96話〜気が済んだ?〜
「コハルちゃん。どうやって魅了から逃れて…いや、今はそれより、何か手はあるのか?」
「セイジのフワフワ、凄く大きくなってる。とっても黒くて、渦巻いてる」
つまりそれは、セイジの感情が荒れ狂っていて、魅了の力が強力になっているって言いたいんだな?
それは分かっているんだが…。
「何か、手立てはないのか?例えば、特殊な力を封印する方法とか」
彼女は大きな神社の巫女さんだと聞く。ならば、何か陰陽師みたいな力とか無いかと期待して聞いてみた。
でも彼女は、「んーん」と首を横に振った。
「封印とか、分かんない。ハルが出来るの、フワフワ抑えるのだけ~」
フワフワを抑える…つまり、鎮魂みたいなものか?
「それで、セイジのフワフワを抑えられないか?」
「ずっとやってたけど…もう、むりぃ~。セイジのフワフワ、大き過ぎぃ~」
むっ。そうか。彼女は今までも、セイジを抑えてくれていたのか。
道理で、いつも疲れている風だった訳だ。陰ながら奴の力を見張ってくれたのだろう。
だが、奴は暴走してしまった。何かをトリガーに、手が付けられなくなってしまった。それを抑えるには、彼女では力不足…。
なら、
「君のご家族はどうだ?ご両親なら、出来たりしないだろうか?」
「ん~。出来るかもだけどぉ…伊勢に行っちゃってる~」
伊勢神宮…つまり三重県。そりゃ無理だ。明日になっちまう。
どうする?俺達で奴の感情を宥めるなんて出来るか?逆に荒れそうな気がするぞ?
「やっぱ、やるしかないっすよ」
腕を組んで悩んでいると、ヒデちゃんが再び鼻息を荒くする。それを、相川先輩が止める。
「さっきから言ってんだろ。暴力は暴力で覆っちまう。他の方法を考えないと同じなんだってな」
「だから、それが無いから行くっていってるんすよ!殴ってでもあの野郎を止めないと、エリさんが危険な目に…」
「それだ!」
2人の会話を聞いていて、俺はつい叫んでしまった。
途端に、相川先輩が睨んでくる。
「てめぇがまだそんな事言うなら、俺は抜けさせてもらうぞ」
「ああ。待ってください、先輩。暴力じゃありません。別の方法を思いついたんですよ」
「別の?何だ、それは?」
不思議そうに聞いて来る先輩に、俺は堂々と答える。
「愛です」
「あっ…」
先輩達は固まり、マモちゃんコハルちゃんペアだけが、俺に拍手を送ってくれた。
対策を思い付いた俺は、説明もそこそこに、職員室へと来ていた。
先ずは階段の番人である皆川先生を退かさないといけない。その為に、教師の力を借りようとした。
のだが、
「遊んでないで、教室に戻りなさい」
頼み込んだ教頭先生は、有無を言わさずそう言ってきた。俺が再び説得しようとすると、「忙しいから」と言って職員室を出て行ってしまった。
その彼に、他の先生も追従する。
まるで逃げるように退出した彼らを見て、俺は嫌な予感がした。
これは、魅了の力じゃない。明らかに、彼らを動かす別の力を感じる。教師すら簡単に動かす力。権力。
理事会か、もしくはもっと上の存在…。
「身内の妨害…くそっ、そう言う事か。恋占いが当たりやがった…」
こんな時ばかりと、俺は奥歯を噛む。
その時、ガラガラッと職員室のドアが開いた。誰かが、入って来た。
「うん?授業をスキップしたのか?ミスタータイガー」
「武井、先生」
そこに居たのは、学年主任の武井先生だった。
〈◆〉
「セイジ様。朝ごはんの続きをしましょう?」
「私のお弁当、食べて下さい」
「私を…いえ、私のも食べて下さい」
「おいおい、お前ら、いっぺんに持ってくるなよ」
黒沢達を追い返した俺は、再びベンチに座り直し、”無様に逃げ帰った”黒沢の姿を思い返していた。
昨日、ロンと名乗る怪しい奴から話を聞いた時は、怒りで頭がどうにかなりそうだったが、今はこの青空の様に清々しい。あの忌々しい黒沢を、”俺がこの手で返り討ち”にしてやったからな。
本当に忌々しい奴だ。まさか俺の女に手を出そうとしていたなんて。あいつがいつも”独りぼっち”で可哀そうだからって、慈悲の心で”仲良くしてやった”ってのに…まさか、ジュンを自分の物にしようとするなんて。
許せない。黒沢も、親衛隊の奴らも、この学園に居る男は全員許せない。この学園の女は全部俺のものなのに、俺の許しも無く手を出そうとするなんて。
