97話~分かったよっ。やってやるよ!~
施錠されていたドアのカギは開錠したが、何か重い物で塞がれていた。なので、ドアを思いきり蹴り飛ばしたら、勢いよく空いてしまった。
思ったより大きな音が出たけど、まぁ良いだろう。お陰で、屋上の人達の注意を引き付けることが出来た。
こちらを向いた彼女達の目は、なんだか虚ろだ。口元には歪んだ笑みが浮かんでいるものの、それはただ笑うという形をなぞったもの。
歪な笑みの少女達。
その中に、1人佇むセイジの姿を見つけた。こちらを見て、「どうして?」と、問い掛けるように顔を歪めた。
「ヒーロー見参だ、大魔王」
疑問に答えてやると、奴は更に顔を歪める。そして、俺の後ろから次々と続く同志達を見て、怒りの表情が焦りへと変わった。
「お前ら…皆川はどうしたんだよ?そこに立ってた筈だろ?まさか、力づくで?」
「そんな事はしない。彼女には、本来居るべきところに戻って貰った。ただそれだけのことだ」
それも結構大変だったけど、武井先生のお陰で何とかなった。いくら俺達では聞く耳を持たずとも、学年主任の彼に「急患が居るから保健室に戻る様に」と言われてしまっては、動かない訳にはいかなかった。
本音を言えば、そのまま武井先生にも付いて来て欲しかったが…無理は言えない。俺達に手を貸した時点で、彼の進退も危ういのだから。
もしもそうなったら、彼が冗談で言っていた「タイガーの家で雇ってくれ」を本気で考えないといけない。
まぁ、それも、この状況を打破してからだが。
「だからここからは、俺達生徒だけで話し合おう。上郷君」
「はっ!何が話し合うだ、黒沢。その手には乗らねぇぞ?また俺を騙す気なんだろ?帰れよ!ここは俺達の場所だ。俺の周りに、男なんて要らねぇんだよ」
しっしと、邪魔なハエでも払うかのような動作をするセイジ。だが奴の瞳は、先ほどよりも赤みが増している。それだけ奴が興奮しているという事でもあり、それだけ魅了の力が強くなっている証拠。
だから、奴の目を見ていると、俺の内側で怒りが湧いて来る。(早く眼玉を潰せ!)と、勝手に足を動かそうとする。
落ち着け。先ずはジュンさんを…ここに居る娘達を逃がすことを優先させないと。
「何を言っているんだ?上郷君。君達は臨時会議をしていたんじゃないのか?話し合いにも応じないというのなら、君達もここから出て行かねばならないぞ?」
「くっ…一々うるさい奴だな」
ただ小さく吠えるだけで、言い返せなくなるセイジ。どうにか状況を打開しようと、頭を抱えて考え込んだ。
「虎ちゃん!」
セイジが黙ると、奴の足元に居たジュンさんが立ち上がった。
「ジュンさん!」
彼女の頬が赤くなっているのを見た途端、体の中で熱がうねりを上げる。抑えた衝動が再び、俺の足を動かす。
だが、走り出す前に相川先輩の言葉を思い出す。
そうだ、暴力では解決できない。もっとプラスの感情で、この歪なハーレムを崩す必要があるんだ。
「ジュンさん。待っていてくれ!直ぐに君を救い出す!」
「無理しないで、虎ちゃん。この人のことは、あたし達が何とかしないといけないから、だから…」
「無茶は君の方だ。もっと俺達を頼ってくれ。それが俺達の望みだ!」
俺の言葉に、ジュンさんは「うん」と泣きそうな顔で頷く。自然と、俺の方へと歩き出す。
それを、
「おい、勝手に動くな」
セイジが止める。
「なに勝手に、他の男と喋ってんだ。俺の許可も無く、何処かに行こうとするなよ」
「離して」
ジュンさんは強く言い放ち、掴まれた腕を振り解く。しっかりと奴を見据える。
「あたしが好きなのは虎ちゃんなの。貴方じゃない。だから…さようなら」
「このっ…まだ、そんな嘘を…」
再びジュンさんを捕まえようとしていたセイジが、ジュンさんの「さようなら」で止まる。それを見て、ジュンさんが俺の方へと駆け出した。
「止めろ!」
セイジが声を上げる。奴の目がまた少し赤くなり、ただ突っ立っていただけの女子達が動き出す。ジュンさんの前に立ち塞がり、俺へのルートを潰してしまった。
その先頭に立つのが、
「ナツさん」
ナツ生徒会長だった。
彼女は両手を一杯まで広げて、ジュンさんの前に立つ。
でも、いつもの彼女らしくなかった。顔は伏せられ、背中は丸まり、いつもの威風堂々とした彼女を微塵も感じなかった。
抜け殻のような彼女。それでも、
「ナツさん、退いて。お願い!」
「……」
退かない。セイジの命令を果たそうと、ただ漠然と手を広げている。
その姿に、セイジが安心した様に息を吐いた。
「ふぅ〜。よくやった、ナツ。やっぱお前は、最高の番犬だ」
「この野郎…」
番犬。
その言葉で、俺の隣に立つ相川先輩が唸る。
そんな彼の背を、俺は押す。俺の一歩前へと進んでもらう。
そして、
「頼みましたよ、先輩」
「おっ、おう…だが、ホントにやるのか?こんな大勢の前で?」
先輩は顔を少し赤らめ、視線を彷徨わせる。
そんな彼の背中を、俺は強く叩く。
