93話~あたしに任せて。あたしに合わせて~
礼拝堂での挙式が終わったあたし達は、少しの休憩を挟んだ後、披露宴を行う為にと併設されている宴会場に来ていた。
厳格で清楚なイメージの礼拝堂と違い、宴会場は華やかな飾り付けと、パーティー特有のワクワク感がいっぱいの会場になっていた。
受付のテーブルにも、新郎新婦の趣味なのか、可愛い縫いぐるみと野球ボールが置かれていたし、なんだか見ているだけで楽しかった。
「見て見て、ジュン。紙袋の中にも可愛いの入ってるよ」
同じ席のエリが、椅子の上に置かれていた袋の中を見て興奮している。あたしも見てみると、中には手のひらサイズのテディベアが入っていた。
「わぁ~、可愛い。赤いクマさんだ」
「私は黄色だったよ。赤い服着せたら完璧だね」
何が完璧なんだろう?100エーカーの森?
「俺のは紫だったよ」
「あっしは緑でした」
「へぇ~。みんな違う色なんだ。かなりの種類があるっぽいね」
あたしは、虎ちゃんが手に乗せたクマさんを見る。偶然だろうけど、時々見せる虎ちゃんの瞳の色と一緒だなぁ…なんて考えていた。
すると、虎ちゃんがその子を差し出してきた。
「要るかい?」
「えっ!いやいや。それは虎ちゃんのだよ。あたしは、ほら、もうこんな大きな子を貰ってるから」
あたしはバッグから、ブーケトスで貰った一回り大きなクマさんを取り出す。
これでまた貰っちゃったら、貰い過ぎだよ。
「そうだよねぇ。ジュンはもう、十分に黒沢君の愛を貰っちゃってるよねぇ」
「ちょっ、エリ」
「ニシシ」
もう、エリったら。虎ちゃんも困ってるじゃん。
「ありがとう、虎ちゃん。だから、大丈夫だよ」
「そうか。色合い的に、2匹の子供みたいになるかと思ったんだが」
えっ!こ、子供?
「おっ、確かに黒沢君の言う通りじゃん。貰っときなよ、ジュン」
ええ~。
「いいの?虎ちゃんは」
「俺が持っているより、ジュンさんが持っている方が似合う。それに、家族は一緒に居た方が良いものだ」
た、確かにそうだね。
「うん。分かった。ありがと、虎ちゃん」
「いいなぁ。もう子供出来たんだ、ジュン」
「もぉ~。エリぃ~」
そんな雑談をしていると、披露宴が始まった。新郎新婦が入場して、新郎さんがみんなに感謝の言葉を述べている。緊張しながら頑張って喋っていたけど、あたしは新婦さんの衣装に夢中だった。
ウェディングドレスもキレイだったけど、今着ているカクテルドレスも素敵。こんなに何着も着替えるものなんだ、結婚式って。
『それでは次に、黒沢宗一社長の代理でいらっしゃっている、黒沢龍一様よりご挨拶頂きます』
あっ、虎ちゃんのお兄さんが、マイクの前に呼ばれてる。凄くキラキラしていて、流石は虎ちゃんのお兄さんだなって感じがする。
「龍一様!」
「素敵ですわ!」
…うん。流石は虎ちゃんのお兄さん。女性にも凄く人気。しかも、そんな熱い視線を貰ってるのに、当人はとても涼しい顔で手を振ってる。
一瞬、その姿が虎ちゃんに被ってしまう。女性に言い寄られても、冷静に対処する彼の姿に。
虎ちゃんのお兄さんも、そういう所はしっかりしているのかな?
『ご紹介にあずかりました、黒沢龍一です。私は現在、父であり社長である宗一の元で経営を学んでおり、来週にはアメリカへ出張に…』
…あれ?何でか分からないけど、さっきまで虎ちゃんと被っていたお兄さんが、段々と彼に被って見えてきた。自分の事ばかりで、あたし達の事を見てくれなかったあの人に。
結婚式なのに、自分の事ばかり話していて良いのかな?あっ、次期社長さんだから、会社の事をアピールしてるんだ。虎ちゃんのお兄さんなんだから、きっとちゃんとした理由があるんだよね?