甘すぎたんだ、俺は。男に対しても、女に対しても。
ロンさんの言う通りだ。選ばれた者はそれだけ、求めても良いんだ。俺は選ばれし者だから、それ相応のアクセサリーを付けないといけない。あの人から貰ったこのスーツもそうだ。俺は最高の人間なんだから、最高級の物を着ないと。
だから俺は、黒沢なんて雑魚に主人公を奪われそうになっていたんだ。みんながアイツの周りに集まって、俺の周りに誰も居なくなってしまったのは、俺に金がなかったからだったんだ。
でももう、俺はそれを持っている。ロンさんから札束を貰ったし、夏休みにはクルーズ船を貸してくれるって約束もしている。
これで、黒沢なんかに負けない。金さえあれば、後はちょっと本気を出せば良いだけだ。それだけで、ノゾミ達も戻ってきたし、前みたいに雑魚女子も群がって来ている。ちょっと鬱陶しいくらいだから、どうやら本気を出し過ぎたみたいだ。
また俺、やっちゃったなぁ。テヘヘ。
でも、それくらいで良い。もう油断はしない。俺の物は誰にも触らせない。その為なら、ちょっとくらい本気も出すさ。
コハルは「危険だ」って言ってたけど、なんてことはない。目の奥が熱くて、疲れやすいだけだ。こんなの何の問題も無い。前みたいに、心が痛くなる方が余程嫌だった。
そうさ。今の俺は充実している。楽しいひと時が戻って来た。俺が楽しいんだ、お前らだって楽しいだろ?
「おい、ノゾミ。お前の弁当食わせろ」
「はい。どうぞ」
”満面の笑み”で、ノゾミが弁当箱を差し出して来やがった。
おい。
「お前、手を抜くんじゃねえよ。口まで運べって言ってんだ。それくらい分かれよ」
全く。ちょっと甘やかすと、すぐサボろうとするんだから。
はぁ。俺がしっかりしないと、俺様の王国ってのは守れないんだな。
尚も”笑顔”で箸を向けて来るノゾミを見て、俺はため息を吐きながら飯を食ってやる。
う~ん。なんか、味気ない気がする。
「おい、ジュン。次はお前のを食ってやる。持ってこい」
「作ってないよ」
はぁ?
俺はジュンを睨みつけるも、あいつは”バカみたいな笑み”を浮かべていた。
「作ってないよ。上郷君のお弁当」
「お前…」
反抗的な態度。
そうか。こいつはまだ、しょうもない事をしているのか。俺の気を惹きたいからって、そうやってツンツンキャラを作りやがって。
もう、甘やかさないぞ。
「ジュン。今すぐ服を脱げ」
「えっ?何で?」
何でだと?
「お前は俺の女だろ?だったら、ご主人様には絶対服従するのが当然だ。それが分からないお前に、俺が躾をしてやるって言ってんだよ。躾けられる犬が、服なんか着てたらおかしいだろ?なぁ?はは」
本当にバカだな、こいつ。なんでそんな事も分からないんだ?
俺は呆れて笑ってしまったが、ジュンは一向に脱ぐ素振りを見せない。ただ”バカみたいな笑み”を向けるだけだ。
ああ、ムカつくなこいつ。まだ立場が分かってないのか?
教えてやる。
「おい、ジュンの友達の…ええっと、名前は…まぁ、いいか。モブ女子ちゃん達、こっち来な」
「はい、セイジ様」「ちょっ、離してトワ」
ジュンの友達を近くに呼ぶ。片方が”恥ずかしがって”暴れるが、頭を押さえつけたら静かになった。
そいつらをジュンに見せつける。
「お前が素直にならないなら、こいつらを俺の彼女に加えちゃうぞ?」
「待って!上郷君。それだけはやめて!」
ジュンは”笑顔”のまま、慌てだす。彼女のポジションが埋まりそうになり、漸く俺の所有物という自覚が生まれたみたいだ。
本当にめんどくせぇな、ツンデレって奴はよ。
「分かったなら、ほら、命令通りにしろ。上だけじゃなくて、下着も全部脱げよ。いや、それだけじゃなくて、逆らった罰で…そうだな、素っ裸でダンスでも踊ってもらおうか」
それ、良いな。なんかエロくて、俺も楽しくなって来たぞ。今度から勉強会では、毎回それをやらせるか。ジュンはエロ担当にして、色々と際どいことさせてやろう。ナイス采配だな、俺。
ワガママなこいつに、俺は役に立てる道を態々作ってやる。馬鹿と何とかは使いようって事で、俺が有効活用してやろうとした。
でも、ジュンのバカは首を横に振りやがった。俺の慈悲を、断りやがった。
はぁ?