「貴方しか出来ないんです。偽物に勝つには、貴方の本物が必要だ」
「あ、ああ…」
「セイジに勝つんだ!先輩!」
「ああっ、分かったよっ。やってやるよ!」
ちょっと投げやりな様子で、先輩はもう一歩前に出る。
声を、張り上げる。
「聞いてくれ!万江村那津!俺は…お前が好きだ!!」
「なっ!」
相川先輩が声を張り上げた途端、今まで空虚だったナツ先輩の後ろ姿がビクンッと跳ね、口を開けっ放しでこちらを振り向いた。
「き、貴様は何を、なんてことを口走っているのだ!」
「何て事じゃねぇ!これが俺の本心だっ!」
顔を赤くして叫ぶナツ会長に、負けじと叫び返す相川先輩。
「俺は1年の頃から、あんたに惚れていた!同じ1年なのに、学食の改善や球技大会の創設や、次々と案を打ち出すあんたに憧れていたんだ!そのあんたを支える為に、俺はあんたと共に居たいと思ったんだ!」
「分かった。分かったから、そんな大声を上げるな。こんな、皆が聞いているこんなところで…恥ずかしいだろうが…バカ者…」
顔を真っ赤にし、か細い声で俯く会長。
バカとは言っているが、照れ隠しなのは誰が見ても明らか。その証拠に、周囲の女子の目にも少しだけ光が戻る。「ええっ」「きゃっ」と、目の前で起こった突然のラブストーリーに、黄色い声を上げていた。
思った通りだ。
俺も前に出ながら、周囲の様子に安堵する。
セイジの使う魅了は、奴の感情によって出力を変える。奴の感情が昂る程に、強力な効果を発揮する。
だがそれは、受ける者の感情にも左右される。魅了を受け取った者が、より強い感情を持っていれば覆せる。九重ホテルの洋子さんがそうだった様に、より大きな愛の前では、魅了という偽りの感情は勝てない。
ただ。
「ぷっ、はははっ!なんだ今の?すげぇ笑えた。顔真っ赤にしちゃって、散々俺をイジメてたヤンキーが、必死になって俺の女を口説いてる。マジ笑える。無駄な努力、ご苦労さ…ぷはははっ!」
セイジは笑い転げ、周囲の女子生徒に「なぁ?」と同意を求める。それに、幾人かの子は「はい…」と俯きながら頷く。
まだ、奴の魅了に囚われた娘が居る。
まだ足りないのだ。愛の力が。
「ジュンさん!」
俺は、赤い顔を手で隠す相川先輩の隣に立つ。愛する彼女に向けて、手を差し出す。
「好きだ!俺は君を、愛している!どうかこの手を、取って欲しい!」
魅了に負けたらどうしようとか、もうそんな事は考えない。俺はただ真っ直ぐに、想い人に手を伸ばした。
〈◆〉
「虎ちゃん!」
あたしは駆け出す。あたしを待つ、大切な人の元へと。
後ろを向いていたナツさんが、あたしの方を振り返る。さっきまで悲しそうにしていた表情は、今は紅葉していて可愛らしくなっていた。
可愛らしい笑みを浮かべて、通り過ぎるあたしに手を挙げる。
「行ってこい、ジュン」
「ありがと!」
ナツさんの言葉で、フラついていたあたしの足に力が戻る。
「バカ、おいっ。戻って来い、ジュン!」
後ろで上郷君の焦った声が聞こえたけど、もうあたしの足は止まらない。
彼が居てくれるから。彼があたしを、待っていてくれるから。
あたしはもう、振り向かない。ただ一直線に、彼の元へと急ぐ。あの人のぬくもりを求めて。
「お前ら!何をぼーっと突っ立ってんだ!そのバカ女を捕まえろ!」
後ろで、足をドタバタ鳴らす音が聞こえる。あの人の怒鳴り声が響く。
その途端、あたしの目の前にいた女の子達がピクリと動く。あたしを捕まえようと、手を伸ばしてきた。
そこに、
「聞くな!」
凛々しい一喝が、あの人の声を切り裂く。
ナツさんだ。
「命令を聞くな!全力で、ジュンを送り出せ!」
「「はい!」」
あたしの袖を掴もうとしていた子の手が、誰かに取り押さえられる。
3組の子だ。さっきまで冷たい目であたしを見下ろしていた彼女は、今は温かい目であたしを見送ってくれる。
「頑張れ!」
「うん!」
ありがとう。
あたしは女の子達の間を駆け抜ける。その度に、目の虚ろな子があたしに襲い掛かって来るけど、ナツさんの一喝に応じた子が、その子達を押さえてくれる。あたしに、輝く目を向けてくれる。
「行って!式部さん!」
「羨ましいねぇ、ホント」
「さっきはごめん。ここは私達に任せて!」
「ありがとう、みんな」
彼女達の声援に背中を押され、あたしはまた一歩前に進む。もう、彼は目の前だった。
「虎ちゃん!」
「ジュンさん!」
彼の声が、とても近くで聞こえた。それが嬉しくて、あたしはつい、大きく一歩を踏み出した。彼に向かって、思いきり飛び込んだ。
…っと、嬉しくてつい、勢いをつけ過ぎてしまった。このままじゃ、勢い余って倒れちゃう。
そのことに、跳んでから漸く気付いくあたし。ああ、やっちゃった。
そう、思ったけれど、
「ぐぉっ!とぉ…」
彼は受け止めてくれた。倒れそうになりながらも、寸前のところで留まって、あたしを抱きかかえてくれた。
めっちゃ体が膨らんでる。虎ちゃんの筋肉が、あたしを受け止めてくれたんだ。
凄い。カッコいい!
