94話~完璧な配役だ〜
※開幕、他者視点です。
「龍一様。本日はお越し下さり、誠にありがとうございました」
「ああ、立石さん。君もこれから、頑張ってください」
「はい」
恭しく頭を下げる社員に、俺は軽く手を振りその隣を見る。彼の妻となった女性は、大手食料品メーカー社長の娘さんだ。彼が彼女と結婚したことにより、我が社は大きなパイプを得ることが出来た。
とても良い結婚だ。俺も何れは、良家の女を正妻に迎えて、俺の基盤をより強固にする。今は親父の息子でしかない俺だが、そうなればもう誰も逆らえない。親父ですら超える人間になって、この会社のトップと成る。
親父は馬鹿だ。結婚する前に、しっかりと妻を教育しなかったんだからな。だから、浮気程度で母親の機嫌が取れなくなって、母の実家からも十分な支援を引っ張って来れなくなった。
本当に馬鹿だ。でもお陰で、俺は学ぶことが出来た。俺は要領良く女達を調教出来ているし、あいつらも俺に首ったけ。俺の土台は盤石となった。
「虎ちゃん!もうちょっとチャペルを見て来ようよ」
「おっ、良いね。下見でもしておこうか」
俺の耳に、とてもチープな会話が聞こえてきた。
「しっ、下見って…虎ちゃん、気が早すぎだって」
「ごめん、ごめん。じゃあ見学で」
「あんま変わってないよぉ」
馬鹿と言えば、もっと大バカ者が居た。俺の前で恋人ごっこをしている俺の弟だ。
あいつが今ご執心の女は、ただの一般の女。血筋どころか金もなく、ただ見てくれが良いだけのノーマル女。
そんな者、何の価値も無い。ただ性欲を満たす為だけの人形に過ぎない。であれば、そこらのグラドルで十分だろう。あんな奴ら、金をチラつかせれば幾らでも付いてくるのだ。態々、特別な関係を持つ意味がない。
そんな相手に時間を割くとは…終わったな、あいつ。
いや、最初から終わらせていたんだったな。この俺が。
最近は急に痩せ始めて、俺の真似事までし始めていたから気にしていたが…これなら大丈夫だろう。また怠惰なブタに戻る日も、そう遠くはない。
そう思っていた弟の元に、1人の人物が近付く。
新郎の父親だ。
会社でも営業部長として活躍する彼が、態々虎二の元へと向かう。そして、何やら握手をしながら談笑している。
初めましての挨拶でもしているんだろう。弟とはいえ、社員からしたら無視できない存在だからな。
そうは思ったが、随分と長く話し込んでいる。ただの挨拶とは思えず、俺は少し近付き聞き耳を立ててみた。
すると、
「本当に見事な祝辞だったよ、虎二君。あれを即興でなんてセンスを感じる。どうだい?入社したら一度、私の元で働いてみないか?」
…俺を差し置いて、賞賛を受けているだと?
馬鹿な。あいつはただ、乾杯のコメントを言ったに過ぎない。何故、10分もスピーチしてやった俺ではなく、たった数分喋った弟を褒める?何故、花形の営業一課があいつをスカウトする?
何故、俺ではなく、この出来損ないを優先するのだ…?
俺は理解が出来ず、早々に式場を後にする。気の利かない女共がまとわり付いて来たが、邪魔だったので適当にあしらった。
俺を邪魔するとは、アイツらもそろそろ切るか?