『最後に、お2人の門出をお祝いしたいと思います』
でも最後は2人を祝福して、何とかお祝いの言葉に切り替えたお兄さん。
最後を締めればそれっぽくなるんだね。でも、ちょっと険しい顔のオジさんもちらほら居るよ?大丈夫かな?
そんな心配もしたけど、式は順調に進んでいく。豪華な食事が次々と並び、マイクの前にもひっきりなしに偉い人達が立ち並ぶ。
そして、
『プレイボール!』
なんだか楽しそうな声と音楽がなったと思ったら、新婦さんが背中に重そうな機械を背負って、みんなの席を回りだした。グラスに並々とビールを注いで…って、あれってビールの売り子さん?!奥さんの趣味が、野球だったの?じゃあ旦那さんが、テディベア?
『はい、ではビールを注がれた3番卓のどなたかから、一言頂きたいと思います!』
しかも、1卓ずつコメントしないといけないの!?
「と、虎ちゃん。どうしよう…」
「ふむ……よし。俺が一言を受け持とう」
あっ、流石は虎ちゃん。カッコいい。
「流石は黒沢君ね」
「カッコいいっす」
「…ヒデ君も、見習ってね」
「あれは…ハードル高すぎでやんす」
エリ。林君に当たらないで?虎ちゃんがハイスぺ過ぎるんだから。
ちょっと安心したあたし。でも、いざあたし達の卓に新婦さんが来たら、ちょっと緊張してしまった。マイクを受け取った虎ちゃんの手が、少しだけ震えてる。
あっ、虎ちゃんも緊張してる。何とかしないと。
そう思ったあたしは、何故か彼と一緒に立ち上がってしまった。その後を考えていなくて、その場で固まる。
やっちゃった。そう思ったけど、虎ちゃんが自然と、あたしを彼の隣に引き寄せてくれた。そのまま、マイクに向かって喋りだす。
『皆様。そしてご新郎様の貴紀さん、ご新婦様の麻美子さん。本日は誠におめでとうございます。こうしてお2人の素晴らしい日に立ち合えたこと、心から嬉しく思います』
虎ちゃんは殆ど淀みなく、2人に対してのお祝いを述べていく。2人の姿は素晴らしい。今日初めて会った私でも、2人のこの先が明るい事が分かる。そんな、前向きな言葉を2人に掛けて行く。
その言葉はお兄さんとは全然違う。ただ純粋に、2人を祝福する言葉。2人が末永く幸せになって欲しいって思いが詰まった言葉。
ああ、これが本当の、お祝いの言葉なんだ。やっぱり虎ちゃんは、優しい人。
そう油断していると、虎ちゃんがあたしの肩に手を置く。あたしに一瞬視線を向けて、目配せして来る。
『私も、貴方達を見習いたい。貴方達を目標に、私も頑張っていきたいと思います!』
ええっ!?
「おめでとう!」
「君達も頑張りなさい!」
「ブーケの効果ね!」
みんなから祝福の言葉を頂いちゃってる。拍手も、新郎新婦の2人からもされちゃった。
えっと、どう、反応したら。
「済まない、ジュンさん」
マイクを口から外した虎ちゃんが、眉を下げて謝って来た。
あっ、またあたし、彼を不安にさせてる。あたしの優柔不断な性格が、彼の優しさを踏みにじってる。ダメだ、こんなの。戦うって、あの日に決めたじゃん!
あたしは虎ちゃんからマイクを奪って、2人に向き合う。
『あ、あたしも、頑張ります!』
「「おおっ!」」
「いいぞ!嬢ちゃん!」
「ケーキ入刀は、君達もやってくれ!」
ああ!あたし、大変な事言っちゃったかも…。
慌てるあたし。マイクを持つ手が、震えて来る。
でも、その手を虎ちゃんが優しく包んでくれる。彼の偽りない笑顔が、あたしに向く。
「ありがとう、ジュンさん」
…ううん。正解だったみたい。こんな、嬉しそうな笑顔を貰えたんだから。
あたしはフワフワした気持ちで席に着いて、会が進むのを見守っていた。すると、女性の集団がこちらへやって来た。その先頭に居るのは、虎ちゃんのお兄さん。
「やぁ、虎。楽しんでいるかい?」
「兄さん。お気遣いありがとうございます。先ほどは身勝手な挨拶をしてしまい、申し訳ございませんでした」
「ふっ。若いんだから、あれくらいみんな許してくれる。寧ろ、場が盛り上がったとゲストからもお褒めの言葉を貰ったぞ?」
そう言って笑うお兄さんだけど…目が笑ってない。なんか、怒ってる?確かにあたし達、最後は自分達の事を喋っちゃったけど…虎ちゃんはお兄さんよりも、しっかりと2人を祝福してましたよ?