「ジュンさん。ああ、ごめん。また君を、傷つけてしまった…」
お姫様抱っこをしながら、あたしの顔を覗き込んで来た虎ちゃんは、悲しい顔をこちらに向ける。
それに、あたしは全力で首を振った。
「こんなの痛くないよ。それより、虎ちゃんに謝らないと」
踊り場で、虎ちゃんに悲しい顔をさせちゃった。トワとエリが人質に取られていたからって、あの人に言われるまま、不安にさせる言葉を吐いてしまった。
彼の心を傷つけてしまった。そっちの方が、何倍も悪い事。
「良いんだ、ジュンさん」
でも、彼は微笑んでくれた。全部分かってるって、その顔には書かれていた。
ありがとう、虎ちゃん。
「大好きだよ、虎ちゃん」
「ジュンさん」
あたしは堪らず、彼の肩に手を回す。そのまま顔を近づけようとした。
でも、その時、
「おいおい、ジュン!」
あの人の声。
「お前、いい加減にしろよ?そんなことしても、俺には全く効かねぇからな?そうやって他の男に靡くように見せかけて、俺を焦らせるつもりなんだろ?無駄だって言ってるだろ!そんな無駄な事は止めて、早く俺の元へ戻ってこい!今ならお前を、メインの彼女にしてやっても良いんだぞ?」
あの人は、偉そうに肩を竦める。仕方ないなぁって、斜に構える。
何処までも滑稽な人。自分の見たい様にしか周りを見ないで、都合の悪い事は見ないフリをする。
本当に、
「可哀そうな人」
分からないなら、分かる様にするよ。
あたしの、気持ちを。
彼への、気持ちを。
あたしは、彼に抱き着いた腕に力を入れる。彼の顔を近づけて、彼の唇に近寄る。その唇に、あたしの唇を重ねる。
んっ…。
「な、な、な、何してやがる!!」
向こうの方で、誰かが叫んでいる。
でも、それももう、あたしの意識から遠のいていく。彼の熱を受け止めるのに、あたしは夢中だった。
優しい彼のぬくもりを、もっと感じたい。
「…んっ。んふふ。しちゃったね。みんなの前で」
顔を離して、彼の綺麗な瞳を見詰める。恥ずかしくて、つい揶揄うようなことを言ってしまい、照れ隠しの笑みが自然と零れ落ちた。
すると、
「可愛い」
彼の唇が、小さく言葉を紡いだ。
そして、
「んっ!?」
今度は彼から、唇を塞いできた。
情熱的なキス。それが、再び周りの音を掻き消す。彼のぬくもりだけがあたしの中に入って来て、互いに触れ合う。
交わる。
ああ、ヤバい。頭の中が蕩けそう。このままじゃ、意識が飛んじゃう。
「んはぁ…はぁ…」
まるで、あの映画のようなキスを終えると、お互いに見つめ合っていた。彼の美しい紫眼の瞳に、吸い込まれそうになる。
素敵な時間。
尊いひと時。
それを、
「あぁああああ!!!」
絶叫が、切り裂いた。
「何してんだ!お前!お前ら、何をしてんだぁ!!」
絶叫する上郷。持っていたお弁当箱を床に叩きつけて、それを踏み潰す。
何度も、何度も。
「それは俺のだ!俺のを勝手に、お前は、俺がぁあ!」
怒り狂う彼は、頭を何度も振り回し、そして、
こちらを睨みつける。血の様に赤い瞳が、あたし達を見る。
「俺は、本気で、本気で許さねぇぞ!くろさわぁあ!!」
目が、赤い…。
「もう、時間が無い」
えっ?時間?
「暴走が始まる」
…どういうこと?




