、父の容態が急変するたびに、どこの誰とも知れない神に祈っていたな)
縋るものがあるから、正気でいられる。
それは魔物も人間も同じだ。
その時、視界の端に新しいログが流れた。
【固有項目:忠誠度を確認】
対象:アンジェリーナ(92)、子ゴブリン群(85)
効果:対象の行動により、微量の「ポイント還元(経験値)」が発生します。
「……ポイント還元、だと?」
まるで店長が、バイトの働きに応じてインセンティブを受け取るようなシステムだ。
どうやら【忠誠度】とは、俺を信じる者の成長が、巡り巡って俺の力になる仕組みらしい。これなら、戦わなくてもいつかはレベルを取り戻せるかもしれない。
そんな、微かな希望を抱いた瞬間だった。
――風が変わった。
「……ナリス様?」
アンジーが剣の柄に手をかけ、顔を強張らせる。
森の奥から、腐敗した肉の臭いと、喉を鳴らすような低い唸り声が響いてきた。
茂みをなぎ倒し、躍り出てきたのは、あの**「灰色の獣」**だった。
だが、以前の姿とは違う。
ナリスが付けた傷跡は黒く変色し、膿んで、剥き出しの肉がピクピクと痙攣している。痛みで正気を失ったその瞳は、濁った血の色に染まっていた。
手負いの獣は、以前よりも一回り膨張したかのように見え、全身から毒々しい魔力を放っている。
「グルアアアアアアアッ!!」
「……っ、アンジー、下がれ!!」
速い。
以前の比ではない。獣は地を削るような速度で、農作業をしていた子供ゴブリンへと跳ねた。
俺は反射的にその間に割り込み、**【パッシブ:献身の盾】**を展開する。
キィィィィィン!
凄まじい衝撃。
Lv:2まで落ちた俺の肉体に、獣の爪が食い込む。
盾は発動している。だが、防ぎきれない衝撃が「激痛」となって、背骨を突き抜けた。
(ぐ、あああ……っ!!)
「ナリス様!」
「来るな! こいつ、前より攻撃が重い……!」
獣は退かない。以前なら一度弾けば距離を取ったが、今は自分の肉体が壊れることも厭わず、狂ったように爪を振り下ろしてくる。
一撃ごとに、俺の腕の骨が軋み、パッシブスキルの維持コストが精神をガリガリと削っていく。
視界が赤く染まる。
バイタル・グラフが「臨界」を超え、アラートが鳴り響く。
背後には、震えて動けない子供たち。そして、加勢しようとして足を滑らせたアンジー。
(守らなきゃいけないのが、多すぎる……!)
獣の口が大きく裂け、不気味な光を帯びた牙が、俺の喉元へと迫る。
Lv:2。筋肉痛はまだ残っている。
盾が…………砕ける音がした。
【ナリス ステータス更新】
• Lv:2 (※資材購入によりさらに低下)
• 状態:【重傷:衝撃蓄積】
• 【パッシブ:献身の盾】破損警告
ご覧いただきありがとうございます!
次回の更新は4月7日0時を予定しております。
なるべくギュッと簡潔に詰め込みました。
是非、読んでくださいね♡
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