あたしはつい、笑顔を貼り付けるお兄さんに不満を抱いてしまった。
でも、虎ちゃんは違った。
「そう言って頂けると救われる思いです。ところで兄さんは、もう海外出張もされているのですね。流石です。俺は怖くて、そんな所行けませんよ」
「おいおい、虎。そんな事で怖がってどうする?もっと俺を見習い、精進しろよ?」
「はい。早く兄さんの役に立てるよう、頑張ります」
虎ちゃんがそう言うと、お兄さんの口角がめっちゃ上がる。気分を良くしたみたいで、足取り軽く自分の席へ戻っていった。
流石は虎ちゃん。お兄さんの不満も解消して、円満に流れを作った。
カッコいい…。
「うん?どうかしたかい?ジュンさん」
あっ、やばっ。また虎ちゃんを見ちゃってた。
カッコ良かったなんて言う事も出来ず、あたしは「と、トイレ」と逃げてしまった。
あ~。ダメだ。もっと虎ちゃんみたいに、正直にならないと。カッコ良かったよ、虎ちゃん。好き…。うわぁあ!それは言い過ぎだよ!もっと押さえないと、爆発しちゃうよ。
あたしは暫く、トイレの中で頭を冷やす。すると、外で声が聞こえた。
「ってか龍一さんに弟なんて居たんだね」
「居るのは知っていましたけど、あのように可愛らしいとは聞いていませんでした。随分怠けていると、龍一様からは…」
「いやぁ、どっちかって言うと、弟君の方が優秀じゃね?今の内に乗り換えとく?」
乗り換える?
もしかして、今喋ってる人達はみんな、お兄さんの周りに居た人?あんなにお兄さんにベタベタしてたのに、虎ちゃんを狙ってるの?
あたしは心臓を鷲掴みされた気分で、動けなくなった。もしもあんな綺麗な人達が、虎ちゃんに言い寄ったらと思うと…。
そう、思ったんだけど。
「やめときなよ。さっき彼女さんが離れた後に話しかけたけど、全く取り付く島なかったから」
あっ、断ってくれたんだ。そっか。やっぱり虎ちゃんは、誠実な人。誰にでも優しい訳じゃないんだ。
あたしはすごく嬉しくなった。
でも、女性達の会話は続く。
「ってか、マユリの誘いすら断るってことは、童貞君だよね?うちはNGだ」
「分かんないけど、下手そうではあったね。背も低いし」
「龍一様の方が、お顔立ちも凛々しいです」
「そうそう。ガワで言うなら、龍一さんだよね?一緒に歩いてて、周りの女にマウント取れるし」
…そんな事で、お兄さんの傍に居るの?なんかこの人達、可哀想。お兄さんの外側しか見てない。なんかそれって、凄く悲しい。セリカさんが言ってたみたいに、見ているようで見てない人達だ。
お兄さんを、利用する事しか考えていない人達。
あたしがショックを受けている間にも、女性達は笑いながらトイレから退出する。
あたしはちょっと悲しくなって、足早に会場へ戻る。
「どうしたの?ジュンさん」
戻ると早速、虎ちゃんが気に掛けてくれた。
笑顔を貼り付けてたのに、虎ちゃんは流石だね。
何か言い訳をしようかと思ったけど、会場の明かりが徐々に落ちて行った。音楽も消えて、何か始まる気がして口を閉じた。
そうして待っていると、天井に映像が投影された。
写真だ。解説では、新郎新婦のアルバムだって。
いろんな場面の写真が写っては消えて、周りから笑い声や拍手がひっきりなしに起こる。
でも、途中でそれが止まった。和やかなBGMがぶつ切りになり、会場が急に明るくなった。
『少々お待ちください。機材のトラブルです』
えっ、そんな事あるんだ。
「トラブルだってさ、ジュン」
「うん。なんか可哀そうだね」
折角、ここまで順調だったのに。
「そだね。でも、機械だから仕方な…」
エリの言葉が、再び流れた音に消される。それくらい、勢いのある陽気な音楽だった。
音楽の掛け間違え?そう思ったら突然、新郎さんが立ち上がって踊り出した。随分と陽気な人だなって思ってると、新婦さんも、そしてスタッフさん達も一緒になって踊り出した。
ええっ?どういうこと?