「それはダメ」
「はぁ?何でだよ?」
「だってあたし、君の彼女でも何でもないから」
ああ、こいつ。こんな時でもツンツンを出してくるのか。ここまで俺が優しくしてやっても、まだ、そんなバカげた事をしてやがって…。
温厚な俺でも、これには怒った。纏わりついていた雑魚女子共を突き飛ばしながら、ジュンの元へ向かう。そして、
パンッ!
バカ女の頬に、思いっきりビンタをしてやった。
「っ!」
ジュンが床に倒れる。倒れたまま、頬に手を当てる。
全くこいつは、本当に手が掛かる。これでやっと目が覚めるだろう。自分が愚かなことをしていると、やっと自覚する。
はぁ。疲れた。ほんとこいつは、手のかかるバカ女だ。
そう呆れていると、ジュンは上半身を起こす。頬から手を外し、俺を見上げる。怒られたばかりだというのに、バカ女は”バカ丸出しの笑み”を浮かべていて…。
「気が済んだ?」
ジュンの低い声。
それが聞こえた途端、ジュンの”笑顔”が消えた。目を赤くし、ついさっきまで”陶器の様に白かった頬”は、真っ赤に腫れあがっていた。
でも、泣いていなかった。真っ直ぐな視線で、澄んだ瞳で、俺を見上げていた。
その力強い眼差しに、俺は一瞬息を呑んだ。
なんだ、この目。こんな目をする奴だったか?バカみたいに笑って、なんも考えてない顔で空ばっか見てて、美味しそうに飯を食うだけの女だったろ?
こんな顔、何時の間にするようになったんだ?
こんな顔、なんで俺に向けているんだよ?教育してやってるのに、なんで。
教育…そうだ、教育。
こんな反抗的な目で見やがって。まだ立場が分からないなら、分かるまで教えてやるしかない。
俺はジュンに向かって足を上げる。ビンタで分からないなら、もっと痛い目を見せてやる為に。
そう思って振り上げた足は、しかし、そこで止まる。ジュンを踏みつける前に、体が勝手に止まってしまった。
くそっ、何なんだよ。
「ナツ、おいナツ!このバカ女の体に教えてやれ。誰がご主人様なのかをさ」
仕方なく、俺は足を下ろして振り向く。そこで静かに”微笑んで”いた彼女に命令する。
だが、
「それは出来ない。セイジ君」
ナツは”微笑んで”なんかいなかった。寂しそうに、悲しそうに、ただ俺を見ていた。
ナツだけじゃない。さっきまで”笑顔”だった周りの奴らはみんな、悲しそうに口を歪める者ばかりだった。
悲しそうな顔で、俺を見ていた。
「なん、で」
何で、誰も笑っていない。
何でそんな、悲しそうな顔を俺に向ける。
「おいおい。何そんな、湿気た顔してんだよ?もっと楽しそうにしろよ。なぁ?俺が居るんだぞ?この俺に奉仕させてやってんだから、もっと楽しそうにしろよ。なぁ?なんで俺に、そんな顔を向けてんだよ?お前ら全員、俺を好きなんだろ!?なぁ!」
何なんだよ?コレ。折角、俺のハーレムに入れてやったって言うのに、なんでそんな顔するんだよお前ら。
また、ツンデレって奴なのかよ。また本心を隠しやがって、俺のして欲しくない事ばかりしやがって。
なんで、俺が思う通りに動いてくれないんだよ、みんな。
なんで、俺の思う通りに動かねえんだよ、この世界。
バグだ。こんなのバグだ。クソゲーだよこんなの。主人公の俺がこんなに頑張っているんだから、全員がチヤホヤするべき場面だろうがよ!
なんで、この俺が、こんな風に見られなきゃいけないんだよ!
「もういい。お前達全員!この場で素っ裸になって…」
俺はこの世界の理不尽に怒り、みんなに新たな命令を下そうとした。
でも、出来なかった。
大きな音が響き渡り、俺の口から出ようとした言葉が胃の方へと逆流した。
「なっ、なんだ?」
音の方を見ると、階段へと続く扉が全開になっており、そこに1人の男が立っていた。
そいつは。
「ヒーロー見参だ、大魔王」
黒沢だった。
やっと登場!
でも、皆川先生をどうやって攻略したんでしょう?
「…まぁ、武ティーが何かしたんだろうな」