そのまま会社に向かった俺は、執務室に籠る。ここで色々と考えを纏めたかった。
だがそこには先客がいた。彼が俺に向けて、素っ気なく手を上げる。
「ああ、そちらも終わったか」
「はい。滞りなく」
「そうか。良くやった」
気のない声を掛けてくる父親。
何が、良くやった…だ。お前が母親とよりを戻さないから、今回の式に虎二を呼ぶ羽目になったんだろう。お前が愛人と逃げ回っているから、黒沢は白月なんかに遅れをとっているんだ。
とっとと引退して、俺を社長にしろ。俺がもっと会社をデカくしてやる。
「それで、虎二はどうであった?使えそうか?」
俺が笑顔を貼り付けていると、父は徐に聞いてくる。なので、俺は奴が一般の女に現を抜かしている事をしっかりと伝えた。結婚式そっちのけで惚気けまくり、結婚式を台無しにしたと。
すると、
「それを抑えるのがお前の仕事だろう。お前は一体、何をしていたのだ?」
「ぐっ…いえ、それは…」
くそっ。俺が怒られた。あいつのせいだと言うのに。
どう俺の有能さを示そうか考えていると、父親の携帯が鳴る。奴は電話に出ながら、部屋からも出ていこうとする。ドアを閉める際に「ああ、立石君」と言う声が聞こえた。
俺は小さく、父親のデスクを蹴る。
無能な癖に、偉ぶりやがって。俺の力も測れない程に耄碌したなら、早くこの席を譲るがいい。
そうして怒りをぶつけていると、父親が電話をしながら戻ってきた。
「ああ…そうだな。今度は私も参加させてもらう。ああ…では」
電話を切ると、父親は冷めた目を俺に向けてくる。
「どう言う事だ?龍一。立石は虎の事を、大層評価していたぞ?あいつが場を盛り上げてくれたと、痛く感謝されてしまった」
「それは…」
俺は一瞬、言葉に詰まる。でも、俺の優秀な頭脳はすぐに道を見つける。
「虎にしては褒められるレベルだったと言うだけです。私からしたら、とても黒沢家の人間とは呼べない有様で…」
「その割には、お前の話は上がらなかったが?」
「それは…当たり前の事です。私は既に、次期社長の地位にいる人間。完璧なスピーチをするのが当然ですので」
俺がへりくだってやると、父親は「ふんっ」と鼻を鳴らす。
「完璧なのは当たり前だ。何せ、スピーチ原稿は私の秘書が作ったものだからな」
「あんな物、使っていませんよ」
「なに?」
俺が言い捨てると、父親の鋭い目がこちらに向く。
「林の原稿を読まなかっただと?ではお前は、何を喋ったのだ?その原稿を見せろ」
「原稿などありません。全てはここに、ありますので」
俺はそう言って、自分の頭を示す。驚く父親を見て、つい笑みが浮かぶ。
俺ほどの天才は、この中で全て解決出来るんだよ。秘書なんかに頼る、貴方と違ってな。
「では、その頭の中の文章を書き出し、提出しろ」
…はぁ?
「何故です?お父様」
「お前の行動をチェックするのも、私の仕事だからだ」
俺を信用していないって事か?この完璧な俺を、信じられないと?
ふざけるな。俺はチェックする側であって、される側ではない。決して!
「お父様。私より虎二のコメントを確認された方が…」
「それは立石から聞いた。即興だというのに、見事だったとな」
父はそこで、小さな笑みを見せた。
ただ、それもほんの一瞬。その一瞬の後、また俺を睨みつける。
「お前のスピーチは一切聞こえなかった。だから、提出せよと言っているのだ。明日で構わん」
「…分かり、ました」
父親に睨まれ、俺は足早に部屋を出る。喫煙所で怒りに震えながらタバコを吸う。
馬鹿な。馬鹿な、馬鹿な!
何故俺が叱責を受ける。何故あいつだけが賛辞を受け、父にあんな顔をさせる。
俺が奴より劣っているだと?馬鹿な。俺は首席合格だ。スポーツでも学業でも、常にトップを走ってきた。俺は"全て"を持っていて、あいつは"何も"持っていない。
なのにまた、あいつだけ目をかけられる。あいつばかり、俺の欲しいものを手にしていく。
親からも。そして、女からも…。
「女…」
そう、女だ。
あいつが執着しているあの少女。あれをどうにかしてしまえば、あいつはまた堕落するのではないか?そうすればまた、俺は父親に認められる。俺の地位が磐石になる。
「あれを俺の女にするか?」
…いや、それはダメだ。奴は随分と少女に入れ込んでいる。それを俺が奪えば、復讐心から俺を喰らいに来るかもしれない。あいつ程度、天才の俺ならどうと言う事はないが、リスクを犯してまでやる意味がない。
それに、あんな普通の少女を俺のコレクションに加えたら、俺の質が落ちる。