戸惑っていると、虎ちゃんの声が聞こえた。
「フラッシュモブだ」
あっ。
「モブ?黒沢君、それって何?」
エリは分からないみたいだけど、あたしはピンときた。
突然踊りだして、みんなをびっくりさせる奴だよ。だからつまり、機材トラブルも演出だったんだ。
『さぁ!皆さんもご一緒に!』
新郎さんの掛け声で、踊っていたスタッフが駆け寄って来て、机をみんな端に寄せる。宴会会場が、ダンスホールに早変わりだ。
「虎ちゃん!」
「あ、ああ」
戸惑う彼の手を引いて、あたし達も踊りだす。簡単なステップと手拍子で、彼と向き合って踊る。
「虎二君!」
そうして踊っていると、新郎さんがあたし達を手招きする。彼らと同じ、一番目立つところへと。
「俺達と一緒に踊ろう!」
「わ、分かりました」
虎ちゃんは緊張気味に頷く。新郎さん達は2人でサンバを踊っているから、自分もやらなきゃって顔に書いてある。
よぉ~し、分かったよ。
「虎ちゃん」
「ジュンさん?」
彼の手を取ると、少し驚いた顔を向ける虎ちゃん。
あたしはそれに、大きく頷く。
「あたしに任せて。あたしに合わせて」
「…ああ、頼む!」
虎ちゃんは頷いて、繋いだ手に少しだけ力を入れた。
あたしはまた、簡単なステップを刻む。そうしながら、彼が動きやすいように手を引っ張ってあげる。
虎ちゃんは最初、あたしに連れられるマリオネットみたいだったけど、徐々に動きが滑らかになる。あたしの動きに、段々とついて来られるようになってきた。
息が、合い始める。
「おおっ」
「素敵ね」
視線を感じる。みんなが、あたし達を見ている。
あたしと虎ちゃんと、新郎新婦のお2人を。
2人の方は激しいダンスを踊っているけど、あたし達は基本的な動きだ。でも、あたしは凄く熱い。虎ちゃんと息が合ってるからか、何時もより彼を近くで感じていた。
「楽しいね、ジュンさん」
音楽が終わってポーズを決めていると、虎ちゃんが言った。あたしのすぐ目の前で、彼が笑った。
「ダンスって、こんなに楽しい物なんだ」
「うん。そうだよ」
それが分かってくれて、あたしも嬉しい。
「ダンス、苦手じゃなくなったでしょ?」
「ふふ。まだまだ練習が必要だけど、でも」
でも、と。彼の真剣な目があたしを見詰める。
「君が居てくれるから踊れた。君と一緒だから、楽しくなれたんだ」
それは…ちょっと恥ずかしいよ。
あたしはつい、頷きながら視線を逸らしてしまった。すると、こちらを羨ましそうに見ている人達の視線とぶつかる。お兄さんの周りに集まる、女性達。
彼女達の姿が、昔のあたしと重なった。虚しい日々を過ごしていたあたしに。何も得られなかったあたし達に。
「ジュンさん?」
虎ちゃんの声で、あたしは視線を上げる。
そうか。あたしもあそこに居たんだ。少し前まで、彼女達と一緒だった。でも今は、ここに居る。虎ちゃんがここに、連れて来てくれた。この暖かい場所に。
それは、ノゾミが居ても変わらない。
「虎ちゃん」
あたしは背伸びをする。
思った通り、それだけで彼に届いた。
あたしの唇が、彼の唇に落ちる。
「大好き」
変わらず君は、あたしの王子様なんだ。
一歩、前に。
「小さくとも、大きな一歩だ」