「俺以外の奴に奪わせ、目を逸らすか」
そうだ。それが良い。そうすれば、奴は暫く寄り道をする。上手く行けば、出世コースからも逸れるかも知れない。その為には、赤の他人では話にならない。奴の知人、出来れば因縁のある奴に奪わせたい。
そう閃いた俺は、早速スマホで部下を呼び出す。そいつに、虎二の交友関係を調べさせる。
そして、数時間後。有能な部下は俺に1つの情報を持ってくる。
それは…。
「上郷清治、か」
そいつが、少し前まで少女と関係があり、今はその少女を巡って虎二と対立しているそうだった。
「完璧な配役だ」
俺は立ち上がる。その舞台俳優に会いに行く為に。
どうやら俺は、運命の女神すら手玉に取れるらしい。
それがこの俺、黒沢龍一なのだ。
〈◆〉
「…さん?聞こえていますか?虎兄さん!」
「うん?ああ…」
月曜日の朝。俺はいつの間にか落ちていた視線を上げて、俺の名を呼ぶ妹を見る。
随分と俺の名前を呼んでいたであろう彼女だが、その顔に不満の色はない。寧ろ、小悪魔スマイルが浮かんでいた。
不吉な。
「何を企んでいる?不吉だな」
「人の顔を、しかも、レディの顔を見て、なんて言葉を吐きやがるんですの?お兄様」
仕方なかろう。君のその顔は、きっと俺にとって都合の悪いことだから。
そう思った俺の直感は正しく、彼女は俺の内側を覗こうと目を輝かせる。
「それで、結婚式はどうでしたの?ジュン姉様とは何処まで進んだんですの?」
「ああ、そうだな」
俺はつい視線を落とす。進まぬ食事を睨めつけながら、どう言うべきか思案する。
だが、諦めて言うことにした。あの日の事を。
「ジュンさんとダンスをした後、彼女から接吻と、愛の言葉を貰った」
「そ…そ、そ、そレってつまり…」
「ああ。俺達は、恋人になれたんだ」
ジュンさんが俺を好きだと言ってくれた。友としてではなく、男として。俺を本物のパートナーだと言ってくれたのだ。もう、その後は嬉しくて仕方なく、俺はつい浮かれてしまった。
記憶がある限りでは、式が終わった後に式場の周りをグルりと回って、見られなかった部分なんかを2人で見て回った。俺達もあんな風に出来たらいいな…なんて気持ち悪いセリフを吐いた気がするけど、終始ジュンさんは笑顔を向けてくれていた。
本当に、夢のような時間。本当は夢なんじゃないか。そんな不安まで、今日になって浮かんでは消えていた。
そんなんだったから、今の俺は食事が進んでいなかった。今日は1日ぶりに彼女に直接会える。昨晩も電話では会話して、来週末のデートの約束をしたりしたが…やはり直接会えるとなると、色々考えてしまった。
「イカンな、これでは」
「良いに決まっていますわ!」
妹が発狂した。
「最高じゃありませんか!なんで直ぐに、私へ報告頂けなかったのですか?こんな面白い話を!」
おーい、舞花よ。ホンネがダダ漏れだぞ?
「お母様も聞きたいですよね?ねぇ?」
「虎二。今夜は分かっていますね?」
報告会ですか?勘弁して下さい…。
「お母様。まだ登校まで時間がありますわ。あと30分。田上さんのドラテクなら行けますわ」
「そうね」
「勘弁してくれ!」
俺の悲痛な叫びは、無事に却下されるのだった。
そして、
「せ、セーフ!」
ギリギリまで搾り取られた俺は、予鈴の中で廊下を駆け抜け、本鈴とほぼ同時に教室へ滑り込んだ。
俺だから間に合ったが…舞花は絶対に遅刻したろ。そこまで俺の恋愛話に興味があるのか。
女子って恐ろしい。
「おいっす、黒沢。今日は珍しくギリギリだな」
「ああ、成田君。ちょっとトラブルでね」
「あー。もしかして七音さんも一緒か?」
うん?ノゾミさん?
俺は彼女の席を見る。すると、何時もなら来ている筈の彼女の席が、まだ空いている事に気付く。
彼女の前の席。セイジも来ていない。
これはもしかして…セイジを起こすのに手間取っているのか?可哀想に。
そんな事を考えていると、電話が鳴る。相手は…相川先輩?
「もしも…」
『黒沢!大変だ!セイジの野郎が動いた!』
動いた?
「どう言う事です?動いたとは?」
『情報が錯綜していて、俺らも今から動くが…あの野郎、大量の女子生徒連れ込んで、屋上に立て篭りやがった。ナツ様も、七音姫も…それに、式部姫も一緒だ!』
「なっ、ジュンさん、も?」
俺は心臓を鷲掴みにされた気分だった。
ジュンさんがまた、あの野郎の毒牙にかかろうとしているのか?
う、動いた?
「うねり出したな。運命が」




